西ドイツは、第二次大戦の焼け跡の中から立ち上がって急速な経済発展を遂げたという意味では日本と共通点を持つ。製造業の発達は無数のプロダクトデザインを要求し、また相次ぐ巨大イベントの開催や映画界・出版界の盛り上がりはこれまた数限りない宣伝グラフィックを求めた。だが「分かりやすさ」だけがデザインの本懐ではない。伝えられる内容の価値を示しながら、視覚的な喜びもたたえたグラフィックが、1950年代から盛んに生み出されていたことをこの展覧会は教えてくれる。
ここでは、映画ポスターに絞って注目しよう。東京都庭園美術館の会場は本館と新館に分かれるが、本館ではイラストレーションを使ったポスターやプレス資料が、新館では写真を用いたポスターが紹介されている。ヴォルフガング・シュミットによるキューブリック『現金に体を張れ』のタイポグラフィは衝撃的だし、イゾルデ・モンソン=バウムガルトによるアニエス・ヴァルダ『5時から7時までのクレオ』の瀟洒さも見逃せないが、なんと言ってもアイデアの宝石箱と呼べるのがハンス・ヒルマンの仕事だろう。黒澤明『七人の侍』の、色分けされた侍たちのぶつかり合い(映画は白黒なのだが)は映画の担うダイナミズムにがっちり併走するし、邪悪な「手」が紙の裏側からこちらを狙ってくるかのようなロベール・ブレッソン『スリ』のポスターも刺激的だ。どの作品も、当時のデザイナーたちが映画の美質を誠実に読み取ろうとした痕跡が感じ取れてとても快い。
4月20日には筆者の講演もあります、と言いたいのだが予約制ですでに申し込みは終了とのこと。とすれば5月10日の、池田祐子三菱一号館美術館館長によるドイツ・グラフィック史の講演会がさらにお勧めです。展覧会自体は5月18日まで。