昨年11月に公開された『ネネ -エトワールに憧れて-』は、人種差別に苦しめられながらも、パリ・オペラ座の最高位エトワールを目指す黒人少女ネネの奮闘の物語。バレエは白人だけのものという先入観を覆した異色作だった。本作『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』のヒロインのジョイは、ネネと同じようにバレリーナに憧れる、15歳の少女。アメリカ人の彼女が、ロシアのボリショイ・バレエ団のプリマ・バレリーナを目指す、というお話だ。
実話を基にした物語で、モデルになったジョイ・ウーマックは幼少よりバレエの才に恵まれ、「ボリショイ・バレエ・アカデミー」に入学したアメリカ人少女。2012年にアメリカ人女性として初めてボリショイ・バレエ団とソリスト契約を結んだバレリーナとして知られている、という。
本作のヒロインのジョイ(タリア・ライダー)がボリショイ・バレエに憧れて単身ロシアに渡ったのは、ソ連崩壊から18年後の2009年、15歳のとき。民主化は進んでいたが、伝統を誇る「ボリショイ・バレエ・アカデミー」は違っていた。まだ色濃く残る排他的風潮のなかで、彼女は苛烈な民族的差別を受ける。ロシア人の民族主義とアメリカ人の合理主義のぶつかり合いが、通奏低音となってドラマの緊迫感を高める。ここでは、“冷戦”はまだ終わっていなかった。
最初に彼女の前に立ちはだかったのは、教師ヴォルコワ(ダイアン・クルーガー)の高圧的なレッスンと、アメリカ人を敵視するロシア人少女たちのイジメだ。トウシューズに細工されたことから、ジョイの爪先からにじみ出る血の痛ましさ。“不寛容”によって、精神と肉体が追い詰められていくジョイ。しかし「ボリショイで踊りたい」という一念は、彼女を“狂気のバレリーナ”へと変えていく。
『17歳の瞳に映る世界』のタリア・ライダーがジョイに、『女は二度決断する』のダイアン・クルーガーが教師に扮し、世界的バレリーナのナタリア・オシポワが本人役で登場する。監督・脚本はS・スピルバーグの『ウエスト・サイド・ストーリー』でジェッツのコーラスを務めたこともあるというジェームス・ネイピア・ロバートソン。観る者を陶酔させるバレエ芸術の表と裏を知ることができる、衝撃的なバレエ映画だ。