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映画のうんちく、バックボーンにも着目

植草 信和

フリー編集者(元キネマ旬報編集長)

リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界

キャリア・年齢を重ねるごとに光り輝き、凄みを増していく女優がいる。例えば、古くはベティ・デイヴィス、シモーヌ・シニョレ、ジャンヌ・モロー。新しくは、ジーナ・ローランズ、メリル・ストリープ、ジュディ・デンチなどなど。ケイト・ウィンスレットはそんな女優の系譜に入る大女優のひとりではないか、と思う。1997年の『タイタニック』で一躍スター女優になり、『愛を読むひと』でアカデミー賞主演女優賞受賞、以後、6回のアカデミー賞ノミネートという大記録をもつ49歳の大女優。そのケイト・ウィンスレットが自ら製作の陣頭にたち、主演した準最新作(『アバター』の3作目に出ているらしい)、が『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』だ。 彼女が扮したリー・ミラーは、ナチスの残虐を撮り続けた女性報道写真家。本作はその伝記映画で、年老いたミラーが若いジャーナリストに過去を語るという形式で、その半生が描かれていく。 開巻、老女のミラーは酒のグラス、タバコを手放さず、『VOGUE』のトップモデルで名写真家マン・レイの愛人だったこともある過去を回想、次第に第二次世界大戦へと移っていく。彼女は「撮られる女性」から「撮る人」へと転身、ヨーロッパの戦場を駆け巡り、「戦場写真家」としての才能を現し始めるまでが前半。老女、モデル、写真家と変転する女性を演じるウィンスレットの存在感溢れる演技に、まず魅了される。 後半の主舞台は、ナチスの爪痕が生々しいヨーロッパ戦線だ。女性ゆえの壁や障害を乗り越えて行ったダッハウ強制収容所に放置された、酸鼻極まるユダヤ人の虐殺遺体の山。止まった列車にもユダヤ人の遺体が詰め込まれていて、その列車によじ登り、シャッターを押し続けるミラー。彼女の名を決定づけたのは、ヒトラーの邸宅で自殺したヒトラーが使った浴槽に自ら入り、それを撮らせた一枚の歴史的写真「ヒトラーの浴室」だ。彼女が目撃し、撮影した写真は世界中を駆け巡る。だが、人間の残虐性の極限に触れたがゆえに、ミラーの心身は蝕まれていく。 モデルから戦場写真家へ。そんな女性を演じられる女優は、多分、ウィンスレットしかいないだろう。「リーは戦争が与える影響の大きさを伝えたかった」と語るウィンスレット。映画は「強制収容所の(リーの)写真はホロコーストをとらえた最重要な記録の一部」というクレジットが流れて、静かにフェイドアウトする。監督は『僕らのミライへ逆回転』『アメリカン・ユートピア』などの撮影監督を務めて本作が長編映画監督デビューとなるエレン・クラス。ホロコーストを題材にした映画は今でも多く作られているが、これほど深く、強く人間の残虐性をえぐった作品は稀だ。そして現代にもホロコーストが存在していることを示唆している。

25/4/22(火)

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