「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集

中村鷹之資 『車引』松王丸「ここでは憎たらしいくらいでいいのかなと」

第40回

ほんの数十分の短い一幕だが、歌舞伎の様式美がここぞとばかりに詰め込まれた華やかな狂言、『車引』。三大義太夫狂言のひとつ『菅原伝授手習鑑』の一幕だ。三つ子の兄弟、松王丸、梅王丸と桜丸が、敵味方となり兄弟で争う。中でも松王丸は菅丞相(菅原道真)を都から追いやった藤原時平の舎人。時平公の威光を笠に着て梅王丸と桜丸の前に立ちはだかることになる。

<あらすじ>

平安時代、三つ子の兄弟、松王丸、梅王丸、桜丸は、それぞれ藤原時平、菅丞相、斎世親王の舎人として仕えている。吉田神社に時平が参拝に来ると聞いた梅王丸と桜丸は、主の恨みを晴らす機会と血気にはやり境内へやってくる。そこへ松王丸が止めに入り……。

鬘も顔の隈取も、衣裳も小道具も、派手で華やかな三兄弟。じっくり見てみるとさらに違いが見えてくる。そしてその違いから役の性根が伝わってくる。中でも松王丸はこの三兄弟の中で独りだけ敵側に仕える立場だ。ご存じの通り『菅原伝授手習鑑』において、この『車引』の後には桜丸の悲劇『賀の祝』が、そして『寺子屋』という最重量級の一幕、松王丸とその家族の悲劇が待ち構えている。

さてこの松王丸は『車引』ではどう描かれるのか。『寺子屋』につながっていく伏線は何かあるのかないのか。「六月大歌舞伎」の『車引』で松王丸を初役で勤めるのは中村鷹之資さんだ。今月の深ボリ隊はこの松王丸にロックオン。初日を目前に控えたある日、鷹之資さんを直撃、松王丸にどう挑むのか語っていただいた。

Q. 三兄弟が揃う華やかな場面で、松王丸が背負っているものは?

初役で松王丸を勤める鷹之資さん。上演中の令和7(2025)年舞伎座「六月大歌舞伎」『車引』より (c)松竹

── この「ゆけ!ゆけ!歌舞伎深ボリ隊」に出ていただくのは二度目になります。一度目は2023年の二月大歌舞伎『船弁慶』のときでしたね。

中村鷹之資(以下、鷹之資) あのひと月は、精根尽き果てるとはこのことだと毎日感じながらやっていました。と同時に、このひと月は何があっても舞台のためだけに生きようと。それくらい思いを込めた舞台でした。父(五世中村富十郎)の追善を歌舞伎座で、それも『船弁慶』をやらせていただく、毎日そのことへの感謝を思って勤めていましたね。

── あの一か月間、何度か拝見するたびに、鷹之資さんのお顔がどんどんとがってきて、凄みを帯びてきて。公演期間中、どんどんお痩せになったのではないですか。

鷹之資 はい(笑)。いや~今振り返って映像を見ると、もっとこうすればよかったということばかり目についていやになりますよ。ただあの時自分にできることは全てやり尽くしたと思っています。それは後悔ありません。太鼓の藤舎成光さんも、「僕もあれ以上打てないというつもりでやっていたよ。あのひと月、本当に楽しかった」と言ってくださったのがありがたかったです。そして役者と役者、役者と地方さんと、いろいろな力のせめぎ合いがあの場に起こっていたのだなと改めて思いました。

僕の勉強会「翔之會」で勤めたときとはまるで違う、歌舞伎座という劇場の恐さと、そして温かさも感じました。千穐楽の日、終演のアナウンスが流れても拍手が鳴りやまなくて。いい意味で異様な雰囲気だったんです。それほどお客様に喜んでいただけたことも忘れられません。

── そして今月は『車引』の松王丸です。勝手なイメージですが、鷹之資さんは梅王丸をなさるのかなと思っていました。

鷹之資 はい、僕もそう思っていました(笑)。父は『車引』の松王はたぶんやっていないんです。桜丸の印象もない。残っている映像は梅王ばかりです。杉王丸は2023年の秀山祭でやらせていただき、同じ月の俳優祭では梅王をやらせていただいたので、ここから先、何度か梅王をやっていくのだろうなと思っていたのですが、いきなり松王ということで驚きました。(中村)錦之助のおじさまに教えていただきました。

── 『車引』は『菅原伝授手習鑑』という歌舞伎の三大義太夫狂言の一幕ですが、歌舞伎十八番かと思うほど荒事の印象の強い一幕です。

鷹之資 菅原の中でも有名な場面ですよね。30分くらいの短い幕ですが、三兄弟が顔合わせる華やかで楽しい一幕で、梅王の荒事と桜丸の和事、松王の実事、三者三様の役者が並んでいいお芝居だなあと思いますね。

── 何しろこしらえが迫力あります。まず頭は、梅王は車鬢に、松王は板鬢、桜丸は曽我五郎のような角前髪で。

鷹之資 梅王の車鬢もそうですが、松王の板鬢も大きな鬘で、なかなかこういう頭になることはこれまで多くなかったので、今回鬘合わせの時に細かいところをあれこれ調整しました。梅王は筋隈という顔全体に入れる隈取で血気盛んな様子を表し、桜丸はむきみという若々しい隈です。松王は二本隈ということで、心情や立場、性根に複雑なものがあるとわかります。まずはこの隈取が映えるようになりたいですね。父もやっていない役ですから、いろいろな方の写真を参考にしています。

── 単に血気盛んな若者ではなく、ちょっと屈託のある感じをこの顔つきから感じます。ですが共通点としては、この三兄弟みんな前髪をまだ落としていないんですよね。

鷹之資 実は若いんですよ。文楽では梅王が長男ですが、歌舞伎では松王が兄貴なのかなと思うほど年上感があります。梅王が荒事で勢いよく形もきれいに見せるのであれば、松王はそこに風格がないといけないのかなと今は考えています。

「松王は二本隈ということで、心情や立場、性根に複雑なものがあるとわかります」(鷹之資さん)。上演中の令和7(2025)年舞伎座「六月大歌舞伎」『車引』より (c)松竹

梅王と桜丸 vs. 松王という構図をしっかりみせておく

── 衣裳は、梅王と桜丸はそれぞれ梅や桜の刺繍の赤縮緬の襦袢に紫の童子格子の着付で、このあたりも若々しさが感じられますし、そして驚くほど太い丸ぐけ帯を締めています。

鷹之資 俳優祭で梅王をさせていただいたときに体験しましたが、梅王のあの太い帯は四人がかりで締めるんです。そして松王は白地に松の刺繍です。上方では色が違うものを着ることもあるそうですね。着付の上に舎人らしく白丁を着けて、長柄の傘を肩にかついで出てきます。つまり身分は後ろに並んでいる仕丁たちと同じなんですよ。

── そしてあの大きな長い刀を二振り差しています。

鷹之資 これも梅王の時は大変でした。一度六方で引っ込んで、再び出てくるときはさらに一本増えて三本太刀。丸ぐけを締めているので脚も上げにくい。あの衣裳の中で声も張るし、全身をひねったような形の見得もあり、かつ荒事で元気よくやらなければいけない。まず衣裳に慣れるのが大変でした。そんな梅王と桜丸を上からぐっと抑え込むような、元気の良さとはまた違う力で相対するのが松王なのかなと。

── 善と悪、荒事と実事、どこか両方兼ね備えている感じがしますね。

鷹之資 そうですね。この後の『寺子屋』になると松王の本当の心情が見えてきますが、ここではあくまで梅王、桜丸とは敵同士。対決姿勢をはっきり見せることが大事なのだと思います。

松王の横見得。上演中の令和7(2025)年舞伎座「六月大歌舞伎」『車引』より、松王を勤める鷹之資さん (c)松竹

── 出は吉田神社の鳥居から、時平公の舎人として、「待て」と呼ばわって出てきます。

鷹之資 この出てきたときの見得は横向きで、この役を持ち役とした五代目松本幸四郎、いわゆる「鼻高幸四郎」と呼ばれた役者が自分の横顔を見せるために残った形だそうです。そういう型の意味もちゃんと意識してお見せしたいです。

── ここで仕丁の烏帽子の紐を懐手のまま後ろに投げるように外し、両肌脱ぎになります。

鷹之資 この脱いでいくところ、「案外大変だよ」とよく聞きます。手が窮屈そうですし僕も不器用なので、しっかり稽古しないと。あれだけ着こんでいるので難しいんだろうな。

── そして梅王、桜丸に対して、時平公の御所車を「止められるものなら止めてみろ」と言いながら、不敵にふふふと笑いますよね。

鷹之資 ここもあくまで松王は敵側であるとはっきりと強くうち出して、二人対一人の対決の構図をしっかり見せておく場面だろうと思います。もちろん松王の肚には梅王や桜丸と同じように菅丞相への思いがあるわけですが、ここでは憎たらしいくらいでいいのかなと。梅王とはまた違う松王らしい雰囲気とは何かを模索中です。

── そして再び二人の方を見て石投げの見得です。

鷹之資 何しろ形が綺麗でなくてはいけない。いろいろな方の松王の映像を拝見して、体がグワッと伸びてとにかく形が綺麗ですよね。ここはやっていても気持ちよい場面なのかなと今は思っています。

三兄弟の真ん中で見得をする。上演中の令和7(2025)年舞伎座「六月大歌舞伎」『車引』より、松王を勤める鷹之資さん (c)松竹

── 声はどんなことを意識していますか。

鷹之資 僕はもともと地声が割と高い方なので、あまりカーンと出すぎないように。梅王の方が声は高いでしょうから、松王は少し低く腹から出すのかな。僕も放っておくと精一杯声を出しがちなので、そこは三人のバランスも気にしないといけないのかなと。

── そして三兄弟による、五つ頭(いつがしら)の見得です。三人で拍子を合わせて上手下手に頭を振って、最後にまん中でビシッと極めて。客席もさらに一段と盛り上がるところです。荒事らしく足の親指もきりっと立てて。

鷹之資 そうですね。ああいう見得は『車引』以外でもありますよね。ちなみに僕は六月は昼は松王、夜は『暫』の腹出しですから、基本的にずっと足の親指立てている一か月になるんだな(笑)。

── たしかにそうですね(笑)。

あくまで時平公サイドの舎人として

── 梅王と桜丸が時平公の乗っている御所車を襲い壊そうとしますが、松王はそれを積極的には止めようとしていないようにも見えますが、穿ちすぎでしょうか。

鷹之資 それ、よく言われます。でもそこはあくまで松王の肚の部分で、それは見えてはいけないところだと思うんです。だって「時平公の目の前なのに乱暴狼藉を止めようとしないで、あいつ何やってるんだ?」ということになりますから(笑)。あくまでも形としては二人を止めようとしているのだと思いますね。役者の肚やお客様がどうご覧になるかは別として、あくまでも自分は時平公サイドの人間であるという気持ちで。同じように、「なんと我が君の御威勢見たか」と言うところも、上から二人にグッとにらみを利かすような感じかなと。

「あくまでも自分は時平公サイドの人間であるという気持ちで」梅王と桜丸をけん制する松王丸(鷹之資さん)。上演中の令和7(2025)年舞伎座「六月大歌舞伎」『車引』より (c)松竹

この後、通し上演なら『賀の祝』があって松王の本心が分かる『寺子屋』へと続くわけですが、この『車引』では底は割らず、あくまでも梅桜対松という構図をはっきり見せるのが大事かなと思います。

── この松王丸を勤めるにあたり、他にはどういったことを考えてらっしゃいますか。

鷹之資 この『車引』が義太夫狂言の一幕であることが大事なのかなと今は思っているんです。つまり義太夫の糸に乗るということです。台詞も見得も極めるところを極め、当てるところはしっかり音に当てる。まずこれを大事にしていきたい。その中でそれぞれの役者の個性が出てくるのが面白いのかなと。

── 最後に梅王、桜丸と松王丸の三人の詰め寄りがあり、「でっけえ」の化粧声で極まって幕となります。このお三方の形が、まあ足が床に吸い付いているのかと思うほどきれいな形です。

鷹之資  日頃の鍛錬の成果が出るところですよね。ましてや梅王を勤める(尾上)菊之助さんはまだ11歳なのに、五月は道成寺(『京鹿子娘道成寺』)や勢揃い(『弁天娘女男白浪』)もしっかり勤められて、大人が踊ってもしんどいのにほんとにすごいなと思います。ご襲名の公演に二カ月続けて出させていただけるのがありがたいですね。

── そういえば第一回の「翔之會」を開いたのが2013年、鷹之資さん、まだ14歳だったんですね。

鷹之資 最初の年から第三回までは国立能楽堂で、その後は国立劇場小劇場でも開かせていただきました。第一回は『越後獅子』を、そして回を重ねて、『春興鏡獅子』『船弁慶』も踊らせていただきました。今年で「翔之會」も10回目を迎えます。こういう研鑽の場をここまで続けることができたなんて本当にありがたいことです。『船弁慶』は本興行に掛けることもできましたし、『棒しばり』は新春浅草歌舞伎にもつながりました。どの回も僕の血となり肉となっています。

今回は、天王寺屋の初代にゆかりのある道成寺ものの中から『奴道成寺』を、そして(中村)勘九郎のおにいさんの胸をお借りして、『弥生の花浅草祭』を浅草公会堂で踊らせていただきます。いわゆる「四段返し」です。最近かかることが多いですから、ご存じの方も多いでしょうか。(十八世中村)勘三郎のおじさんと父とが何度も踊ってきた演目であり、今回おにいさんが快く引き受けてくださって実現しました。ご当地の浅草で踊り狂いたいと思います。

今年10回目を迎える勉強会「翔之會」

スチールを撮ってみて気づいたのですが、『奴道成寺』も白拍子、狂言師、お面、鞨鼓、ぶっかえりもあり、五回も衣裳が変わるんです。「四段返し」もずっと着替えてるんですよね。よりによって二演目ともずっと踊って、ずっと着替えてる(笑)。

記憶に刻まれた「三兄弟」 先人たちの松王に学ぶ

── おしまいに。松、梅、桜の三兄弟、鷹之資さんの印象に残っている三兄弟といえばどなたですか。

鷹之資 やはり(二世尾上)松緑のおじさまの梅王、(七世尾上)梅幸のおじさまの桜丸、そして(八世松本)幸四郎のおじさまの松王ではないでしょうか。映像でしか拝見していませんが、皆さんこの顔合わせをおっしゃいます。紀尾井町のおじさま(二世尾上松緑)の梅王なんてほんとに梅の花がパーッと咲いたようだったと皆さまおっしゃる。当時すでにおみ足も悪かったはずなのに、とてもそうは思えないあの迫力。父はおじさまに習って梅王を勤めました。そして(松本)白鸚のおじさま、播磨屋のおじさま(二世中村吉右衛門)、(松本)幸四郎のおにいさん、そして俳優祭でご一緒した(市川)染五郎さんの松王も目にあります。まずは教わったことを丁寧に、先人の松王からもヒントをいただいて、少しでも松王の空気感を出せるようになりたいです。

── 今月はこの一幕の後が『寺子屋』です。鷹之資さんはよだれくりも二度なさってますね。

鷹之資 あの緊迫したお芝居の中で唯一ホッとしていただける場面です。よだれくり独特の、関西弁とも違う義太夫ならではの訛りが難しかったですね。そして引っ込んだ後も、松王の播磨屋のおじさまの声、台詞回し、その迫力を感じながら、陰でずっと聞いていました。咳一つにも松王の肚があって。考えてみたら毎日特等席で聞かせていただいていたんですね。思い出深い狂言です。

── いずれ『寺子屋』の松王、やってみたいですか。

鷹之資 やってみたいです。父は『寺子屋』の(武部)源蔵もやりましたので、いずれはどちらもやってみたいですね。

取材・文:五十川晶子 撮影:源賀津己

プロフィール

中村鷹之資(なかむら・たかのすけ)
1999年4月11日生まれ。天王寺屋。人間国宝五世中村富十郎の長男。2001年4月歌舞伎座『石橋(しゃっきょう)』の文珠菩薩で初代中村大を名のり初舞台。’05年11月歌舞伎座『鞍馬山誉鷹(くらまやまほまれのわかたか)』の牛若丸で初代中村鷹之資を披露。13年より自身の勉強会「翔之會」を主宰し、今年10回目を迎える。'23年、歌舞伎座「五世中村富十郎十三回忌追善狂言 『船弁慶』」にて静御前・平知盛の霊を勤めた。2024年、舞台『有頂天家族』で初の現代演劇にも挑戦した。

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