『John Currin Prints / ジョン カリン版画展』

『The Red Shoe』

本展では、カリン独自の版画と油絵の関係性が顕著に現れた版画作品7点を、日本で初公開する。出品作品は2～3年の月日を費やしKIDO Pressで制作され2016年に出版された。その後、これらの版画作品に呼応する油絵作品を発表している。
カリンと言えば、妻レイチェルをモデルとした作品のほか、巨匠画家の肖像画、B級映画、インターネットのポルノ画像、ピンナップの妖艶なポーズなどから着想された女性像が多く描かれてきた。しかし、近年ではポルノグラフィのコンテクストから離れ、静物画を彷彿とさせるかのように食べ物やそのほか様々な象徴として物をランダムに出現させ、例えばデパートのカタログにあるような空虚な笑顔の夫婦像を不調和の余韻を残し描き出している。
今回展示される版画作品「Newspaper Couple」もまた、一見すると、食卓で新聞紙を読もうとする夫に寄り添う妻という円満で成熟した老夫婦像が描かれる一方で、夫婦の頭上には腐りつつあるバナナや溶け出したロウソク、背後にはカラスも描かれどこか不気味でもある。同時に、頭上に様々な物を乗せながら笑顔で居続けるその夫婦の姿はどこか滑稽でもありポップな息吹をも感じさせる。カリンはこの伝統とポップを融合させた肖像を、エッチングを用いて細部にまで綿密に線を描刻し、アクアチントにより精密に階調を何層もつくりモノトーンの美しい濃淡で仕上げた。対応する油絵では表現され尽くさなかった、夫人がつける指輪の小さく光る宝石までも描き込み、その細部への鑑賞者の視線の誘導は、私たちに版画を観ることの醍醐味を改めて教えてくれているかのようである。また、「Turbanetta」ではカリンにとって初となるメゾチントと雁皮紙刷りも試みられ、モノトーンでありながらも多彩な世界観が広がる。