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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

山本富士子『婦系図 湯島の白梅』と中平康監督『四季の愛欲』ーシネマヴェーラ渋谷で観た2本

毎月連載

第13回

19/7/2(火)

『婦系図 湯島の白梅』 ©KADOKAWA1955

『婦系図 湯島の白梅』
シネマヴェーラ渋谷
特集「大輪の花のように 女優・山本富士子」(5/25〜6/7)で上映。

1955(昭和30年)大映 116分
監督:衣笠貞之助 原作:泉鏡花
脚本:衣笠貞之助/相良準 撮影:渡辺公夫
音楽:斉藤一郎 美術:柴田篤二
出演:山本富士子/鶴田浩二/森雅之/杉村春子/加東大介/沢村貞子/高松英郎

太田ひとこと:スリの高松英郎と鶴田が同じ静岡での子供友達と知り、一夜くつろぐ場面がいい。

「湯島通れば思い出す お蔦主税の心意気~」。おなじみ泉鏡花の名作を、華麗な映像表現に凝る衣笠貞之助が山本富士子で映画化となれば期待高まる。

冒頭、明治の夜の上野公園の博覧会。文明開化期の電気飾りやジンタの音楽が流れる人波をかきわけ、書生の早瀬主税(鶴田浩二)が人目を気にしながら、恋仲の芸者お蔦(山本富士子)をそぞろ探す。都合悪く大学同僚に会ってしまったり、スリらしき挙動不審の高松英郎がうろうろしていたり、たっぷり時間をかけた明治情緒がてんめんだ。

物語は書かずもがなだが、静岡の孤児・鶴田は、真砂町の先生こと大学教授の森雅之に拾われて実子のように育てられ、学問でよき助手となっている。天涯孤独の鶴田はもと芸者のお蔦と好い仲になり、夫婦となるべく湯島・妻恋坂の下宿にはお蔦が訪ねて身辺の世話をする。そんな二人を下宿のおばさん(沢村貞子)や出入りの魚屋「めの惣」の大将(加東大介)は温かく見守る。

師はかつて柳橋の芸者(杉村春子)との間に一子を設けたが、その子は預かり、芸者とは縁を切っていた。杉村も身分を悟りきれいに身を引いたが、森に預けた娘を忘れることは決してなかった。そこにかつて芸者仲間でかわいがった山本が訪ねてきて鶴田との仲を相談する。杉村はどう答えるか。

ある中傷がもとで決意した鶴田は、夫婦の許しを得るべく恩師を訪ねるが、師は許さず「学問をとるか、芸者をとるか」と迫る。師は自分の娘が鶴田に好意を持つのも感じていた。義理と板挟みになった鶴田は祝い膳で待つ蔦を夜の湯島天神に連れだし、白梅の下で名せりふとなる。

 「つた、何も言わずに俺と別れてくれ」
 「別れろ切れろは芸者のときの言葉、
  わたしは……」

問題は主役の鶴田で、優男だが(いやそれゆえか)独和辞書を編纂する少壮有望学者には見えないのがつらいところ。静的な苦悩が求められる湯島天神の名場面もなんとか演じた感だ。一方山本は、突然別れを言われた動揺から諦念に至るまでの表情演技はみごと。さらに十数年ぶりに森を訪ね、母とは名乗れぬまま成長した娘に涙し「夫婦は好きあってこそ、あなたは私と同じことを強いる気か」と迫る杉村・森の演技合戦はさすがだ。

森は病に伏した山本の枕頭で二人の結婚を許し、山本の目から一筋の涙が流れたが、学界を追われた静岡からかけつけた鶴田は臨終に間にあわなかった。

名作『婦系図』は、まず戦前の1942年東宝、監督:マキノ正博、長谷川一夫・山田五十鈴で映画化されたが、現存の総集編では早瀬主税は恩師と新爆薬研究に打込む妙な話。その次が1955年の本作。次いで1959年新東宝「婦系図 湯島に散る花」は監督:土居通芳、天地茂・高倉みゆき。

その次、1962年大映「婦系図」は監督:三隅研次、市川雷蔵・万里昌代。私のごひいき三隅研次のは傑作で、端正な市川は申し分なく、若尾文子に代わって抜擢された万里昌代は、監督の猛烈な演技指導により、切れ長の目に秘めた色気と覚悟をたたえた名演だった。新東宝編は未見だが、天地茂の主税は味がありそうで観てみたい。

色男で学者ができる男優はなかなかいなく、芥川比呂志ならベストだけれどやや暗くなる。今だったら役所広司、お蔦は誰が演じられるか。




テクニックで面白がる中平タッチ全開

『四季の愛欲』(C)日活

『四季の愛欲』
シネマヴェーラ渋谷
特集「欲望のディスクール」(6/8〜7/5)で上映。

1958(昭和33年)日活 108分
監督:中平康 原作:丹羽文雄
脚本:長谷部慶治 撮影:山崎善弘
音楽:黛敏郎 美術:千葉一彦
出演:安井昌二/山田五十鈴/楠侑子/桂木洋子/中原早苗/渡辺美佐子/小高雄二/宇野重吉/永井智雄/細川ちか子

太田ひとこと:水虫の軟膏はスポンサーサービスらしいが、それを逆手につかうセンスがいい。

安井昌二が作家として売れてくると、かつて幼い彼を捨てて出奔した多情な母(山田五十鈴)は、安井に熱海に行く小遣いを無心に来るようになった。安井は知らないが、山田は「結婚は二度失敗、もう妾がいい」と会社社長の永井智雄と熱海の逢引を十年も続けている。

安井の内縁の妻(楠侑子)は野心つよいファションモデルで、義母がイヤ(自分と似た性状を感じるからか)を言い訳に家を出て、パリのモデルオーディションに出してもらおうと接近したスポンサーは偶然永井で、彼も美人にわるい気はしない。

安井の妹・桂木洋子は宇都宮の宇野重吉に嫁いで子もあるのに、世間知らずの夢見る人で、出入り業者の小高雄二に一目ぼれしてその会社を訪ねる。女たらしの悪党・小高はしめしめとなり、聖書マタイ伝を引用した長々とした桂木のラブレターは破って捨て、女秘書はこっそり拾ってセロテープで修復し、小高の女パトロン・細川ちか子に渡す。小高に抱かれた桂木は「家を出て愛に生きます」と結婚を申し込み、連れ込み旅館で待つように言われたが、もう飽きた小高は隣の部屋に女を連れ込んでくる。その後小高は秘書と細川の告発で公金横領で逮捕される。

もう一人の妹・中原早苗は、妻に逃げられた兄を自分の女友達と結びつけようと、彼女ともども那須のホテルに誘い、いい感じになる。しかし安井はバーに立つ美貌の未亡人・渡辺美佐子と好い仲になり足指に水虫の軟膏を塗ってやる。

いつもの熱海のホテルで永井は山田を先に帰し、その後にパリ行きをちらつかせて呼んだ楠と浮気。捨てられた山田は実家でくさっていたが、料理屋フロアの職を得て水を得たように働きだす。オーディションに落ちた楠の人気下火を知った永井は山田に復縁を口説き、山田は簡単にウンとは言わない……。

どいつもこいつもいい加減にシロ! 愛欲にとりつかれた人間を、監督:中平康はもちまえのドライでスピーディーな演出でいきいきと描き、要所のわかりやす過ぎる暗示ショット(桂木が小高に抱かれると、ずしんずしんとピストン運動を始める蒸気機関車の動輪が映る。カウンターで安井が渡辺にコナをかけてお代わりを注文すると、ひねったコックからシャーとソーダが噴出する。桂木が不安に待つ連れ込み旅館の外を大型起重機が何代も轟々と走りゆく)は、ほとんど面白半分にやっているようだ。そもそも冒頭タイトルバックは燃え盛る炎に大型時代劇のような荘重な音楽が鳴り響いて身構えるが、中味は浮気譚だ。大団円は、すべての関係者が宇都宮駅ホームに偶然集まってくるしゃれた設定。善人は、家庭を裏切った告白を生真面目に始める桂木に「いま言わなくてもいいよ」と優しく受け止める宇野重吉だけ。

中味なんかいらん、テクニックで面白がるのが映画という中平タッチ全開。私のごひいき渡辺美佐子は傾くかと思ったが、安井の心根の浅さに気づいて離れる。作家センセイもたいしたことなかったのだ。


プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。



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