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『MIU404』は従来の刑事ドラマとどう違う? マチズモとの断絶と根源的な悪への視点

リアルサウンド

20/8/25(火) 8:00

 最終コーナーを曲がり、物語が加速する『MIU404』(TBS系)。星野源演じる志摩一未と綾野剛扮する伊吹藍のバディを中心に、第4機動捜査隊の隊員たちが事件に挑む「機捜エンターテインメント」には、これまでの刑事ドラマとは一線を画する「新しさ」がある。

 エンタメの世界で不動の地位にある刑事ドラマ。ここでその詳細に立ち入ることはしないが、50年以上の歴史の中で、数々の名作と人気キャラクターが世に送り出されてきた。『西部警察』(テレビ朝日系)の大門圭介(渡哲也)や『あぶない刑事』(日本テレビ系)のタカ(舘ひろし)とユージ(柴田恭兵)、『踊る大捜査線』(フジテレビ系)の青島俊作(織田裕二)、『相棒』(テレビ朝日系)の杉下右京(水谷豊)など、それぞれの時代を象徴するキャラクターが多くの視聴者に愛されてきた。

 いわゆる刑事ドラマを特徴づけているのは、独特の男くささだ。無造作に巻かれたネクタイにトレンチコート、くわえタバコをふかし、鋭い眼光で事件を追う。事件が解決すると、行きつけのバーでグラスを傾ける。血なまぐさい事件が生活の一部になっている刑事ドラマの主人公にとって、こうした“ハードボイルド”な世界観は日常の延長だった。『太陽にほえろ!』(日本テレビ系ほか)で有名になった殉職シーンをはじめ、ともに捜査にあたる同僚との絆も頻繁に描かれた。仲間の思いを背負って犯人逮捕に執念を燃やすというモチーフは、様々な作品で繰り返されてきた。

 刑事ドラマは「男の世界」と言っても過言ではない。その理由は、警察が典型的な男性社会であるところに求めることができる。危険な仕事を男の領域とする考え方もあるが、法律によって捜査権限が与えられ、犯罪者を罰するために強制力を行使する警察は、暴力を別の暴力でストップする、国家権力の中でも特に父権的な組織である。実際、刑事ドラマで描かれる警察組織は、石原裕次郎や中条静夫演じる現場の長を中心とした男系家族とみることができる。そのことは警察と対置されるヤクザが同じく男系家族であることからもわかる。刑事ドラマが男くさい世界になるのは必然性があった。

 もちろん、女性を主人公とした刑事ドラマもある。篠原涼子主演の『アンフェア』(関西テレビ・フジテレビ系)や二度にわたって連続ドラマ化された『ストロベリー・ナイト』シリーズ(フジテレビ系)は女性刑事が主人公だが、「男社会の中で抗う男勝りな女性」という設定であり、前提としてのスキームは踏襲されていた。

 『MIU404』では、こういった刑事ドラマ特有の男くささ、あるいはマチズモが見事なまでに捨象されている。志摩と伊吹の上司である桔梗ゆづる(麻生久美子)は女性初の1機捜の隊長であり、根性論とは無縁の合理的思考の持ち主。実績を重ねて異例の昇進を果たしたノンキャリアの桔梗は、男社会の論理をしなやかに拒絶する。麻生は、出世作となった『時効警察』シリーズ(テレビ朝日系)で三日月しずかを演じており、コメディテイストの強い同作は、警察のマッチョなイメージを反転する作品でもあった。

 また、第7話で、家庭を顧みずに指名手配犯を追う4機捜の陣馬耕平(橋本じゅん)は、息子・鉄(伊島空)の婚約相手との顔合わせに遅れたことを詫びた後、息子の優しさは「こいつが自分の頭で考えて勝ち取った特性」とたたえる。家父長的ではない父親像に理解を示した。

 志摩と伊吹のキャラクターも、刑事ドラマの伝統的な文脈から外れている。2人が乗る車は、第1話でセダンタイプの初代404号車が派手なカーアクションの末に廃車となり、その後は「まるごとメロンパン号」なるキッチンカーもとい覆面車両へと代替わり。以後、志摩と伊吹の専用車となっているが、「警察≒車≒男の憧れ」という固定観念を笑い飛ばすような痛快さを感じる。また、悪を倒す万能のヒーローというイメージは、運動神経(伊吹)と分析力(志摩)に因数分解され、親しみやすさは高い共感能力に還元される。

 なによりも『MIU404』が過去の刑事ドラマと異なるのは、その戦う相手だ。「警察=正義」という図式を無邪気に信じることができた時代から、警察内部の腐敗と戦う時代を経て、『MIU404』では、事件の背後にある暴力あるいはそれらを生んだ社会とダイレクトに対峙している。暴力には警察内部の不正も含まれる。警察組織の腐敗は多くの作品で描かれてきたが、そこには「警察が正義を執行する」という前提があった。『MIU404』では、その前提が共有されていないか、少なくとも一定の留保が付されている。

 第6話の殺人事件の証拠を捏造した香坂(村上虹郎)や、第8話で殺人を犯した蒲郡(小日向文世)、事件解決を数の論理で押し切ろうとする警視監の安孫子(生瀬勝久)の姿は、警察が正義を行うとは限らないことを示している。ただし、これらは、あくまでも立ち向かうべき多くの暴力の一つ。裏カジノを運営していたエトリ(水橋研二)や違法ドラッグを売りさばく久住(菅田将暉)など正体を明かさない黒幕たちは、人間の中にある闇を人格化したものとして理解できる。父権的で単線的な正義の図式でとらえることのできない、より根源的な悪を見据えているのだ。

 『MIU404』がこうした男性性やステレオタイプな「正義と悪」から自由であることの背景には、本作の主要スタッフが女性であることも関係していると思われる。プロデューサー・新井順子、脚本・野木亜紀子、演出・塚本あゆ子ほかという組み合わせは、あの『アンナチュラル』(TBS系)と同じ座組であり、同作も「暴力に立ち向かう」共通のテーマを持っていた。野木は『MIU404』の執筆にあたり、海外の作品を想起した(参考:野木亜紀子Twitterより)と語っており、それが従来の刑事ドラマにない文脈を生み出したとも考えられる。

 刑事ドラマに新風を吹き込んだ『MIU404』は、今後も折に触れて参照される作品となるだろう。今は残り少ない放送回を待ちながら、その世界にじっくり浸りたい。

■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。ブログTwitter

■放送情報
金曜ドラマ『MIU404』
TBS系にて、毎週金曜22:00~22:54放送
出演:綾野剛、星野源、岡田健史、橋本じゅん、黒川智花、渡邊圭祐、金井勇太、生瀬勝久、麻生久美子、黒川智花
脚本:野木亜紀子
演出:塚原あゆ子、竹村謙太郎、加藤尚樹
プロデュース:新井順子
音楽:得田真裕
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS

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