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イオンシネマの上映作品はどのように決まるのか?コンテンツ編成部部長に聞いてみた

ナタリー

21/3/9(火) 12:15

イオンシネマ ロゴ

国内最多のスクリーン数を誇るイオンシネマ(93劇場、796スクリーン)を運営するイオンエンターテイメント。大手シネコンチェーンとして大作映画をスクリーンにかける一方で、日本では認知度が低い作品を定期的に上映していることが、映画ファンの間で話題になっている。トム・ハンクスが出演した「幸せへのまわり道」やエリザベス・モス主演の「ハースメル」、「スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち」などは同社の配給作品だ。

イオンシネマでの上映作品は、どのような方針で決められているのか? その答えを得るため、イオンエンターテイメントのコンテンツ編成部部長である小川進氏にインタビューを実施。2018年に配給業務をスタートさせた経緯、Netflix作品「ROMA/ローマ」上映の背景も教えてくれた。

なお2ページ目の最後にはイオンエンターテイメント配給作品のリストを掲載している。

取材・文 / 村山章

イオンエンターテイメントはなぜ配給業務を始めたのか

──イオンシネマはシネコンチェーンの大手ですが、興行だけでなく、映画ファン向けの少々マニアックな作品も配給されていますよね。自社配給にはいつ頃乗り出したのでしょうか?

2013年にワーナー・マイカルとイオンシネマが統合してイオンエンターテイメントができたのですが、その流れで映画館の運営、興行に留まらず、いろいろなことに挑戦しようという一環で配給機能も有するようになったのが2018年ですね。2018年10月に、映画の調達や日本映画の配給業務を行う部署を創設しました。私は厳密にはコンテンツ編成部の所属で、業務としては劇場の上映スケジュールの編成を行っています。それとは別に、配給機能を行う部署もあるという組織編成になっております。

──普通であれば、劇場チェーンは配給会社から上映してほしいとアプローチされる側だと思うのですが、あえて自社で配給するメリットを教えてください。

やはり自分たちがいいと思う作品、お客様の支持を得られると思う作品を自由にかけられるのはメリットですね。あと、映画館はヒット作が多い繁忙期とそうでもない時期でどうしても偏りが出てしまうんですが、映画館の運営だけをやっていたときと違ってコントロールがしやすくなりました。既存の配給会社に頼るだけでなく、自社でも対応がしやすくなったメリットは大きいと思っています。

──作品の選定にはどれくらいの人数が関わり、どういう基準で選んでいますか?

人数は8人ほどです。作品の選定は弊社の映像事業部というところでやっていますが、調達する作品は私も確認しています。当然予算にも限りはありますので、いい作品だからといって湯水のごとく使えるわけではない。ですから予算の中での採算、収支に見合うかという判断はしています。

──海外作品の場合は、海外の権利元と直接交渉されているわけですか?

はい。それは既存の配給会社とまったく同じ流れになりますし、海外のマーケットにも行っています。現在はコロナ禍で海外へは行けないので、オンラインでの交渉になりますが。弊社はイオンエンターテイメントというひとつの会社の中で興行と配給が共存しているわけですが、ほかの映画会社もグループとして配給と興行の機能を両方持っていますし、それに準じた形かなと考えております。

「ハースメル」「幸せへのまわり道」「ブラッドショット」上映の経緯

──映画ファンとして驚いたのは、最近だとアレックス・ロス・ペリーの「ハースメル」のように、なんなら映画ファンでさえあまり知らない気鋭監督の作品を配給されていたことです。ミニシアターでも上映が危ういようなインディペンデント系の小品を日本最大手のシネコンさんが買っている。映画ファンとしては本当に「ありがとうございます!」という気持ちしかないんですが、劇場側に興行的なうま味はあるんでしょうか?

確かに興行的には厳しい部分もあります。でも最初に少しお話したように、上映する作品が少ない時期に、既存の配給会社に作品が欲しいと言ってもない袖は振れなかったりしますから、自分たちでなんとかしないといけない。そういった意味では、2020年は特にコロナの影響で作品が足りなかったんです。

でも映画館は常に営業しようとしてるわけです。2020年の4、5月は緊急事態宣言に伴いお休みしましたけれど、営業したい、でもかける映画が足りないという状況でした。もちろん東宝ですとかディズニーからジブリの旧作や「アベンジャーズ」シリーズをお預かりもしていましたが、それでも5、6、7月あたりは数が足りず、自社配給の作品が非常に必要な状況だったんです。そのときに調達した中の1つが「ハースメル」でした。

今後も緊急事態宣言などで新作の公開が急に延期になることもあると思いますが、「何もないからしょうがないね」とは言っていられない。常に営業する、お客様にさまざまな作品をご提供するという使命のもとで、検討をしています。

──従来であれば「エマの秘密に恋したら」のような有名スターの出ていないロマンティックコメディは、配信かDVDスルーの可能性が非常に高かったと思うんです。それもコロナ禍があった結果、スクリーンにかかるチャンスを得たということでしょうか?

話の流れで、コロナ禍だから小さい作品をたくさん調達していると聞こえてしまったらそれは本意ではないんです。先ほどお話したように配給事業は2018年からやっていますし、その時点でコロナを見据えていたわけではありません。原理原則としては、いろいろな作品をお客様に届けたいということ。ニッチな作品、アメリカのコメディだとかノースターな洋画は、例え上質で楽しめる作品だったとしても、パッケージスルーか配信か、都市部の単館の劇場に留まることが多い状況があります。マーケットが小さいと避けられないことですが、弊社ではそういう作品も幅広く観ていただきたいと思っています。

その一方で、マジョリティのお客様にも満足していただく必要があります。例えばいろいろな小品を上映するために「鬼滅の刃」の販売席数を10分の1にしてしまうと、大多数のお客様のご満足を得られなくなりますよね。一方で映画全体のニーズが小さくて人が集まらない時期もコロナとは関係なくありますので、「エマの秘密に恋したら」のような作品を事前に用意しておくというスタンスでやっております。

あと、私も個人的にはDVDスルーや、劇場公開されないまま配信になってしまうような類の映画が好きだったりするんです。使い古された言葉ですが「日本ではアメリカのコメディはお客様が入らない」というイメージがあって、なかなか劇場公開に至らないという現実がありますよね。ここ最近はその傾向が非常に強い。でも、そういった作品も劇場で観ていただきたい、「こういう映画の楽しみ方もあるよ」ということを劇場のお客様に体感してもらいたいという思いはあります。

──「エマの秘密に恋したら」に関して言うと、今年の1月8日から東京・新宿武蔵野館で先行公開されて、22日からイオンシネマで上映が始まりました。自社配給なのに別の劇場で先行公開した理由はなんでしょうか?

弊社の劇場は地方に多いのですが、小粒な作品ですと都市向きのラインナップになりがちで、作品ごとに適性を見ながらどこでどうブッキングするのかを決めています。例えば邦画の「おもいで写眞」に関しては、都心部だと別会社の劇場になりますが、弊社では同時公開で全国くまなく上映しています。作品の売り方によって劇場を使い分けている感じですね。

もちろん興行会社ですから、映画館としてのメリットは重視するんですが、一方で配給機能の独立性と言いますか、作品ごとの利益、売上の最大化ということを考えたときに、別の会社を中心に組み立てたほうがいいのか、それとも弊社の劇場を中心に組み立てたほうがいいのかは考えます。最善の売り方をするというスタンスにもとづいてやっていますので、イオンシネマの編成担当の私の立場から「イオンシネマ中心にやってください」と思うこともありますし、そこのせめぎ合いは社内では常にあります。

──2020年に公開された「幸せへのまわり道」は、トム・ハンクスがアカデミー賞助演男優賞の候補にもなったメジャー作品ですが、権利元であるソニー・ピクチャーズの配給ではなかったですよね。イオンさんが配給しなければ配信スルーやソフトスルーになっていた可能性が高かった。

そうですね。配給会社ごとの判断によって、「幸せへのまわり道」に限らず、話題になっている作品でも劇場公開を見送るケースはあると思うんです。それでも配信やDVDで観る機会はあるだろうとは思いますが、せっかくスクリーンで観るように作られているものですから、スクリーンで観るチャンスをみすみす逃すのはもったいない。コロナ禍の中でもいろいろな作品をかけていこうという弊社の方針があった中で、ソニーからお預かりしたのが「幸せへのまわり道」やヴィン・ディーゼル主演の「ブラッドショット」でした。

──ここまではイオンエンターテイメントさんへの感謝しかない話なんですが、同時に「幸せへのまわり道」や「ハースメル」が劇場公開されていたことに、多くの映画ファンですら気付いていない状況があったと思うんです。素晴らしいラインナップなのに「アレって劇場公開されてたの?」と驚く人も少なくない。宣伝展開はどういう形でされているんでしょうか?

そこは非常に耳の痛い話ではあります。言葉は悪いですが、いろいろな形で作品をかき集めるというところまではできたんです。ただ、そこから先の宣伝の部分に関しては、週ごとに次から次へと作品が公開される状況もあって、なかなか腰を据えて1本1本を宣伝できていなかったという気はしています。自社でも宣伝機能を持ってはいるんですが、一から十まではできなかったりもするので、既存の配給会社と同様に、宣伝会社に委託したりもしています。

「ROMA/ローマ」のような作品は状況が許す限りTHXの劇場で

──ここ数年、イオンエンターテイメントさんがNetflix作品を上映されるケースが定番化しています。シネコン系ではほぼイオンシネマの独占状態だと思うのですが、どういう経緯でNetflix作品を上映するようになったのでしょう?

Netflix作品の中には、お客様がスクリーンで観たいと望まれているものがあると判断し、弊社では上映を決めました。決してイオンシネマでNetflixの作品を囲ってるわけではないです。

──Netflix作品でいえば、2018年末に配信されたアルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA/ローマ」を、2019年3月にイオンシネマで劇場公開されましたよね。その際に、(神奈川・)海老名の7番スクリーンという非常に音響がいいスクリーンで上映されていた。僕はそこで観た「ROMA/ローマ」の音があまりにも素晴らしかったので、ほかとも比べたくなって結局3カ所くらい観に行ってしまいました。

ああ、最初に海老名で観ちゃったんですね(笑)。

──そうなんです(笑)。結論として、やはりあの映画の音響には海老名の7番スクリーンがピッタリだったと思いました。ただ7番スクリーンってイオンシネマ海老名では一番客席数が多い。「ROMA/ローマ」も劇場公開が広く周知されていたわけではなかったですし、決して動員も多いわけではなかったと思うんです。それでもメインのスクリーンで上映するという判断は、どこで誰がされたのでしょうか?

海老名の7番スクリーンは、現在は525席あります。そこで500人も入らないであろう作品をやるかどうかを決めるのは、私が所属しているコンテンツ編成部なんです。

──じゃあ小川さんのおかげですか! ありがとうございます!(笑)

いや、そういうことではないですけど(笑)。どのスクリーンでどの作品をかけるかは、前週の動員を見ながら毎週決めています。今だったら「花束みたいな恋をした」がヒットしてるから来週は海老名の7番スクリーンでもやろうとか、いまいち数字がよくない作品は回数を減らそうとか、そういう判断はどこの興行会社もしていると思うんです。

ただ弊社の劇場は今92館(※編集部注:2021年3月5日に宮城・イオンシネマ新利府がオープンし現在は93館)ありまして、それぞれ特性もありますので、全部が同じラインナップにはなりません。例えばこの作品は関西では人気だけど、関東ではいまいち人気が弱いということは普通にありますし、同じ県でも隣の劇場のほうが若者が多いという特性があったりもします。海老名の7番に関しては、THX認定のスクリーンで、音響面で非常に好評をいただいておりますので、音響を感じ取れる映画を極力置くようにしています。その中で「ROMA/ローマ」もかけることになりました。

例えば「スター・ウォーズ」や「エヴァンゲリオン」みたいな作品を海老名の7番で観たいという声は多数いただきますし、もともとヒットが見込めるタイトルですので合理性もあるんですが、何十億もの興行収入が見込めない作品でも、いい音響で観るニーズがあるのであれば、状況が許す限りTHXのスクリーンでやりたいんです。朝から夜までずっとかけることはできませんが、1日1回だけでも「ROMA/ローマ」みたいな作品を大きいスクリーンでかけることは心がけています。結果的に自社競合になってしまうこともあるのですが、海老名の7番でやるなら海老名に行こうと思っていただけるような差別化につながるのかなという意識でも編成しております。

──海老名の7番スクリーンのナチュラルなサラウンド感っていうのは、やはりイオンシネマさんの全785スクリーン(※編集部注:現在は796スクリーン)ある中でも特別なんでしょうか?

やはり音響でいい評判をいただいているのは海老名の7番スクリーンと、あと(千葉・)幕張新都心の8番スクリーン。幕張はULTIRAというシステムが入っていますし、Dolby Atmosも有しています。例えばアニメ作品の「ガールズ&パンツァー」みたいな作品をやると幕張は非常によく入る。劇場の支配人やスタッフがうまく宣伝をしてくれていて、劇場自体をブランド化させる取り組みも行っています。

──「スパイダーマン:スパイダーバース」の吹替版の音響を「ガールズ&パンツァー」の岩浪美和さんが監督されていて、イオンシネマ幕張新都心のAtmosを調整されたことも宣伝されていましたよね。そういう部分に反応する映画ファンが増えていけば、イオンシネマさんにもいろんな冒険をしていただけそうですね。

そうですね。ただ、編成する側としては意識をしていますけれど、一朝一夕には伝わりませんし、そこは劇場支配人、スタッフの熱量のおかげだと思います。例えば海老名の7番スクリーンでの鑑賞をすごく特別感のあることにまで高められたのは、長年の積み重ねがあったからで、「じゃあ明日から隣の劇場でも同じことをしましょう」と言っても、お客様の支持はすぐには広がらないだろうなとは思いますね。

──2016年に「この世界の片隅に」が公開されたときも、のちにロングランになりましたが、公開当初は館数も少なく知名度も低くて、同時期に「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」も上映されていたのに、なぜか滋賀県のイオンシネマ近江八幡がTHX認定の大きなスクリーンで上映していて驚きました。実際スゴい音でブッ飛びましたが、普通なら「ローグ・ワン」に充てるスクリーンじゃないかとも思ったんです。ああいう編成は、各劇場からの声も反映されているんでしょうか?

先ほど、私が所属するコンテンツ編成部が決めると申し上げましたけれども、あくまでも劇場と協議をしながら進めています。こちらから「来週はこれが一番入るだろうから、一番大きいところでやりましょう」と言っても、劇場から「いや、このエリアだったらこっちのほうが入る」と言われたりもして、議論を重ねながらやっていますね。劇場側が独自に創意工夫を重ねて宣伝をしていて、「この映画に手応えがある」と言ってくることもあります。

作品のスケジュールを決めるコンテンツ編成部の人間にも、劇場の支配人やスタッフにも映画に対する思いは強くあります。劇場の売店ではポップコーンなども売っていますけれど、あくまでも一番の売り物は映画ですから。映画を介してお客様にいい体験をしてもらうことが映画館を運営する意味でもありますので、映画という商品をとても大事に扱っているつもりです。

上映作品に自主規制を働かせると楽しみを半減させてしまう

──別のケースとして、「新聞記者」のように社会的に物議を醸した作品がありますよね。「新聞記者」の場合は、結果的にインディペンデント系の日本映画の中で非常に成功した作品になりましたけど、編成する際の決断が世相や社会的な騒動に影響されることはありますか?

弊社は映画館、興行会社ですので多くの映画を取り扱うのがスタンスです。もちろん公序良俗に反するようなものをかけることはないのですが、大前提として劇場公開できるものから選んでいるわけですから、主義主張を絡めて勝手に自主規制を働かせると映画の楽しみを半減させてしまうと思っています。

「これは政治のなんとか党寄りだ」とか「これはなんとか教だ」とか言い出すと、突き詰めれば映画なんて全部上映できないことになると思うんです。「新聞記者」に関してもあくまでもフィクションですし、そこで線を引く、蓋をするっていうのは弊社では基本的に考えないようにしていますが、1作品1作品を会議にかけてよく吟味して最終決定しています。

──最後になりますが、これから公開される配給作品の中から、小川さんが個人的に推している作品を教えていただけますか?

フランスの女子サッカー選手の話で「クイーンズ・オブ・フィールド」(3月19日公開)を推したいです。フランス語の映画という時点で敬遠される方もいるかもしれませんが、軽いタッチの映画で、非常に今の時代にも合っていて、ワンオペ育児や男女間の問題も多分に含まれている話です。これは観る人を選ばない作品だと思います!

※取材元の要望により、記事初出時から一部表現を変更しました

イオンエンターテイメント 主な配給作品

2019年

4月5日公開「4月の君、スピカ。」
6月28日公開「新聞記者」
10月25日公開「ロイヤルコーギー レックスの大冒険」

2020年

1月10日公開「明日、キミのいない世界で」
2月7日公開「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」
3月6日公開「劇場版 おいしい給食 Final Battle」
7月10日公開「インビジブル・シングス 未知なる能力」
7月17日公開「ライド・ライク・ア・ガール」
7月31日公開「ブレスレット 鏡の中の私」
8月28日公開「幸せへのまわり道」
9月11日公開「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」
9月25日公開「ハースメル」
11月6日公開「モンスターストライク THE MOVIE ルシファー 絶望の夜明け」
11月6日公開「感謝離 ずっと一緒に」
11月13日公開「パウ・パトロール カーレース大作戦 GO! GO!」
11月20日公開「ばるぼら」
11月27日公開「真・鮫島事件」

2021年

1月8日公開「スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち」
1月8日公開「エマの秘密に恋したら」
1月29日公開「おもいで写眞」
4月2日公開「ゾッキ」
4月9日公開「砕け散るところを見せてあげる」
5月7日公開「未来へのかたち」
秋公開「マイ・ダディ」
年内公開「都会のトム&ソーヤ」
年内公開「太陽の子」
年内公開「神在月のこども」

小川進(オガワススム)

1974年3月17日生まれ。好きな映画は「殺しの分け前/ポイント・ブランク」。好きな俳優は「JUNO/ジュノ」「レゴバットマン ザ・ムービー」などで知られるマイケル・セラ。

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