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樋口尚文 銀幕の個性派たち

遠藤憲一、 背広と制服の下のここには

毎月連載

第5回

(C)木内一裕/講談社 /(C)2017「アウト&アウト」製作委員会

 ここ20年くらいのうちにバイプレーヤー道をきわめて人気者になった俳優の筆頭は、遠藤憲一だろう。しかし遠藤憲一の作品歴にTBSの伝説的な青春ドラマ『青が散る』があったりするのは驚きだ。あの作品は1983年の放映なので、遠藤の芸歴は四捨五入すれば40年にもなろうというもので、映画でも1988年に日活がロマンポルノの幕をおろして立ち上げた一般映画ブランド〈ロッポニカ〉第一弾の『メロドラマ』に出ていたりするので、もう本当に芸歴の長い大ベテランである。

 遠藤はこうして80年代前半からこつこつと数多くのドラマや映画に助演しながら認知されていったが、90年代前半、私があの特徴的な貌をすっかり覚えた頃にCMの現場で遠藤に会った知人から驚嘆の声を聞いた。それは、あのどうにも強烈な強面の遠藤憲一が、とにかく謙虚で礼儀正しくこちらが恐縮するくらいであった、ということへの嬉しい驚きだった。そんな風評を裏づけるかのように、続々とバイプレーヤーの仕事が舞い込んでいった遠藤だが、90年代末の崔洋一監督『犬、走る/DOG RACE』や原田眞人監督『金融腐蝕列島・呪縛』の頃ともなると、遠藤の貌もかなりおなじみとなり、また演技も堂々たるものになっていた。

『花と蛇2/パリ・静子』(C)2005 東映ビデオ

 そんななかで、ひときわ強烈に記憶に残った一本が2005年の石井隆監督『花と蛇2/パリ・静子』だった。その役柄は在パリの画学生で、東京からやってきた人妻の杉本彩をモデルにして、あられもないポーズを強いながら精力的に画を描き、また激しい男女の交わりに耽溺する。このナイーヴそうだが正体不明の画家を、遠藤は熱演していた。

 遠藤の貌はお茶の間にも広く知られつつあった時期ながら、こういう放蕩と無頼、そしてどこか破滅的な香りのする役柄を説得力をもって演じられる俳優も少なくなったので、ここはひとつ思いきり演ってほしいなと期待したのだが、実際とても力のこもった演技でさすがの感があった。ジャンキー的なうつろな表情に、殺気も漂った。

 こうした複雑さのある危ないキャラクターは遠藤憲一の面目躍如たる役柄だが、しかし顧みて思わず笑ってしまったのは、遠藤にオファーされる役は案外こういう方面ばかりではなく、けっこうそれと対極の「官憲」サイドが多いということだ。くだんの『金融腐蝕列島・呪縛』の検事、『突入せよ!あさま山荘事件』の機動隊小隊長、『46億年の恋』の警部、『エクレール・お菓子放浪記』の刑事、『外事警察 その男に騙されるな』の刑事局長をはじめ、『BORDER』『未解決の女 警視庁文書捜査官』ほか数々のテレビドラマでも巡査、刑事に扮している。

『クライマーズ・ハイ』(C)「クライマーズ・ハイ」フィルム・パートナーズ

 『きけ、わだつみの声』や『俺は、君のためにこそ死ににいく』の軍人役がよく似合うことにもつながるだろうし、『日本沈没』の防衛官僚や『クライマーズ・ハイ』の社会部長などもこの線の延長にあるかもしれない。こうした遠藤の持ち味をたとえて解説するなら、黒澤明『天国と地獄』で仲代達矢扮する刑事が正義感と使命感をたぎらすあまり鬼気迫って物騒な感じさえ伴う時がある……あの感覚に近い。

 遠藤憲一には、そもそもの危うく激しいキャラクターを、そんな背広や制服でむりやり縛っているような、不自由さとものものしさが充満する時がある。そしてその背広や制服がまとう、大義や使命に渾身で殉ずる凄み……。四肢を失って背広姿で悶々と主張する『木屋町DARUMA』の主人公は、きわめて奇異なビジュアルであったが、しかし精神的な解釈で言うならば、ああいう不自由さと諦念と、それに身を捧げた異様な迫力は、「官憲」がよく似合う遠藤憲一を特徴づけてきた大いなる持ち味と言えるだろう。

『木屋町DARUMA』(C)2014「木屋町DARUMA」製作委員会

作品紹介

『アウト&アウト』

2018年11月16日公開 配給:ショウゲート
監督・脚本:きうちかずひろ 脚本:ハセベバクシンオー
出演:遠藤憲一/白鳥玉季/小宮有紗/竹中直人/高畑淳子/要潤

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』の撮影に近く入る。

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