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『これは経費で落ちません!』に見る、マイナー部署モノの面白さ 非正規雇用の存在も重要な軸に

リアルサウンド

19/9/27(金) 8:00

 NHKのドラマ10(金曜夜10時)で放送されている『これは経費で落ちません!』(以下、『これ経』)が最終回を迎える。

 古くは森繁久彌の社長シリーズや、植木等の無責任シリーズ、近年では町工場を舞台にした『下町ロケット』(TBS系)やWEB制作会社を舞台にした『わたし、定時で帰ります。』(TBS系)など、会社を舞台にした作品には戦後仕事史とでも言うような歴史がある。

 その中で『これ経』が画期的だったのは、今まで描かれることが少なかった経理課を舞台にしたことだろう。

 主人公の森若沙名子(多部未華子)は、石鹸会社・天天コーポレーションの経理課に所属する女性社員。業務が的確で、不明瞭な経費の処理に関しては「経費で落ちません」と毅然とした態度で突っぱねる姿は、社内で一目置かれている。

【写真】『これは経費で落ちません!』最終話シーン

 また、経理上の疑問や社員の不穏な動きで、気になることがあると「ウサギは追うな」と自分に言い聞かせながらも、足を踏み入れてしまう。さながらお金の流れを追うことが専門の社内探偵とでも言うような存在で、小さなお金の流れから実は社内で起きている大問題を森若が解決するというミステリーとしての面白さには毎回唸らされる。

 同時に本作が面白いのは、森若の目を通して天天コーポレーションという会社の全貌が見えることだ。

 まず社内の花形が森若の彼氏・山田太陽(重岡大毅)のいる営業部。接待や出張が多く、不明瞭な領収書の多くは、営業から出てくるのだが、会社を舞台にしたドラマで描かれる仕事の多くは営業である。

 営業と同じくらい舞台として多いのが総務部。筆者のようなサラリーマン経験のない人間にとっては一番何をしているのかがわからない部署だが、他部署がおこなわない社内業務全般をおこなう部署。第4話ではコーヒーサーバーの導入をめぐって総務部の女子社員同士で対立が起きていたが、いわゆる会社モノに登場する女性社員の多くは総務部所属だ。

 ちなみに、1998年に放送された『ショムニ』(フジテレビ系)の主人公たちは総務部庶務二課(通称、ショムニ)で、厳密には総務部に所属していることになる。

 フィクションにおける二課というのは、大抵、変人が集まる落ちこぼれ部署のことだ。ロボットアニメ『機動警察パトレイバー』の特車二課や、刑事ドラマ『ケイゾク』(TBS系)の主人公がいる場所も警視庁捜査一課弐係だった。

 ショムニのOLたちは、備品の取替えや社内イベントといった地味な仕事を淡々とこなし、定時で退社するため、やる気がないと思われているが、実は、社内の情報通や、占いの天才、社長の愛人といった特殊技能集団。その才能を用いて、会社の危機を救うというのが本作の面白さだった。営業や総務といった会社の中心ではなく、地味で一見、目立たない部署が会社の命運を握るという意味においては『これ経』と通じるものがある。

 学園ドラマでいうと、スポーツマンや生徒会の優等生ではなく、地味な文化部に集まった変人たちが活躍するという面白さが、経理や人事といったマイナー部署モノの面白さではないかと思う。

 そんなショムニのライバルとして登場するのが秘書課の女性たちだ。彼女たちも厳密には総務で、幹部クラスのスケジュール管理を中心とするアシスタント業だ。華やかな外見ばかりが注目されて仕事内容は正当には評価されにくいチアガール的存在。『これ経』では、ベッキーが演じる有本マリナが社長お気に入りの秘書として登場。わがまま女の悪役として描かれている。

 一方、石鹸会社ならではと思うのが研究開発室。森若の同期の鏡美月(韓英恵)が所属し入浴剤を開発しているのだが、会社モノでは裏方だった研究者や製造部の人間に注目が集まるのは『下町ロケット』以降の流れだ。石鹸マイスターの留田辰彦(でんでん)が後継者として連れ回しているのが藤見アイ(森田望智)という若い女性なのも今の時代ならではと言えるだろう。

 このように『これ経』では会社の仕事が細く描かれているのだが、実は00年代以降の会社モノにおいてもっとも重要なのは、非正規雇用の存在ではないかと思う。

 『これ経』では、第2話に登場した公報課の室田千晶(真魚)が契約社員で、査定を気にしている姿が描かれている。公報・宣伝部門もまた『空飛ぶ広報室』(TBS系)を筆頭に注目が集まっている部署だが、こういった正社員と非正規の格差がさらっと描かれているのは、本作の見逃せないところである。

 総務省の労働力調査によると2017年の被雇用者に占める非正規の社員・従業員の割合は37.3%だという。背景にあるのは人件費削減による経営の合理化だ。

 これだけ人数が多いのだから『ハケンの品格』(日本テレビ系)のようなファンタジーではなく、リアルな非正規社員が活躍するドラマを作れば、お仕事モノの新境地となるのではないかと期待しているのだが、なかなかそういう作品が出てこないのは、万人が共有するイメージを打ち出すのが難しいからかもしれない。

(成馬零一)

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