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『チェンソーマン』クレイジーな新ヒーロー・デンジの魅力とは? 常識と道徳心の欠けた主人公の強み

リアルサウンド

20/5/29(金) 8:00

「テメエら全員殺せばよぉ! 借金はパアだぜ! ギャアーハッハハァ!!」

参考:『チェンソーマン』5巻、壮絶な戦闘描写で捧げる“B級ホラー映画”へのオマージュ

 悪役のセリフではない。これは『チェンソーマン』の主人公であるデンジが、敵を嬲りながら放ったセリフだ。こんな倫理観もへったくれもないセリフ、他の作品の主人公が吐くことはそうそうないだろう。常識と道徳心の欠如した最高にクレイジーな新ヒーロー。それがデンジだ。

 デンジの人生はどん底から始まっている。人を襲う悪魔と、それを狩るデビルハンターが存在する世界。幼いころに父が死に、その借金を背負わされたデンジは、やくざにデビルハンターとしてこき使われて暮らしている。借金のかたに内臓や目玉も売らされた上に、働いても働いても返済金でむしり取られる。ジリ貧のなか、一枚の食パンを齧って飢えをしのぐような生活。唯一の相棒は、犬のような姿の悪魔・ポチタだけ。

「食パンにジャム塗ってポチタと食って、女とイチャイチャしたりして、一緒に部屋でゲームして……抱かれながら眠るんだ……」

 床で丸くなってポチタを抱きながらデンジが願う夢は、余りにもささやかだ。

 だが、ついに雇い主であるやくざにも裏切られ、デンジはゾンビの悪魔に殺されてしまう。その時、チェンソーの悪魔であるポチタが語りかけてくる。

「私の心臓をやる。かわりに……デンジの夢を私に見せてくれ」

 ポチタの心臓を宿して復活したデンジは、チェンソーの悪魔の力を手に入れていた。

 ゾンビの悪魔を殺したデンジの前に現れたのは、公安のデビルハンター・マキマだった。マキマはデンジに、「悪魔として殺されるか、人として私に飼われるか」の選択肢を与える。

「飼うならちゃんと餌はあげるよ」
「……朝メシはどんなの?」
「食パンにバターとジャム塗って……サラダとコーヒー、あと…デザートかな」

 どうってことのない朝食のメニュー。それは、デンジが夢見た以上のものだった。

「最高じゃあないっすか」

 こうしてデンジは、公安のデビルハンターとなることを選ぶ。

「返事は「はい」か「ワン」だけ」「使えない公安の犬は安楽死」

 デンジを脅して使うマキマには非情さが垣間見える。けれど、今までの人生で誰にもまともに扱われたことのないデンジは、食事を与えてくれ、(犬として)優しく接してくれる上に美人のマキマに一瞬で心を奪われる。好きな男のタイプを訊かれて、いけしゃあしゃあと「デンジ君みたいな人」と答える狡さもまともに受け止めて(一緒に仕事してくうちにそういう関係になってくんじゃねーか?)と妄想を膨らませる。

 公安のデビルハンターとしての仕事が始まってからも、デンジの単純さは常識のなさとも相まって爆発していく。胸を揉ませてやるとか、ベロチューしてあげる、なんて餌につられて猛然と死地に飛び込んでいくし、敵に対してもそのクレイジーさは遺憾なく発揮される。

「悪いヤツぁ好きだぜ~? ぶっ殺しても誰も文句言わねえからなあ~」

「テメエが俺に切られて血ィ流して! 俺がテメエの血ィ飲んで回復…! 永久機関が完成しちまったなアア~!」

 セリフだけ見れば完全にヴィランのそれだ。「人と悪魔どっちの味方だ?」という質問にさえ「俺を面倒みてくれるほう」と即答する。その言動は、心臓に悪魔を宿しているからだけでなく、すでに半ば悪魔だ。

 そんな、道徳心が欠けている上に下心満載で公安に入ってきたデンジを、教育係を任された先輩ハンター・早川アキは嫌悪する。

「軽い気持ちで仕事するヤツは死ぬぜ?」「お前以外全員本気なんだよ」

 家族を悪魔に殺され、その復讐のためにすべてを賭けて悪魔を狩るアキの目に、デンジの振る舞いはふざけているように映る。人間だけではない。「胸を揉みたい」を目的に戦うデンジを、悪魔でさえも「低俗な欲望」と見下す。周囲から馬鹿にされ続けたデンジはぷっつんとキレる。

「みんな偉い夢持ってていいなァ!! じゃあ夢バトルしようぜ夢バトル!! 俺がテメーをぶっ殺したらよお~……! テメエの夢ェ! 胸揉む事以下な~!?」

 デビルハンターの任務は命がけだ。強い悪魔を前に、信じられないほどあっけなく人が死んでいく。そういう場所にあって、胸を揉みたいとか衣食住が保証されるという理由で戦うデンジは、確かに「軽く」見えるかもしれない。けれど、それは本当に「軽い」のか。

 どん底からスタートしたデンジの人生。誰にも人間らしく扱ってもらえず、自分の体すらも簡単に切り売りされ、食パンにジャムを塗ることでさえ夢のまた夢。「軽い」というならば、デンジにとっては自分の命も人生も、最初から軽いのだ。そんなデンジらしい精神が、このセリフに現れている。

「俺は軽~い気持ちでデビルハンターなったけどよぉ、この生活続ける為だったら死んでもいいぜ」

 全てが軽い、デンジの人生。だからこそ、胸を揉みたいとか、マキマといい関係になりたいとか、パンに好きなだけジャムを塗りたいとか、はたから見れば「軽い」ことにも価値があって、そのためならいくらでも「軽い」命を張ることができる。

 常識と道徳心の欠けたクレイジーヒーロー。けれど、デンジには、ポチタがいなくなって悲しむ心も、マキマに恋する純情さもある。そして、ささやかな自分の夢のために、どこまでも突き進んでいく。その姿はあまりにも単純で、素直で、人間らしい。

 今後デンジの前に立ちはだかるのは、なぜかデンジの心臓を狙う悪魔たち。得体の知れない能力を持つ謎多きマキマ。そして最悪の敵「銃の悪魔」。深まっていくストーリーと数多くの試練を前に、デンジがその人間らしいクレイジーさをどのように発揮してくれるのか。続きがただただ待ち遠しい。(満島エリオ)

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