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「青鞜」編集部を描く二兎社の新作に永井愛が込めたものとは?

ぴあ

19/11/20(水) 12:00

二兎社『私たちは何も知らない』

大手メディアの報道姿勢、その現場を覆う奇妙な空気の存在に疑問を呈し、鋭く斬り込んだ舞台『ザ・空気』(2017年)と『ザ・空気ver.2 誰も書いてはならぬ』(2018年)。二兎社が放った強烈な問題提起二発のその後は、やはりver.3か……!?と思いきや、新作『私たちは何も知らない』はまた別の風合いだった。物語の舞台となるのは、明治44年に発刊された女性文芸誌「青鞜」の編集部だ。「青鞜も、メディアといえばメディアだなと思いましたけどね」と笑う、作・演出の永井愛に話を聞いた。

「青鞜に目を向けたきっかけは、森まゆみさんが書かれた『「青鞜」の冒険 女が集まって雑誌をつくるということ』という本です。青鞜は平塚らいてう、伊藤野枝などが作った雑誌ということは知っていたけれど、それが一体どういうものなのか、詳しくは知りませんでした。森さんご自身も地域雑誌を立ち上げて編集されていた人で、当時の女たちがいかにして青鞜を作ったか、それがどういうことなのか、編集部全体のことをきっちりと書かれているんですね。それを読んで、大逆事件などが起こって閉鎖的な方向に進もうとしていた明治のあの時代に、女たちだけで雑誌を作ったんだ……、それってすごいことでは!?とあらためて興味を持ったんです」

“元始、女性は太陽であった”に始まる青鞜の創刊の辞を書いた平塚らいてう、政治思想家・大杉栄の内縁の妻であった伊藤野枝など、確かに浮かんでくるのはかいつまんだ知識による表面的な人物像のみ。宮本研の戯曲『美しきものの伝説』や『ブルーストッキングの女たち』などにも登場するが、「大杉栄などの男たちを彩る存在として出てくるけれど、彼女たちが青鞜に何を書き、何を論争したのかということには踏み入っていない。興味の視点が違うんだと思います」。永井がフォーカスしたのは、青鞜が創刊した翌年から廃刊に至るまでの、わずか5年足らずの彼女たちの奮闘だ。

「らいてうが本当にやりたかったのは文芸よりも評論だったけど、当局から監視されることを懸念して、いち文芸雑誌としてスタートさせた。でも文芸誌として誰を輩出したかとなると、与謝野晶子も田村俊子も当時すでに有名だったし、青鞜が育てた才能はとくになかった……という評価になってしまうんですね。ただ、途中から概則を“女流文学の発達を計る”から“女子の覚醒を促す”に変えると、途端にさまざまな論争が起こる。そこが非常に面白いんです。私は、あの頃の女たちが論争した、ってことが凄いと思う。“青鞜の三論争”というのが青鞜の終焉期に出たんだけど、ひとつは貞操論争。処女を守るべきか、いつ捨てるべきか……といったことを大真面目に論争しているのね(笑)。その次が堕胎論争で、堕胎した女が出てくる小説を載せたら、当局から発禁処分を受けた。じゃあ堕胎についてどう思う?と呼びかけて、論争を引き起こした。もうひとつが売春論争で、ある慈善団体の婦人会がそうした商売の女たちを“卑しい女”と蔑んだ、その高飛車な視線に対して野枝が猛烈に反発するんですよ。だけど野枝もあまり理論的でないので、売春を肯定しているように受け取られてしまう。そこにまた別の論客がやって来て“アナタ、間違ってるわよ”とやり込められるわけです(笑)。100年前の女たちが、自分の体験などもさらけ出して、堂々と論争したことの凄さ! 貞操論争も堕胎論争も売春論争も、元をたどれば、あの時代の女性の体って、ある時期までは親のもの、その先は夫のもの、そして子供を産むための国家のものとされていた。自分の体なのに、自分に決定権がない。そうした女性にとって一番大事な問題を、彼女たちは世間の空気を読まずに論争した。その事実の凄さ、面白さをこの舞台で見せたいと思っています」

やはり“空気”である。彼女たちはそれにおもねるのではなく、堂々と自らの意見をぶつけて掻き乱していく。青鞜を始めた時の平塚らいてうは25歳、伊藤野枝が編集部に加わったのは17歳の時だ。

「とくに政治に興味があるわけでもなく、自覚があって論争しているわけでもない若い娘たちなんですよ。だから、あちこちに脱線しながらやっていった感じがすごく面白い」

平塚らいてうを演じるのは、『書く女』再演(2016年)に続いて二兎社の舞台に挑む朝倉あき。映画『ソロモンの偽証』(2016年)の主演で女優デビューした藤野涼子が、本作で初舞台を踏む。

「こうした話を若い彼女たちがどう受け止めるのかが気になるけれど、面白がってくれていると思います。驚きもあるんじゃないでしょうか。だって明治の女性のほうがハキハキものを言っているんですものね。朝倉さんはみずみずしい上品さがあって、ちょっと世間離れしたところがいいなと。その時代にベタに迎合しない、ちょっと浮き気味の存在というか(笑)。世間知らずなだけに大胆になってしまうところが、らいてうの発展形として面白いんじゃないかと思っています。藤野さんはまだ19歳だけど、すごく落ち着いていますよね。彼女も、いわゆる今風じゃないところが魅力だなと。でも側で見るとやっぱり若い子なんですよ。そんな幅のある雰囲気を持っているところがいいですね」

資料として取り寄せた青鞜の復刻版を開いて、永井は言う。「野枝の書いた文章も、らいてうの書いた文章も、血が滲み出てくるくらいに今そこで書いた!という感覚が伝わってくる。創作の時にこうした一次資料にあたり、何を考えていたのか、どんな文章を書く人なのかがわかると、大筋はズレてないなと。彼女たちの中でいったいどんな議論が交わされたんだろう、どういう心境でいたんだろう、そこに行って何を見て、何と思っただろう……と、想像力がより喚起されますね」.

100年前の“空気を読まない彼女たち”は、この舞台では現代のファッションで登場するらしい。「視覚的な刺激を受けてほしい」と言う永井の狙いは、“昔の出来事”で終わらせないこと。その論争の根っこが、彼女たちの熱が、どのように2019年の観客を揺さぶることになるだろうか。

「最後は今と繋がれるのでは……、繋げたいですね」

二兎社『私たちは何も知らない』は、11月24日(日)の埼玉・富士見市民文化会館キラリ☆ふじみでの公演を皮切りに、11月29日(金)から12月22日(日)まで東京芸術劇場 シアターウエスト、12月28日(土)に東京・亀戸文化センター カメリアホール、1月4日(土)に兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール、1月8日(水)に長野・まつもと市民芸術館 実験劇場、1月 10日(金)に三重県文化会館 中ホール、1月13日(月)に愛知・穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール、1月18日(土)に滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール 中ホール、2月1日(土)に愛知県産業労働センター ウインクあいち、2月8日(土)・9日(日)に石川・能登演劇堂にて上演。

取材・文:上野紀子

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