片桐仁の アートっかかり!
強烈な個性に驚きの連続! 想像の遥か上をゆく『伊庭靖子展』
毎月連載
第12回
今回の片桐さんは、上野・東京都美術館で開催中の『伊庭靖子展 まなざしのあわい』を来訪。思わず触れたくなるようなモティーフの質感や、それがまとう光を描いた伊庭さんの個展を、東京都美術館の学芸員、大橋菜都子さんに解説いただきながら鑑賞しました。
やわらかさを感じさせる寝具・クッションのシリーズ
大橋 本展は、美術館では約10年ぶりとなる伊庭靖子さんの個展です。2000年代半ばの絵画から最新作の版画や映像作品まで全52点を紹介するもので、最初のスペースでは、2003年から制作されたクッションと寝具のシリーズ10点を展示しています。
片桐 こんなにデカいサイズとは思わなかったです。クッションをこんな画面に対してギュウギュウに……よく描けますねえ。
大橋 チラシに載っている小さな写真だと、ハイパーリアリズムみたいに見えると思いますが、実際はそうではないのが分かると思います。
片桐 そうですね。ちょっと距離を取ると全然見え方が違ってきますね。すごくリアルな立体感があると思って近づいていくと、捉えどころがなくなってしまうというか……。
大橋 伊庭さんはまず対象物を写真で撮影して、その写真をもとに油彩で制作するのですが、女性がお化粧するように、筆をトントンとキャンバスに叩いて絵の具を載せていくんです。
片桐 へえぇ、面白いですね。それで筆のタッチが全然ないんだ。遠くからだと写真みたいに見えますけど、近づいてよく観ると、そこまで写実的に描いているわけじゃないんですね。
大橋 そうなんです。写真絵画と思われがちですが、自分が描きたい光や質感を表現しているんです。
片桐 確かに、写真を見て描いてもこうはならないですよね。変わっているなあ〜! 実物を見ると、思っていたのと全然違いますね!
大橋 真っ白な寝具やクッションは、模様入りを描く前に手がけていたシリーズです。
片桐 無印良品の広告じゃないですよね(笑)!? 白の中に繊細な光や影が入っていて。奇をてらってもう一色足したりとかしないんですかね。
大橋 油彩で描き始める前に、使用する絵の具を全部用意していから描き始めるそうです。頭の中に完成図があって、そこに向かって制作していくのだと思います。感情の赴くままに描く……というのとは違いますね。
片桐 自分の感情とか主観はむしろ排除している感じですね。
大橋 そうですね。作品を通して観る人の体験や感情を刺激したいという思いがあるようです。
片桐 目で観ているだけなのに、五感が刺激される。触り心地や、湿気のない空気とかを感じますね。
柔らかさから、硬くつやのある質感へ
大橋 次のスペースでは器のシリーズを紹介しています。柔らかいクッションから、硬くてつやのある器に反射する光と質感が表現されています。
片桐 タッチは同じだけど、こちらの方が絵の具の質感が出ていますね。
大橋 クッションや寝具のシリーズが、フォトリアリズム絵画にくくられてしまうことに伊庭さんが違和感を感じられて、器のシリーズではあえて絵画感を打ち出していると思います。
片桐 僕はハイパーリアリズムがすごく好きなんです。ああいう作品を描く人には「何が見えているんだろう?」って思うんですよね。
大橋 伊庭さんは、見える世界を忠実に再現しようというわけではないように思います。「見えるものって何なんだろう?」という問いを投げかける。
片桐 シンプルにモノだけを描いているんだけど、そのモノが身近なモノだからこそ、普段のモノの見方と、作家の目を通したモノの見方の違いが感じ取れますね。