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立川直樹のエンタテインメント探偵

実によくできた音楽もの『アリー/ スター誕生』、東京オペラシティ『未来の記憶』展のレベルの高さ!

毎月連載

第15回

「田根 剛|未来の記憶 Archaeology of the Future―Digging & Building」 展示風景 東京オペラシティ アートギャラリー 2018 photo:Keizo Kioku

 映画『ボヘミアン・ラプソディ』が凄いことになっている。興行収入は世界で722億円を超え、日本でも53億円を突破、客層はクイーンを知らなかった20代などにも広がっているという。ゴールデン・グローブ賞にもノミネートされているし、音楽映画好きの僕としては何ともうれしい限りだが、12月21日に公開になったレディー・ガガ主演の『アリー/ スター誕生』がまた実によくできた音楽ものなので、どこまでいくかが楽しみでしょうがない。

 過去ジュディ・ガーランドやバーブラ・ストライサンド主演でリメイクされてきた名作の3度目のリメイクだが俳優としては人気も評価も高いブラッドリー・クーパーの監督としての才能は驚嘆に値するもの。この2本の映画の真っ向勝負感は本当に気持がいい。

『アリー/ スター誕生』(C)2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

 そして才能と魅力ということでは東京オペラシティ アートギャラリーで『未来の記憶』というタイトルの展覧会が開催された建築家、田根剛には完全にKOされた。最初に注目したのはポンピドゥー美術館の歴史をたどる展覧会の会場構成だったが、現在39歳という若き建築家の仕事は展示された模型や考え方からレベルの高さとオリジナリティが伝わってきた。

「田根 剛|未来の記憶 Archaeology of the Future―Digging & Building」
展示風景
東京オペラシティ アートギャラリー
2018
photo:Keizo Kioku

 「まだ誰もみたことのない、経験したこともない、想像すらしたことのない、そんな建築をつくりたいと思っています。でもそれは奇抜な未来型の建築とは違う、場所の記憶からはじまる建築、そんな途方もないことを考えています。/私はいつも考古学者のように遠い時間を遡り、場所の記憶を掘り起こすことからはじめます。そこでは今日の世界から忘れ去られ、失われ、消えてしまったものに遭遇し、それらを発見する驚きと喜びがあります。その時、記憶は過去のものではなく、未来を生み出す原動力へと変貌するのです。/場所には必ず記憶があります。建築はその記憶を継承し、未来をつくることができるのです。未来は必ず訪れます。建築はこの時代を動かし、未来のその先の記憶となります。まだ誰も見たことのない未来の記憶をつくること、建築にはそれが可能だと信じています」という、しっかりと紹介しておきたい言葉。場所をめぐる記憶を発掘し、掘り下げ、飛躍させる手法は〈エストニア国立博物館〉〈古墳スタジアム〉といった代表作や最新プロジェクトに見事に反映されているが、その“建築”という言葉を映画や音楽、美術、文学に入れ替えた時のおさまりのよさも僕にはたまらなく感じられ、同じ種族の人だと思えたのである。

シアター・イメージフォーラム『アラン・ロブ=グリエ特集』、水田美術館『水田コレクション 近代日本画の諸相』

『快楽の漸進的横滑り』(C)1974 IMEC

 この2週間ほどの収穫をふり返ってみると、ポール・シュレーダー監督の懐かしき名作『キャット・ピープル』(1981年)の独自の美学に始まり、青山銕仙会能楽堂で“上方舞”の〈吉村会 別会〉で吉村輝章の見事な舞を見た後でシアター・イメージフォーラムのアラン・ロブ=グリエ特集の『快楽の漸進的横滑り』に行ったら、満員の館内で両サイドに坐っていたのが20代前半とおぼしき男女だったことにうれしい驚きがあり、六本木の青山ブックセンターがあった場所に「本と出会える本屋です」というコンセプトで入場料1500円でオープンした“文喫”が満員礼止めの盛況と聞いてうれしくなり、ロジャー・ウォーターズは声色を絶妙に使い分けてストラヴィンスキーの『兵士の物語』をブリッジハンプトン室内音楽祭のミュージシャンたちをバックに語る、彼ならではのCDが時空を超えた世界へと連れていってくれた。小規模な展示ながら、千葉県東金にある城西国際大学 水田美術館で開催されていた『水田コレクション 近代日本画の諸相』は月岡芳年の《風俗三十二相》の6点を見ることもできたし、伊東深水の《義士大観 市中の喧伝》も全く知らなかったものだった。往復のドライヴの間、2CVを運転しながらカセットテープで聴いたエコー&ザ・バニーメンの1990年のアルバムの『リヴァーバレイション』やトニー・ベネットが2001年に出した豪華なゲストと共演しているブルース・アルバムも気持よくはまっていたし、伊東深水の絵とは、もう何十年も続けている新聞の切り抜きの中にあった橋本忍さんが亡くなる3日前に応じた朝日新聞のインタビュー記事の中の言葉とシンクロしたのが最高だった。

 「プロデューサーが忠臣蔵を提案したことがあってね。オヤジ(地元で毎年、芝居の興行を打っていた)はこう答えたんだ。『1人が47人を斬るんなら面白いよ。でも47人がよってたかって1人のじいさんを斬る話のどこが面白いんだ』と。驚いたね。そしてスカッとした。……」ホント、世の中にはおもしろいものがたくさんあり、おもしろい人がたくさんいる。そこでは記憶と時間が渦を巻いている。

月岡芳年《風俗三十二相 しだらなささう》大判錦絵、明治21年(1888)、学校法人城西大学水田美術館蔵

作品紹介

『アリー/ スター誕生』(2018年・米)

2018年12月21日公開
配給:ワーナー・ブラザース映画
監督・製作・脚本:ブラッドリー・クーパー
出演:レディー・ガガ/ブラッドリー・クーパー

『田根 剛|未来の記憶』

会期:2018年10月19日~12月24日
会場:東京オペラシティ アートギャラリー[3Fギャラリー1, 2]

『快楽の漸進的横滑り』(1976年・仏)

配給:ザジフィルムズ
監督:アラン・ロブ=グリエ
出演:アニセー・アルヴィナ/ジャン=ルイ・トランティニャン/マイケル・ロンズダール/イザベル・ユペール
※シアター・イメージフォーラムにて開催の特集『アラン・ロブ=グリエ レトロスペクティブ』(11月23日〜12月28日)で上映

『水田コレクション 近代日本画の諸相』

会期:2018年11月27日~12月15日
会場:城西国際大学水田美術館

プロフィール

立川直樹(たちかわ・なおき)

1949年、東京都生まれ。プロデューサー、ディレクター。フランスの作家ボリス・ヴィアンに憧れた青年時代を経て、60年代後半からメディアの交流をテーマに音楽、映画、アート、ステージなど幅広いジャンルを手がける。近著に石坂敬一との共著『すべてはスリーコードから始まった』(サンクチュアリ出版刊)、『ザ・ライナーノーツ』(HMV record shop刊)。

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