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BL漫画出身のヤマシタトモコ、各方面で高い評価へ 『違国日記』が問う、“普通”というラベリング

リアルサウンド

20/6/11(木) 10:00

〈この日 この人は群をはぐれた狼のような目で わたしの天涯孤独の運命を退けた〉

 社会性を持ち、何頭もの群れを形成して生きている狼たち。群には厳格な順位制があり、最上位(アルファ)の狼は自分たちの行き先や行動を決定する、いわばリーダーの役割を担う。彼らは鳴き声や表情でコミュニケーションを取り、はぐれた狼は遠吠えすることで自分の存在を知らせる。しかし、中には仲間との意思疎通を苦手とし、群を離れて額面通り“一匹狼”として生きていく個体もいるという。

 意図せず群からはぐれた子ども狼と、孤独を好み自らの意思で群を離れた狼――そんな狼のような2人が価値観の相違でぶつかりながらも、共に暮らしていく姿を描いているのが、漫画『違国日記』だ。

 現在、漫画雑誌『FEEL YOUNG』(祥伝社)で連載中の同作は、宝島社「このマンガがすごい!」オンナ編に2年連続でランクイン(2019年に4位、2020年に10位を獲得)。また、「俺マン2019」「マンガ大賞2019」で4位、「第7回ブクログ大賞」ではマンガ部門大賞を受賞するなど、次々と快挙を達成している。

関連:【画像】映画化が決定した『さんかく窓の外側は夜』

 作者は、今年10月30日に岡田将生×志尊淳主演で公開される映画『さんかく窓の外側は夜』の原作者である少女漫画家、ヤマシタトモコ。彼女は同人活動を経て、2007年に『くいもの処明楽』(東京漫画社)で「このマンガがすごい!2007」BL部門1位を獲得するなど、BLコミック誌を中心に活動。近年は、『HER』(祥伝社)や『ドントクライ、ガール』(リブレ)など、一般コミックでの活躍も目まぐるしい女性漫画家である。

 そんな彼女が描く『違国日記』の主人公は、35歳の少女小説家・高代槙生(こうだいまきお)と、その姪である15歳の少女・田汲朝(たくみあさ)。朝は母、実里(みのり)と父を事故で亡くし、中学卒業を目の前に天涯孤独の身となる。そんな彼女が葬式で親戚からたらい回しにされている様子に業を煮やし、勢いで朝を引き取ったのが、実里の妹である槙生だった。しかし、実里は槙生に対してモラハラを繰り返していたことがあり、槙生にとって朝は確執のある姉の遺児。さらに人見知りで不器用な性格の槙生は、朝との接し方に迷う。実里が嫌いだったこと、そして愛せるかどうかはわからないという気持ちまで正直に打ち明けながらも、槙生は朝の意思や感情を決して踏みにじらない。そんな槙生を通して、朝は母親の知らなかった一面を知り、徐々に両親の死を実感していく。

 少しネタバレになってしまうが、朝が両親の死を実感し始めたとき、彼女の中で最初に浮かんだ感情は悲しみではなく怒りだった。まだ幼い朝にとって、両親は狼の群でいう“アルファ”、つまり自分の安全を守り、進むべき道を教えてくれる存在だ。特に実里は生前、「なりたいものになりなさい」と言いながら、どこかで朝を強くコントロールしていた。けれど、朝はわずか15歳でその存在を失う。あとはこれまでの経験や自身の感覚だけを頼りに、生きていかなければならない。

〈いないんだーと思うと 砂漠のまん中に放り出されたような感じでぞわーっとする
みぞおちのところがジェットコースターで急に落とされたときみたい〉

 親からの呪縛から自由になったのと当時に、不安ともう群には戻れない寂しさを味わった朝。けれど槙生は、彼女の孤独を受け止めはするが理解はしない。「わかるよ」や、「愛している」といった優しい嘘は口にせず、ただ肩を貸すだけ。その理由を槙生は朝に「あなたとわたしが別の人間だから」と何度も説明するが、これが『違国日記』の大きなテーマとなっている。

 そんな槙生の哲学を象徴するように、漫画に槙生や朝以外にも、個性的なキャラクターが登場する。たとえば、槙生の友人で元恋人の笠町慎吾(かさまちしんご)や学生時代からの友人・醍醐奈々(だいごなな)。2人はどちらも明るい大人だが、内面には傷や弱さを抱えている。故に不器用な槙生を好き、朝と暮らす彼女を陰ながらサポートする存在だ。そして、朝の同級生で親友の楢(なら)えみり。彼女は親友思いで今どきの“ギャル”だが、恋愛に興味がない自分自身の気持ちに戸惑っている。一方、朝は素直で従順な性格である反面、少しだけ無神経なところがあり、そんなえみりに「女子が好きなの?」と聞いたり「槙生ちゃんみたい」(=変わっている)と言って相手を凍り付かせることも。また、部屋の片付けが極端に苦手な槙生に対しても「なんでこんなこともできないの?」と意図せず傷つけてしまう。“普通”という言葉に傷つく登場人物たちと、“普通”に固執する実里に育てられた朝。両者の分かり合えなさも、この漫画の1つの見所だ。

 「女」、「男」、「トランスジェンダー」、「子供」、「母親」、「教師」、「日本人」、「会社員」……私たちは様々なラベルを自分自身や他人に貼って生きているが、それらは一要素に過ぎない。ラベルを全て集めても、相手を理解したことにはならないだろう。家族だろうが、親友だろうが、恋人だろうが、自分とは違う人間である限り、経験やそれに伴う感情を分かち合うことはできない。その孤独を槙生は静かに受け止め、愛している。

 4巻で槙生が物語の役割について、“かくまってくれる友人”と表現している場面があるのだが、どこか生きづらさを抱える人にとっては『違国日記』こそが、嫌なことから自分をかくまい、違う世界に連れていってくれる友人となるはずだ。

(文=苫とり子)

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