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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

「京マチ子映画祭」で観た『浅草の夜』、神保町シアターで観た川島雄三作品『青べか物語』

毎月連載

第10回

19/4/2(火)

「デビュー70周記念企画 京マチ子映画祭」のポスター

 『浅草の夜』

『浅草の夜』(C)KADOKAWA1954
全国順次上映中。
劇場情報は公式HP「デビュー70周年記念企画 京マチ子映画祭」

角川シネマ有楽町
特集「デビュー70周年記念企画 京マチ子映画祭」(2/23〜3/21)で上映。

1954(昭和29年) 大映 89分
監督:監督:島耕二 原作:川口松太郎
撮影:長井信一 音楽:大森盛太郎
美術:仲美喜雄
出演:京マチ子/鶴田浩二/若尾文子/根上淳/志村喬/高松英郎/見明凡太郎/浦辺粂子/滝沢修/高堂国典

太田ひとこと:机の原稿用紙を前に万年筆を持ち「書けん」と悩む鶴田がいい。

浅草の踊り子・京マチ子は、その小屋の座付作者・鶴田浩二と恋仲だが、気が強いためいつも口げんかしている。京の妹・若尾文子はおでん屋で働き、画家修業中の根上淳との結婚を願っているが、姉は「それだけはやめて」と絶対に許さない。不憫に思った鶴田が京に問いただすと、姉妹の実父は今は高名な画家だが、かつて妻を亡くし、子二人を養子に出した。養子先の育ての親は篤実に姉妹を育ててくれたが困窮のまま死に、姉妹は人情厚い浅草に流れ着いてようやく育った。京は捨てた実父への恨みを忘れないが妹は何も知らない。妹の恋人・根上は実父のその後の養子だった。

鶴田は根上の人物を聞くべく単身その画家・滝沢修に会いに行くと、ゆすりに来たと思われて金を差し出され激怒、「その養子息子の恋人は、かつてあなたが捨てた二人の子の妹の方」と姉妹の名を言うと滝沢は面を変え、「何年も探していた、ぜひ会わせてくれ」と懇願する。連れられた若尾は記憶もない実の父を前に涙にくれ、滝沢も言葉がない。そこに乗込んだ京は滝沢に「今更おめおめと父を名乗る気か、私たちがどれだけ苦労したか」と啖呵を切る。部屋の外で聞いていた根上は言葉もなく――。

東映仁侠映画で超硬派となる前の鶴田浩二が普通の優男を演じているのも見どころ

こういう人情話に、小屋の座長・見明凡太郎をめぐる楽屋裏話や、小屋の黒幕のやくざ福島組の親分・志村喬、その息子で若尾に横恋慕する高松英郎をからませる。いかにも川口松太郎らしい原作は、人物よりも浅草という町を描くのが狙いで、それを汲んで隅田川や吾妻橋、松屋の遠景や浅草寺が情緒を添える。昭和二十九年当時の浅草の実景は貴重で見当のつくところもあり、六区映画街にかかる映画の幟に、つい何の作品だろうと目が行く。当時の実際の飲み屋街と飲み屋セットの連結もまことにスムーズ。もちろんバックステージものゆえ裸の踊り子がいっぱい出るのもうれしい。

京は気の強さが当たり役でこうして妹を育ててきたのだろうと思わせ、デビューまもない若尾はただ可憐。見どころは、後年東映の仁侠映画で超硬派となる前の鶴田が、情味も、恋人に腹を立ててクサる弱さもある普通の優男を演じているところ。ラブシーンは下手で京に抱きつかれても何もできず、小屋の社長に大衆に勇気を与える質の高いものを書きたいと提案する文学青年ぶりなど、今では考えられない役だ。それでも最後は高松英郎に呼び出されて決闘し、きっぱりと男らしさをみせる。

監督:島耕二は、細かなつじつまの粗さはあまり意に介さず、冒頭とエピローグを隅田川の船に住む老人・高堂国典と少年で閉じるなど文学情緒でまとめた。



 『青べか物語』

「劇場リニューアル記念 フィルムとデジタルで甦る名作の世界」のポスター

神保町シアター
特集「劇場リニューアル記念 フィルムとデジタルで甦る名作の世界」(3/9〜22)で上映。

1962(昭和37年) 東京映画 101分
監督:川島雄三 原作:山本周五郎
脚本:新藤兼人 撮影:岡崎宏三
音楽:池野成 美術:小島基司
出演:森繁久彌/東野英治郎/加藤武/桂小金治/中村是好/左幸子/市原悦子/フランキー堺/池内淳子/山茶花究/乙羽信子/左ト全/園井啓介/小池朝雄

太田ひとこと:船長服を着た左ト全の淡々とした語りの味わい。池内淳子、乙羽信子は台詞が一つもないのにすごくイイ。

1960年に発表され、山本周五郎の声価をいちやく高めた原作を、川島はすぐに映画化した。

あまり売れていないらしい作家・森繁久彌は、江戸川を挟んだ東京のすぐ隣、浦粕(浦安)へ、鞄一つに下駄履きでふらりとやってきて下宿する。浦粕は「沖の百万坪」と呼ばれる遠浅で、底の浅い「べか舟」で魚や貝を採る漁師町だ。ぽつんと海を見ていた森繁は、老漁師・東野英治郎の青く塗ったボロべか舟を強引に買わされ、強欲、強引、お節介、助平に生きる地の洗礼を受ける。

その代表が東野英治郎(たかり専門の老漁師)、加藤武(赤ふんどしがトレードマークの消防団長)、桂小金治(多情な女房・市原悦子の浮気に泣く天ぷら屋)、中村是好(たまり場の床屋主人)の、他人の事情に首を突っ込むのが生き甲斐の四人組だ。一方、ごったく屋(料理屋)の左幸子ら女三人は、ひとたび客が来るやどんどん勝手にビールをぽんぽん空けて宴会を始め、抗議する森繁には馬乗りになる。

洋品店の気弱なフランキー堺に来た嫁(中村メイコ)は床を許さぬままどこかに消え、四人組は洋品店のだらりと下る吹き流しを指さし「やっぱ、あっちの方がダメだった」と笑い飛ばす。怒ったフランキーの母(千石規子)は、水も滴る美人嫁(池内淳子)を見つけてきてハッパをかけて事を成させ、翌日の吹き流しはピンピンに立ち、四人組をあぜんとさせる。慾むき出し手八丁口八丁の面々にマジメ警官・園井啓介は手も足も出ない。

岡崎宏三のカラフルに明るい印象派絵画風のカラー画面はじつにじつにすばらしい

主人公の作家に台詞はほとんど与えず、本人の独白で話を進めてゆく。本来喜劇演技やペーソスは十八番の森繁に芝居をさせず、インテリというほどでもなく、作家の人間観察というほどでもなく、翻弄されながらもただ傍観している距離感が、漁師町のどたばた喜劇にさせないため川島の考え抜いたところだろう。

あくの強い挿話の中で、引退した自分の廃船で、幼き日の初恋の思い出に一人生きる老船長(左ト全)。十年も酒乱暴力の限りで妻(乙羽信子)を苦しめ、蹴っ飛ばして足を折られながら「どうか殺さないで」と哀願されてハッと目が覚め、以降酒を断ち、歩けなくなった妻に食事風呂など献身的に尽くす山茶花究(名演技)。話を聞く森繁はへたに相づちを打たず、聞いているだけの芝居に真骨頂を見せる。

期待した撮影:岡崎宏三のカラフルに明るい印象派絵画風のカラー画面は緑の発色がよく、じつにじつにすばらしい。老船長の挿話のソフトフォーカスの移動はため息がでるようだ。アクと叙情のバランス、人間くさい話をどぎつくではなく淡彩に描く画面。川島がこの作品について語った次の言葉が全くよくわかったのだった。

〈『青べか物語」の場合は、作者不在ではいけないのではないか、と思った。作者がその中にいなければ、僕がやる必要はないのではないか、という感じがしました。それで、コンビの岡崎宏三カメラマンに相談して、これは印象派からやり直そうじゃないか、こういう場合は、印象派からやり直していいんじゃないか、そういう絵をつかむことを、やってくれ、といいました〉(『川島雄三 乱調の美学』磯田勉著/ワイズ出版)

映画はこうやって作るんだな。


プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。



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