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宮沢氷魚×今泉力哉監督が語る、『his』での迷いの先に見えた景色 「いいものに繋がる自信もある」

リアルサウンド

20/1/26(日) 10:00

 宮沢氷魚初主演映画『his』が全国公開中だ。本作は、『愛がなんだ』『アイネクライネナハトムジーク』などこれまで様々な恋愛のかたちを切り取ってきた今泉力哉監督が、初めて男性同士の恋愛を描いた物語。宮沢は、周囲にゲイだと知られることを恐れ、東京からひとり田舎にやってきた主人公・井川迅を演じ、迅が恋焦がれる日比野渚役を藤原季節が務めた。

 オファーをもらった時に「絶対に引き受けたい」と思ったという宮沢は、初主演作をどのように今泉監督と作り上げたのか。宮沢と今泉監督に、ハードだったと語る撮影秘話、役者と監督という関係について話を聞いた。

参考:ほか撮り下ろし写真多数

ーー今泉監督は、アサダアツシさんとの脚本作りでは撮影に入る直前まで修正を重ねていたそうですね。

今泉力哉(以下、今泉):すごくセンシティブな話なので、もしかしたら本作で傷つく人がいるかもしれないという危惧から、細かい詰めの作業を重ねていました。それでも傷つく人はいるとは思うんですが……。たとえば、勇気を出してカミングアウトするシーンも多くの人の前ですべきなのかどうかとかずっと迷いましたし。あと、最後のセリフは何が良いのかというディスカッションもギリギリまでやっていました。

ーー今泉監督としては、アサダさんの脚本に自分のエッセンスを加えたいという気持ちはありましたか?

今泉:そういう意識はありませんでした。自分が前に出ようとすることで生まれる衝突が、現場の士気を下げることになる気がしたので。もちろん、自分が腑に落ちないところがあればアサダさんに聞くようにはしていました。だから、台本通りにやっているんですけど、自分の想像より熱量が高いシーンがたくさんありました。それは迷いました、現場で。これでいいのかな、と。例えば、警察署で迷子になった子どもと再会して抱き合うシーンの撮影などは、この温度でいいのか確認するため、何度もテストを繰り返しました。どんな場面も自分のイメージに無理矢理寄せるのではなく、役者さんたちと議論しながら進めました。

ーー資料の宮沢さんや藤原季節さんのコメントでは、ハードな撮影だったと語っています。

宮沢氷魚(以下、宮沢):いろんな種類のハードさがありました。スケジュールのハードさもありましたし、僕も季節くんも今まで演じたことのないような役で、センシティブな題材でもあったので、精神面でもハードな作業でした。「僕たちが作っているものは果たして正しいのだろうか?」と正解が見えないまま撮影が進んでいったので、その疑問と向き合うのはしんどかったです。でも結果として、正解も何もなくてただそれぞれの登場人物の生き方があるだけなんですよね。

ーー宮沢さんは、同性愛者を演じる上で重視したことはありますか?

宮沢:クランクインする前に、学生時代の同性愛者の友達に会ってしばらく時間をともにしたんです。その間、僕を見る彼の眼差しが、僕から何かを引きだそうと目の奥まで見ようとしているように感じて。「なんでそんなに見るの? 僕、何か変なこと言ってる?」って聞いたら、「もっと知りたいんだよね、氷魚のことが」って彼は答えたんです。

彼は、周囲から「同性愛者」という一つの枠に入れられてしまって、その個性に興味を持たれることが少なかったらしいんですよ。だからこそ人一倍、人のことをもっと知りたいと話していたのがすごく印象的でした。だから演じる時も、相手のことをもっと知りたいと思った瞬間は相手の目の奥まで見るようにしたり、逆に心を閉ざしている時は目線を合わせない……というように視線の動きを意識していました。後半はそれが意識せずに自然とできるようになっていった気がします。

ーーカップルとなる渚を演じた藤原さんの存在は大きかったですか?

宮沢:僕は季節くんがいないとダメでした。唯一、僕の気持ちを分かったのが季節くんだし、季節くんの気持ちが分かったのも僕だけだったと思います。特別な話をしたわけではないですが、ただ同じ方向を見て同じようなことを考えている人間がいるというだけですごく支えられました。もし僕一人だったら、多分もたなかったかな。

今泉:それは藤原さんも同じだと思いますよ。でも藤原さん一人の考えに、宮沢さんまで乗っかってしまっていたらもっと大変だっただろうな。

宮沢:そうですね。季節くんは「これはどういう意味なんだろう?」と深く考え込むタイプなんですが、僕は、分からないなら分からないなりにやればいいと思ってしまう。

今泉:2人ともテクニカルに演じるといった器用な方ではなかったというのはすごく良くて。それは裁判のシーンを撮っている時に特に思いましたね。渚が決断をした時の迅の表情然り、他の証人が立っている時間の渚のリアクション然り、オーバーになり過ぎない。普通だったらもっと大きく演技をやってしまうと思うんです。僕がビビりましたもん、「大丈夫かな、こんなに反応が薄くて」って(笑)。特に渚はずっと黙っている演技だったので、もうちょっと藤原さんの表情をつけなきゃいけないんじゃないかと考えることもありました。でも、結果としてすごく良かったと思います。

ーー今泉監督は、藤原さんとは映画『アイネクライネナハトムジーク』以来のタッグとなります。

今泉:今回、藤原さんが迷いながらも、熱を持って取り組んでいたのを感じていました。クランクアップ後に偶然藤原さんと下北沢の道端で出くわしたんですが、渚が子どもと離れている時間の芝居について「ちょっとトーンを重くしすぎましたかね」って言ってきたんですよ。撮影が終わった後なのに、まだ自身の演技について考えている。それがやっぱり藤原さんらしさだなと思いました。宮沢さんや藤原さんのインタビューを読んで、最近になってようやく「ここまで苦しめてたんだ」と気づかされました(笑)。脚本に演技を寄せる方法もあるんですが、今回はお二人から出てくる、その場の演技を見た時の気付きを活かすようにしていました。その方がよりリアルになる可能性があると思ったんです。

ーー今泉監督としては、宮沢さんと藤原さんがここまで迷いながら演じているとは思っていなかった?

今泉:ちょっと意地悪なことをしていたと今になって思うんですが、OKを出した後にあえて口を出して迷わせたりもしていたんです。みんなが控え室に戻ろうとする中、「さっきOKしたけど、俺が思ってたのはこっちだったんですけどね~」と言って帰すという(笑)。

宮沢:それが1日の最後のシーンなんですよ! 宿泊場に帰った後に、季節くんと2人で「やばい、やっちゃったかなあ」って(笑)。

ーーなぜ今泉監督は二人を迷わせるようなことを?

今泉:みんなが明確に役を掴んでしまうことへの怖さがあったのかもしれない。この温度で演じれば迅は間違いなくて、渚はこういう人で……と断定してしまうことへの迷いとも言えます。自分でもその答えを持ち合わせていなかったですし。

ーー宮沢さんとしては、今泉監督と一緒に仕事ができたという経験は大きかったですか?

宮沢:すごく大きかったです。今までやってきた作品は、もともと監督の中で作品のイメージがある程度でき上がっていることが多かったんです。だけど、『his』での今泉監督はその時生まれたものをその場で繋げていくことを重視していたので、僕たち役者が考えて現場にいかないと始まらなかった。

今泉:無責任ですね、あとから文句も言い出すし(笑)。ベテランの役者だったら、怒られてもしょうがないやつですね。

宮沢:だけど、そういうことを考える時間をいただけたのは、すごく貴重だと思うんです。監督のイメージに応えるだけの役者でいいのかと、今回の撮影を通じて強く思いましたし、僕たち役者が感じることから生まれるものに改めて気づかされました。

今泉:監督によっては頭に全部イメージがあるから自分の指示通り動く役者がいいという方もいらっしゃると思いますが、特に今の自分は、役者の方のその場の感情を優先したいんです。怖いですけどね。役者の方々の負担も大きいし、大失敗する可能性もあるし(笑)。でも心のどこかで、その方法論がいいものに繋がる自信もあるんです。 (文=島田怜於)

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