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『映像研には手を出すな!』映像制作の悲喜こもごもをどう描く? 湯浅政明・英勉監督の起用を考える

リアルサウンド

20/1/5(日) 12:00

 第一巻の第一話を読んですぐに、「これ早く動いてくれないかな」と思った。

 その漫画は、『映像研には手を出すな!(以下、映像研)』である。きっと、この漫画のファンの多くが同じ想いを抱いていたのではないかと思う。

 そんな『映像研』が2020年に本当に映像化される。しかもTVアニメと実写映画の両方だ。アニメはNHKエンタープライズ制作で湯浅政明監督、実写映画は『あさひなぐ』のプロデューサー&英勉監督であることが発表されている。

参考:『映像研には手を出すな!』場面写真はこちらから

 アニメという映像作品を作ることを題材にした漫画をどのように映像化するのか、本作の魅力と、アニメ・実写双方の特性、関係者の証言から両監督の個性などを踏まえて、映像化への期待を語ってみたい。

・『映像研』は映像作り自体の魅力を語る作品
 『映像研』は、アニメ好きで「設定命」の浅草みどり、お金を生む活動が好きな金森さやか、カリスマ読者モデルでアニメーター志望の水崎ツバメの3人の女子高生がアニメ制作に打ち込む姿を描いた青春漫画だ。アニメ作りに関する様々な苦労、設定を起こし、資金を集め、原画・動画を描き、音を作るなどの映像制作の一連の苦労と楽しさに溢れた作品である。

 台詞の吹き出しにも立体感を加えたり、フォーカスで背景や人物をぼかすなど、カメラで撮影したかのようなコマ作りも特徴的で、内容と演出が絶妙にマッチしている。3人が制作にのめり込んだ時に、制作中の空想世界にシームレスに突入するシーンがとても楽しく、制作中のクリエイターの想像力を読者に追体験させ、自分も何か作りたいという気分にさせてくれる作品だ。

 筆者は映画学校に通って映画作りを学んだ身であるが、映画作りは楽しい。物語がつまらなくても、1つ1つのシーンをゼロから組み立てていく作業自体に途方も無い喜びがある。本作はその映像を作る根本的な喜びが描かれている。

 例えば、1巻第3話で風車が回っているだけのアニメーション動画を作るエピソードがある。物語は何もなく風車が回るだけだ。しかし、ただ風車を回すだけでは風が吹いているリアリティがいまいち表現しきれない。そこで、ちぎった草を空中に舞わせ、さらに建物を爆発させ水を放出して滝を作るなど工夫を加えて、リアリティと迫力を生み出ていく。何気ない数秒の映像にもたくさんのアイデアが詰め込まれ、試行錯誤の末に組み立てられているのだというのがよく伝わる見事なエピソードだ。

 また、モノ作りを描く作品はクリエイターの情熱にスポットが当たりがちだが、本作の主人公の1人、金森がプロデューサー気質なのも本作の大きな特徴だ。金策、環境作り、ネゴシエーション、製作者のモチベーション管理などの大切さを事細かに描写しており、「情熱だけでは作品は生まれない」という真理をしっかり描いている。アニメや映画作りの内実を知らず興味のない人にも、金森の視点はあらゆる仕事に通じるものがあるので、彼女の存在が本作の強いアクセントになっている。

・湯浅政明監督は「最適解」
 そんな魅力を持った『映像研』のアニメーション化を託されたのは湯浅政明監督だ。『マインド・ゲーム』や『夜明け告げるルーのうた』など、変幻自在、イマジネーションあふれる作風で知られる、日本アニメきっての個性派で、アニメの動きそのものの面白さを追求してきた湯浅監督が、アニメを作る楽しさを語る本作の監督に抜擢されるのは必然と言っていい。最適な人選と言って差し支えないだろう。

 本作のプロデューサー、NHKエンタープライズの坂田淳氏は、「湯浅監督は、最初はアニメーターとして絵を描いていて、設定を作る仕事をはじめたらいろいろ調べて描くのが楽しいということに気が付き、そこから演出の面白さに目覚めていったので、浅草とシンクロするような体験をしている」と語り、「正しい人に監督をお願いできた」と対談で答えている。(週刊ビッグコミックスピリッツNo.2068 「アニメVS実写!プロデューサー対談 なぜ私は『映像研には手を出すな!』に手を出したのか?」)

 TVアニメがどこまで映像化されるのか不明だが、1巻第1話で浅草が思いついた設定を披露すると、そのままシームレスに空想世界に主人公3人が入り込んでしまうシーンなどは湯浅監督の得意とするところだろう。原作はこうした現実と空想がないまぜになるシーンが多いが、これらのシーンが湯浅監督の自由な発想でどんな風に映像化されるのか楽しみだ。

・映像研の実写に有利なポイントは?
 さて、それでは実写映画の方はどのような期待ができるだろうか。

 本作の実写映画の監督を務めるのは、『ヒロイン失格』や『賭ケグルイ』の英勉氏。漫画・アニメの実写化企画を多く手掛けている人物だ。本作のプロデューサー、上野裕平氏は英勉監督、乃木坂46主演の『あさひなぐ』を手掛けた人物で、今作でも主演に乃木坂46の齋藤飛鳥、山下美月、梅澤美波の3人を起用している。

 前述したプロデューサー対談によると、本作の実写化企画は『あさひなぐ』の版元である小学館からまた作品を作りたいと話があり、上野氏が『映像研』以上に面白い作品はないと本作を指名したとのこと。企画書段階から乃木坂46主演、英勉監督で手掛けることを想定していたそうだ。

 本作の実写版がどのようになるのか、現時点ではティザービジュアルも出ていないので詳しくはわからないのだが、上野氏の言葉を頼りにできる限り想像してみることにする。

 まずキャスティングは、当初から乃木坂メンバーを想定していたとのことだが、主人公3人のチームワーク、丁々発止のやり取りを芝居で表現するには、普段から一緒に仕事しているアイドルグループから一括してチョイスするのは悪くない選択ではないだろうか。

 次にロケーションだ。本作の主な舞台となる芝浜高校は、湖の上に建っているという特異な設定で、街は香港の九龍城地区のように路地や建物が雑多に入り組んでいる。アニメならどんな世界でも描けるだろうが、実写映画はそうはいかない。上野プロデューサーは、芝浜高校のような場所は現実にはないので、要素を抽出して美術やロケーションでできるだけ再現、さらにロケーションは一箇所に絞るのではなく、複数の場所で行い、それを組み合わせたそうだ。

 『映像研』は背景ディテールが詳細に描きこまれており、作品世界が大変に魅力的だ。あのような街は、歩くだけでイマジネーションを多いに刺激するだろう。実写化成否の鍵はロケーションが握っていると筆者は考えている。

 そして、本作の肝となる3人の制作時の空想シーンだが、上野プロデューサーは「アニメと実写を融合させる様なアプローチではなく、VFXの力も借りながら、基本的には実写ならではの方法論で表現しています」と語っている。英勉監督は『ヒロイン失格』でも主人公の妄想を実写で再現することに挑戦している。本作の見せ場となる空想への飛躍を実写でどのように表現するのか、監督の手腕が問われる。

 イマジネーション豊かな本作の映像化には、絵で何でも表現可能なアニメーションの方が基本的には適しているだろう。しかし、本作はむしろ実写に有利と思えるシーンもある。例えば、3人が作ったアニメの上映会のシーンがあるが、アニメキャラがアニメを観ているよりも、生身の人間がアニメを観ている方が創作物への感動を表現しやすいかもしれない。ここは、アニメ版プロデューサーの坂田氏も前述の対談で指摘している点で、湯浅監督も作中の登場人物と作品内で制作されたアニメをどう区別するかを悩んだという。

 そして、主人公の1人、カリスマ読者モデルで両親が役者という設定の水崎ツバメに関しては、実写の方が説得力を生みやすいだろう。何しろ、実在のアイドルが演じるのだから。電車内で水崎のファンに遭遇するシーンがあるが、一瞬でアニメオタクからカリスマモデルの顔に切り替わりファン対応する芝居などは、アニメよりも生身の人間の方が表現しやすいかもしれない。

 もう一つは生身の人間の芝居とアニメの芝居の違いの表現だ。両親が役者で小さい頃から芝居を観る機会が多かった水崎は、テレビ番組でアニメーターが作画のために刀を振っている姿を観て、アニメーターが役者であることに気が付いたのだと言う。原作漫画ではここで1コマだけアニメーターが刀を持ったコマが描かれているが、生身のアニメーターが動きをどのように観察し、どうアニメーションに落とし込むのかを、アニメーションで表現するのはかなり難易度の高い作業ではないか(湯浅監督のチームならやれると思うが)。しかし、実写なら役者にそのシーンを演じさせればよい。また水崎が理想とするアニメーションの芝居を身体を使って表現するシーンがあるのだが、この辺りも実写映像の方が表現しやすいかもしれない。あと、ロボット研究会の作ったロボットは、アニメより実写の方がロボットを作り上げる苦労を想像しやすいかもしれない。

 原作のシーンをつぶさに検討してみると、アニメでやりやすいポイントも実写に有利なポイントも混在している多層的な魅力を持った作品なのだとよくわかる。映像作りの情熱と楽しさをいかに映像で表現するのか、アニメと実写、双方のクリエイターたちがどのように知恵を絞ってくるのか楽しみだ。 (文=杉本穂高)

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