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ディズニーにとっては因果応報? 『ラーヤと龍の王国』の悲劇

リアルサウンド

21/3/18(木) 16:40

 先週末の動員ランキングは、3月8日に超イレギュラーな月曜公開となった『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が週末まで引き続き好調で、土日2日間の動員76万1000人、興収11億7700万円を記録して初登場1位となった。初日から7日間の累計は動員219万4533人、興収33億3842万2400円。最終興収53億円を記録したシリーズ前作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のオープニング7日間との比較では動員133.6%、興収145.1%という数字だ。もちろん大ヒットは大ヒットなのだが、このままロングヒットの気流に乗るかどうかは、21日までと言われている首都圏1都3県の緊急事態宣言解除の影響、春休み興行による上増し及びその対抗馬など、複数の要素が複雑に絡んでくるだろう。

 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』に関しては、現状、どのメディアも企画書と原稿チェックなしでは作品のメインビジュアルを借りることもできず(この問題についても改めて取り上げる予定だ)、写真ナシの回が当コラムで続くことを避けたいこともあり、今回は3月5日に公開されて、前週の動員ランキングで6位に初登場、先週末は7位となった『ラーヤと龍の王国』の興行について触れたい。ディズニーの最新アニメーション作品が、オープニング3日間の成績が動員5万5395人&興収7027万7600円、10日間でも動員12万2178人&興収1億5381万750円という低水準の成績に落ち込んでいるのは興行的な大事件だ。

 『ラーヤと龍の王国』の初週の公開スクリーン数は244スクリーン。そこには、TOHOシネマズ、MOVIX、ティ・ジョイ、109シネマズなどの大手シネコンチェーンは含まれていない。その背景には、ウォルト・ディズニー・ジャパンと日本の映画興行団体、全興連(全国興行生活衛生同業組合連合会)との間での話し合いや駆け引きがあったとされている。時系列に沿って説明をすると、次のようになる。

・ウォルト・ディズニー・ジャパンは2020年4月17日に劇場公開予定だった『ムーラン』を、度重なる公開延期を経て、9月4日に自社のストリーミング・サービス、ディズニープラスを通じてプレミアアクセス料金(3278円)で独占公開。

・ウォルト・ディズニー・ジャパンは2020年12月11日に劇場公開予定だった『ソウルフル・ワールド』を、12月25日にディズニープラスを通じて通常のサービス内で独占公開。

・全興連は2021年1月21日に弁護士を通じて「これまで通りの形式で劇場公開をしない作品については、団体に加盟する映画館では上映しない」という趣旨の文書をウォルト・ディズニー・ジャパンに送付。

・ウォルト・ディズニー・ジャパンは2021年3月12日に劇場公開予定だった『ラーヤと龍の王国』の公開を急遽1週前倒しにして、劇場公開と同時にディズニープラスを通じてプレミアアクセス料金で公開することを決定。

 こうして事実を並べていくだけで、「そりゃモメるわ」と誰もが思うだろう。大前提として、コロナウイルスのパンデミックという歴史的かつ世界的な大災禍があり、ちょうどそれがディズニーが社運を賭けた新サービスであるディズニープラスのローンチ時期に重なったわけだが、結果的に日本の映画興行や映画宣伝の現場に多くの混乱を巻き起こすこととなった。

 劇場は『ムーラン』や『ソウルフル・ワールド』の公開前に多くの宣伝物や物販グッズを制作し、スクリーンで予告編も流してきた。それらの投資はほぼ回収されることなく、逆に「ディズニープラス作品の宣伝」をしてきたことになってしまったわけだ。さらには、作品の存在が一般層にほとんど浸透しなかったことで、スーパーやコンビニで事前に他企業と企画されていたコラボ商品が投げ売りされるような惨状まで起こった。

 『ラーヤと龍の王国』に関してより深刻だったのは、前述した全興連との話し合いもあって公開直前まで公開時期、公開形態が決まらなかったのと、公開時期の前倒しもあって、(全興連とは違って)直接の利害関係にはない各メディアにおいても事前の宣伝活動がほとんどおこなえなかったことだ。244スクリーンというのはディズニー作品としては異例中の異例の少なさではあるが、決して小規模公開というわけではない。しかし、結果としてその244スクリーンも初日からガラガラの状態となった。映画興行において、作品内容とは関係なく(ちなみに今のところ『ラーヤと龍の王国』の作品評価は世界的に極めて高い)、いかに宣伝が重要かを証明することになってしまったのだ。

 ウォルト・ディズニー・ジャパンに関して言うなら、同情の余地はある(日本のディズニープラスを他国と比べて低いスペックの映像や音響や不安定なサーバーのままずっと運用を続けていることに関しては一切の同情の余地はなく、一刻も早く改善すべきだが)。というのも、ディズニープラスのプレミアアクセス料金で独占配信された『ムーラン』も、通常のサービス内で独占配信された『ソウルフル・ワールド』も、劇場と同時にプレミアアクセス料金で配信された『ラーヤと龍の王国』も、その配信日や公開方法も含めて、アメリカ本国とまったく同じ。つまり、パンデミック下における作品流通に関して、ディズニー本社は日本固有の事情をたった一つも鑑みることなく、日本の支社にたった一つの裁量も与えなかったわけだ。

 ディズニープラスがプレミアアクセス料金で独占公開してみたり、通常サービスで独占公開してみたり、劇場公開と同時にプレミアアクセス料金で公開してみたりと、作品ごとに手法を変えている理由は明白だ。ディズニー本社は作品ごとの特性を考慮するのではなく、感染状況に応じて対応を変えるのでもなく(だとしたら日本の状況に応じて異なった対応もできたはずだ)、ただディズニープラスを運用していく上で様々なケースのデータを収集したいのだろう。ディズニーの経営陣にとって、作品はディズニープラスの販促物であり、観客&視聴者は自らお金を払ってくれる実験のモルモットというわけだ。ディズニーの優秀なクリエイターや、何もできずに関係者に頭を下げるしかないウォルト・ディズニー・ジャパンの従業員も、その犠牲者と言っていいだろう。

■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「集英社新書プラス」「MOVIE WALKER PRESS」「メルカリマガジン」「キネマ旬報」「装苑」「GLOW」などで批評やコラムやインタビュー企画を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。最新刊『2010s』(新潮社)発売中。Twitter

■公開・配信情報
『ラーヤと龍の王国』
映画館およびディズニープラスプレミアアクセスにて公開・配信中
※プレミアアクセスは追加支払いが必要
監督:ドン・ホール、カルロス・ロペス・エストラーダ
製作:オスナット・シューラー、ピーター・デル・ヴェッコ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
原題:Raya and the Last Dragon
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