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『すごいよ!!マサルさん』は「優しい笑い」の先駆けだったーー優れた批評性と青春漫画としての輝き

リアルサウンド

20/7/28(火) 8:00

 うすた京介の『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』(集英社、以下『マサルさん』)は1995~1997年にかけて『週刊少年ジャンプ』で連載された全7巻のギャグ漫画だ。

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 県立わかめ高校を舞台に、部長のマサルさん(花中島マサル)たちセクシーコマンドー部の学生たちの日常を描いた本作は、当時流行っていた吉田戦車やしりあがり寿が描いていた不条理ギャグ漫画の系譜に連なる作品だ。

 不条理ギャグは、説明が難しい笑いで、その説明の難しさこそが不条理たるゆえんなのだが、無理やり説明するなら、重要なことをはぐらかして宙吊りにし、その居心地の悪さを楽しむ笑いといった感じだろうか。

 それはマサルさんで言うと、セクシーコマンドーという謎の格闘技や、肩につけている(宇宙人から奪ったらしき)“輪っか”、かわいいマスコットキャラクターのメソ…が、チャックのついたぬいぐるみで、どうやら中には、おぞましい怪物が入っているらしい、といったことだ。深堀りしていくとヤバそうな設定は匂わすだけで、その正体ははぐらかされ「気まずい笑い」だけが最後に残る。

 背後に不気味なものが潜んでいるが、楽しい日常がなんとなく続いているという感触は80~90年代の日本ならではのもので、そういった空気をいち早く笑いに変えていたのが、不条理ギャグであり、それをジャンプで展開したのが『マサルさん』だったと言えるだろう。

 ジャンプ漫画のパロディも多く、ゆでたまごの『キン肉マン』、宮下あきらの『魁!!男塾』、車田正美の『聖闘士星矢』。意外なところでは春日井恵一の『アカテン教師梨本小鉄』といったジャンプ漫画のパロディが次から次へと展開される。

 その見せ方には、友達と“ごっこ遊び”をしているような楽しさがあるのだが、そもそもセクシーコマンドーという概念自体がジャンプ漫画のバトルを批評的に見せた“ごっこ遊び”だったとも言えるだろう。

 セクシーコマンドーは、奇抜な動きやポージングを見せることで、相手を油断させて、その隙に攻撃をしかけるという幻の格闘技で、マサル曰く「普通の格闘技における「フェイント」なんかの技術を…」「「技」として極めた格闘技…」。ギャグ漫画なので聞き流してもいい解説なのだが、今読むと、ジャンプのバトル漫画に対する批評として、とても良くできている設定だったと感じる。

 『マサルさん』が連載されていた95~97年は、ジャンプの部数が600万部を超えて栄華の頂点を向かえた後、人気連載が次々と終わり部数が激減していくという、頂点から急降下していく時期だった。それはジャンプのトーナメントバトルが時代遅れになっていった時期でもあり、そんなジャンプの迷走自体を茶化して笑いに昇華していたのが『マサルさん』だったと言えるだろう。

 つまり、少年ジャンプと90年代を不条理ギャグで茶化していたのが『マサルさん』なのだが、同時に本作は優れた青春漫画でもあった。

 『ハチミツとクローバー』(以下、『ハチクロ』)を描いた羽海野チカは『ハチクロ』は『マサルさん』の笑いに大きな影響を受けたと語っているが、文化系サークルの心地よさを描いた青春漫画という点で、この2作は良く似ている。

 特に2巻でヒゲに対して異常な思い入れのある北原ともえがセクシーコマンドー部改め、ヒゲ部(彼女が入部して以降、略称がヒゲ部に変わった)にマネージャーとして加わってからの多幸感は『ハチクロ』にも通じる甘酸っぱさがあり、連載当時は、あんな風に女の子と青春を過ごしたかったと、羨望の眼差しで読んでいた。

 うすた京介の絵は細い線が多く、どのキャラもラフなタッチで描かれている。その細い線は、当時はまだまだ男臭かったジャンプの中では、スタイリッシュで中性的な雰囲気を醸し出していた。

 それは同時期にジャンプで活躍していたギャグ漫画家が、つの丸、ガモウひろし、そして『幕張』の木多康昭だったことを考えると、より強く実感する。特に『幕張』は部活モノの学園ギャグ漫画という『マサルさん』と同じジャンルだったからこそ作風の違いが際立っていた。

 『幕張』の笑いは『行け!稲中卓球部』(講談社)の古谷実にも通じるような下品で露悪的なもので、男子校のホモソーシャルな悪ノリ感が物語のベースにあった。対して『マサルさん』の男女が対等で仲が良いユートピア的世界は、今流行っているお笑い第七世代の特徴とされる「人を傷つけない優しい笑い」を先駆けて描いてくれたとも感じる。

 もちろんこれは当時の他のジャンプ漫画と比べてであり、本作自体は下ネタも多く、スクールカーストを意識させるシニカルな描写も少なくない。その意味でメソ…の中に不気味なものが潜んでいるように、うすたの中にも『幕張』的なものは内在しており、それをかわいい絵とギャグで、うまく隠していたのだと今読むとよくわかる。

 この思わせぶりな雰囲気も含めて、90年代のある瞬間を確実に切り取っていたギャグ漫画である。

(文=成馬零一)

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