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有村架純のコーヒーを淹れる姿が神々しい 『コーヒーが冷めないうちに』で見せた緻密な表現力

リアルサウンド

18/9/28(金) 10:00

 『コーヒーが冷めないうちに』は、とある街の喫茶店を舞台に、「店内の“ある席”に座ると望んだどおりの時間に戻ることができる」という不思議な出来事を描いた作品だ。そして望んだどおりの時間に戻るために重要な役割を果たしているのが、有村架純演じる主人公・時田数である。

参考:有村架純が語る、『ひよっこ』ヒロインを演じて得たもの 「みね子は守りたい大切な存在」

 原作同様、望んだどおりの時間に戻るためにはいくつかの“非常にめんどくさいルール”に従う必要があり、そのルールに従わないと、望んだ時間に取り残され、元の時間に戻ることができない。なかなか怖いルールなのだが、それを知っても「過去に戻りたい」と願い、この喫茶店に足を運ぶ人は少なくない。有村が演じる時田数は、望んだどおりの時間に戻るために必要なコーヒーを淹れることができる唯一の人物だ。「過去に戻りたい」という願いをもって足を運ぶ人たちのために、数はコーヒーを淹れ、こう言う。

「コーヒーが冷めないうちに」

 この台詞を発する有村の声色は、コーヒーを淹れる相手によって全く異なるものとなった。ある人へはルールを破ることのないよう忠告のような声色で。ある人へは過去に戻り、大切な何かを必ず得られるよう祈るような声色で。望んだ時間に戻りたい人に対して、一杯一杯想いを込めてコーヒーを淹れる数の姿は神々しさを感じる。しかし「コーヒーが冷めないうちに」と告げる数の声からは、望んだ時間に戻りたい人々の身を案じるような、人間味のある感情がのせられていた。過去へ戻る瞬間、彼らの耳には最後の数の一言が響いているはずだ。1人1人に異なるその声色が届くからこそ、彼らは過去に留まりたい想いを断ち切り、元の時間に戻ってこられるのではないだろうか。数が背負う「元の時間に彼らを戻さなければならない」という責任感や想いをもって“ある席”に座る人々への想いを、たった一言の台詞にのせた有村の緻密な表現力には驚かされる。

 有村が演じている時田数の人物像は複雑だ。映画中盤まで、数自身の心情は一切見えてこない。“ある席”に想いを馳せる人々を見つめる彼女の表情は柔らかいのだが、そこに明るさはなく、どことなく影を感じさせる。数には、自分が淹れたコーヒーがきっかけで、自分の母親が元の世界に戻れなくなったという過去があった。この過去は映画中盤まで明かされないが、数と過去に戻りたい人々との間に生じていた微妙な距離感が、彼女の複雑な想いを物語っている。不思議なコーヒーを淹れてほしいと望む人々へ、一杯一杯丁寧に淹れる数だが、その表情には常に「この力によって、母親を時間に閉じ込めてしまった」と自分を呪うような感情も見え隠れする。劇中、伊藤健太郎演じる新谷亮介との距離が縮まることで、彼女が抱えている闇に少しずつ光が差していくが、この微妙な心情変化を有村は見事に演じきった。

 映画公式サイトでは、監督・塚原あゆ子が有村を絶賛している。「数は決して自己主張が強いタイプの役ではないのに、彼女がそこにいることでこの世界が回っている感じがちゃんとするんです」とある。今作を鑑賞すると、時田数というキャラクターは抜きん出て存在感を発揮するような役柄ではない。だが彼女の存在がなければ、この喫茶店で起きる不思議な出来事も起こらない。責任感や罪悪感を感じながら生きている数の人間らしい一面と、コーヒーを淹れるときの神々しさ。この対極にあるものを両立させるのは容易ではないはずだ。しかし有村は、複雑な内面を抱える彼女を深く表現し、時田数として物語に存在していた。監督・塚原が言う通り「役者になるべくしてなった人」なのだろう。

 コーヒーが冷めるまでの短い時間の中で描かれる人間ドラマが非常に魅力的だが、そんな不思議な出来事を提供する時田数の成長にも注目してほしい。有村の真摯な演技が伝わってくる今作。有村にとって重要な代表作になったのではないだろうか。(片山香帆)

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