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『流浪の月』が描く、人と人の濃密な関係性 4月期月間ベストセラー時評

リアルサウンド

20/5/15(金) 10:00

■4月期月間ベストセラー【総合】ランキング(トーハン調べ)
1位『池田大作先生指導集 幸福の花束(3)』創価学会婦人部 編 聖教新聞社
2位『流浪の月』凪良ゆう 東京創元社
3位『かんたんかわいい! 手作りマスク 増補改訂版』ブティック社
4位『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ 新潮社
5位『鬼滅の刃 片羽の蝶』吾峠呼世晴 矢島綾 集英社
6位『鬼滅の刃 しあわせの花』吾峠呼世晴 矢島綾 集英社
7位『NHK趣味どきっ! こんどこそスマホ』岡嶋裕史 講師/日本放送協会・NHK出版 編集 NHK出版
8位『あつまれ どうぶつの森 ザ・コンプリートガイド』KADOKAWA
9位『クスノキの番人』東野圭吾 実業之日本社
10位『syunkonカフェごはん(7)』山本ゆり 宝島社
11位『NHK趣味どきっ! みんなができる! 体幹バランス ブレない・ケガしない体へ』木場克己 講師/日本放送協会・NHK出版 編集 NHK出版
12位『ONE PIECE novel LAW』尾田栄一郎/坂上秋成 集英社
13位『転生したらスライムだった件(16)』伏瀬 マイクロマガジン社
14位『てれびげーむマガジン May 2020』KADOKAWA
15位『世界一美味しい手抜きごはん 最速! やる気のいらない100レシピ』はらぺこグリズリー KADOKAWA
16位『syunkonカフェごはん レンジでもっと! 絶品レシピ』山本ゆり 宝島社
17位『鋼鉄の法 人生をしなやかに、力強く生きる』大川隆法 幸福の科学出版
18位『ONE PIECE magazine(9)』尾田栄一郎 原作 集英社
19位『人は話し方が9割』永松茂久 すばる舎
20位『空気を読む脳』中野信子 講談社

 トーハンの2020年4月期ランキング総合で第2位になったのは、2020年本屋大賞・大賞受賞作の凪良ゆう『流浪の月』(東京創元社)。2020年本屋大賞の翻訳小説部門で第1位に輝いたのはソン・ウォンピョン『アーモンド』だが、この2作のテーマには近いものがある。そしてこの2作が今このタイミングで賞を取り、広く読まれているのは偶然ではない。

関連:【画像】本屋大賞・翻訳小説部門第1位の『アーモンド』

■『流浪の月』と『アーモンド』のあらすじ

 『流浪の月』は、8歳の女児・更紗に声をかけて共同生活を送ったことで「小児性愛者の誘拐犯」と世間に指さされた男子大学生・文と、「さらわれて、犯人にひどい目に遭わされた」「洗脳された」と思われている更紗の、いわく言いがたい信頼関係を描いた作品だ。

 『アーモンド』は、生まれつき他人よりも「扁桃体」(大脳辺縁系に位置する、脳の中でも原始的な部分)が小さく、感情の起伏がほとんどまったくない少年ユンジェを主人公とする。身近で凄惨な事件が起こっても悲しみも怒りも抱くことのない彼が、つねに周囲を威嚇し、強がって生きているゴニと出会い、交流するなかで、徐々に、しかし決定的に変化していくさまを描いた韓国文学である。

■レッテル貼りからくる孤独と、真の理解者

 両作は、誰からも理解されない人間同士だけが、周囲が勝手に貼っているレッテルや噂に左右されずに向き合い、お互いのことを理解しあう、という点で似ている。片方は先天的に多くの人間とは異なる身体的特徴を持っており、片方は愛着なき家庭環境で育っている、という点も共通している。

 興味本位の表層的な情報はあっという間に人々のあいだを駆け巡るけれども、心の深いところにまで踏み込んでくる人間はほとんどいない――その孤独感と、自分をわかってくれ、変えてくれる存在に出会えたというかけがえのなさを、両作は描く。

■気軽に他者と交流できない時代だからこそ、フィクションで満たしたい

 いま、真偽不明な情報が洪水のように押し寄せ、人を不安にさせ、感情的にさせている。そもそもヒトの認知は、フィルターバブルのせいで、先天的な遺伝によって、後天的な環境の影響で、それぞれに大きく違う。しかし、人間によって見えている世界は大きく異なることに気付き、「このひとにはどんな風に世界が見えていて、どうしてそんなことをするのか」に想いを巡らせることは難しい。表面的な情報と一方的な思い込みをもとに他人に感情をぶつけてしまうことは、人間である以上、避けられない。

 『流浪の月』では「知っているつもり」「わかったつもり」という他者からの浅薄な理解が人を追い詰め、「誰もわかってくれない」という孤独感を抱かせる過程を徹底して描く。読んでいて驚くのは、その無理解に苦しめられてきた主人公・更紗自身が、「知っているつもり」から逃れられていないことまで描く点だ。

 しかしそれを乗り越えて深く交流するなかで、自分の想像が及ばなかったこと、認識が間違っていた部分に気づき、相手の内面を理解する。人間には、そういうこともできる。

 気軽に他者と触れ合えなくなった今だからこそ、そういうレベルでのコミュニケーションを描いた作品に、私たちは飢えている。

 たくさんのひとと浅くつながることが孤独を癒すのではない。たったひとりかふたりでも、得がたい経験を分かち合えた、心から信頼できる相手をもつことが安らぎをもたらす。そのことを『流浪の月』は示す。

 文と更紗の関係は「お互い近づいてはいけないけれど、そばにいたい。ひとりはこわい」というものだ。文や更紗とは違ったかたちで、私たちもこうした感覚に襲われていたはずだ。

 現実でこの課題を解決する方法はすぐにはないのだろうという不安と絶望を多くの人が感じていただろう2020年4月。少なくとも私は『流浪の月』をひとりで読んでいる間、濃密な人間関係を擬似的に体験し、社会的な存在としての飢餓感から癒されていた。

(文=飯田一史)

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