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青野賢一のシネマミュージックガイド Vol.12 海の上のピアニスト

ナタリー

20/8/21(金) 17:00

「海の上のピアニスト 4Kデジタル修復版&イタリア完全版」場面写真

DJ、選曲家としても活躍するライターの青野賢一が毎回1つの映画をセレクトし、映画音楽の観点から作品の魅力を紹介するこの連載。今回は1998年に公開され、本日8月21日に4Kデジタル修復版、9月4日にイタリア完全版がそれぞれ全国で上映される映画「海の上のピアニスト」を取り上げる。イタリア現地時間7月6日に逝去した作曲家、エンニオ・モリコーネが音楽を手がける本作の魅力とは。

文 / 青野賢一

数々の名作を遺したエンニオ・モリコーネ

さる7月5日、映画音楽で知られるイタリアの作曲家エンニオ・モリコーネが亡くなった。91歳だった。ローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミーで作曲を学び、1960年代前半から映画音楽の仕事に携わったモリコーネは、音楽を担当したセルジオ・レオーネ監督作「荒野の用心棒」(1964年)が大ヒットとなったことで、多くの人の知るところとなる。以後、近年まで第一線で活躍し、数々の名作を遺した。今回ご紹介する「海の上のピアニスト」は、「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年)を皮切りにモリコーネとタッグを組んできたジュゼッペ・トルナトーレが監督を務めた、1998年に公開された作品。本日8月21日より121分の4Kデジタル修復版、9月4日より日本初公開となる170分のイタリア完全版がそれぞれ上映される。4Kデジタル修復版は日本をはじめ各国で上映されたインターナショナル版をトルナトーレ監督監修のもと、オリジナルの35mmネガを4Kスキャンしたもので、イタリア完全版はインターナショナル版でカットされた40分以上のシーンを含んでいる。初公開当時はイタリアでしか劇場公開されなかったバージョンだ。

熱狂のブギウギピアノ

大西洋を巡る豪華客船ヴァージニアン号の機関士ダニーは、乗客が下船したあとの船内の1等区画でピアノの上に置かれた箱に気が付く。“T. D. LEMONS”と記されたその箱──要はレモンの入っていた空き箱である──の中には赤ちゃんが。ダニーはその子を抱き上げてこう言った。「よう、レモン」。どうやら航海中に船内で産み落とされたらしいその赤ん坊をダニーは育てることにした。ダニーのフルネームと、発見時の箱にあった“T. D. LEMONS”、そしてその年の西暦である1900年を全部くっ付けてダニー・ブードマン・T・D・レモン・ナインティーン・ハンドレッドと名付けられたこの子供が、本作の主人公ナインティーン・ハンドレッドである。

ヴァージニアン号の中で順調に育ったナインティーン・ハンドレッド少年は、あるときピアノを弾いて周りを驚かせる。誰が教えたわけでもなく、見て、聴いて覚えたのだ。それからしばらくの年月を経て、トランペット奏者のマックス(プルイット・テイラー・ヴィンス)が船の楽団に加わるために乗船してくる。その楽団でピアノを弾いているのが、すっかり大人になったナインティーン・ハンドレッド(ティム・ロス)である。以後、2人は楽団の仲間というだけでなく友人関係を築いていくのだった。

この楽団はバンジョーやバイオリンを含む編成で、1等区画のダンスホールで乗客を相手に初期のジャズ、いわゆるラグタイムを演奏する。女性客の装いから察するに1920年代であると思われるが、この時代は“ジャズエイジ”とも称されるジャズの最初の黄金期。ダンスミュージックとしてのジャズの流行は船上にまでおよんでいたというわけである。マックスが楽団に加わって恐らく初めて演奏した曲「1900’s Madness #1」では、ミディアムテンポで踊りやすい曲の途中からナインティーン・ハンドレッドがグッとスピードを上げ、ほかのメンバーを置いてきぼりにしたブギウギピアノで客を熱狂させる。また、別のシーンではコンダクター兼バイオリニストが「今日こそ頼むぞ」とナインティーン・ハンドレッドに言うと「普通に弾く」と答えるも、結局テンポアップしてピアノの独奏に突入する(「1900’s Madness #2」)。本作では、こうした楽団の演奏やナインティーン・ハンドレッドが1人でピアノに向き合い弾く曲といった、劇中で実際に演奏される楽曲と、いわゆる劇伴の双方が、時代のムードや人々の心情を丁寧に描き出している。

親密なメロディを紡ぐアップライトピアノ

劇伴においては、クラシカルなオーケストラサウンドを基調にしているが、例えば冒頭のタイトルバックでは、ゆったりとしたストリングスに、トランペット、ピアノ、ソプラノサックスなどによるジャズ的なフレーズが乗ってくる。この曲は続けて壮大なイメージへと変化するのだが、そこではこの船の乗客の1人が自由の女神を見つけて「アメリカ!」と叫ぶ。ヴァージニアン号は豪華客船ではあるが、3等区画には移民などもたくさん乗っており、彼、彼女たちにとってアメリカはまさしく夢を叶える新天地だ。「アメリカの地に足を踏み入れ、成功してやる」そんな期待を表したパートから、曲は再び前半のストリングスとジャジーなフレーズに戻る。2度にわたって提示されるこのパートは、のちにナインティーン・ハンドレッドとマックスが楽団で演奏する音楽──言うまでもなく船上、海の上でだ──を連想させるだろう。そう考えると、このタイトルバックの曲には、陸としてのアメリカに対する多くの人とナインティーン・ハンドレッドとの見解の違いや、一度だけ船を降りようとしたがまた船に戻ってきた彼の人生が凝縮されているようであり、そんなモリコーネの手腕に改めて驚かざるを得ない。

演奏シーンでの白眉はやはりレコードを吹き込むシーンだろう。船室の窓越しにデッキにいる少女(メラニー・ティエリー)を認めたナインティーン・ハンドレッドは、素朴で無垢なメロディを紡ぎ出す。あたかも素描のように。普段、楽団で演奏しているグランドピアノでなく、アップライトピアノで奏でられることで、このメロディは親密かつパーソナルな響きを獲得しているのだ。このほか、嵐の夜、激しく揺れる船でのピアノ演奏(走るピアノ!)や、“ジャズの創始者”といわれるピアニスト、ジェリー・ロール・モートンとのピアノ対決など、見どころ、聴きどころ満載である。

新型コロナウイルス感染拡大の影響から、配信やDVD、Blu-rayで映画を観るというスタイルが定着している昨今だが、本作に関してはこの機会に映画館まで足を運んで観ていただけたらと思う(もちろん体調と相談しながら)。大きなスクリーンで観ているうちに、あたかもナインティーン・ハンドレッドと一緒に船旅に出ているような心持ちになるに違いない。

「海の上のピアニスト」

日本公開:2020年8月21日 (4Kデジタル修復版)、9月4日(イタリア完全版)
監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:ティム・ロス / プルイット・テイラー・ヴィンス / メラニー・ティエリー / ビル・ナン / ピーター・ヴォーン / クラレンス・ウィリアムズ3世 ほか
配給:シンカ(c) 1998 MEDUSA

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