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樋口尚文 銀幕の個性派たち

田中健、静かなる不変ぶりの〈個性派〉

毎月連載

第45回

1972年といえば、デビューしたばかりの郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹の新御三家が揃って熱い人気を集めていた頃だが、当時ラジオから流れる妙に気になる歌があった。それは阿久悠作詞の『純愛時代』という歌で、当時はよくテレビで流れていた5分くらいの16mmで撮った芸能ニュースを見ていたら、“あおい健”という青年が唄っていることがわかった。その映像ではロン毛の優しそうで溌剌とした青年が曲をバックに走ったりジャンプしたりしていて、けっこう売れそうな気もした。

だが、なにぶん当時は新御三家の大ヒットに影響されて、似て非なる男子のアイドル歌手があまたの芸能プロから売り出されては消えて行った時代で、露出を増やす事務所の力というのも当然大きいだろうし、それ以前に売れるも売れないも何か本当にちょっとした雰囲気の違いが左右していたという気がする。

なんとなく気になった“あおい健”は、その後の安井かずみ作詞の『恋は一度限り』を覚えているものの、姿を見なくなった。やっぱりこの時代に“あおい”というのは“あおい輝彦”の専売特許のような気もしたし、なんとなく正統派アイドル歌謡で売る人に演歌歌手みたいな芸名もちょっとどうかと思った。

ちなみにこの“あおい健”は、1951年生まれでなんと福岡の八女茶をつくる農家の次男坊で、八女の高校を出た後でスカウトされて上京したが、歌手としてはヒットにめぐりあえず、なんでもこの時の事務所が倒産するという憂き目にも遭ったそうである。ところが“あおい健”は女優の天路圭子が73年に立ち上げた天路プロダクションに所属することとなり、芸名も“田中健”となった。この1935年生まれの天路圭子もまさに〈銀幕の個性派〉といっていい経歴で、“ミス平凡”から東映京都専属となるも役にめぐまれず、こっそり松竹『君の名は』関連のミスコンに応募して合格するも当然取り消しとなり、それで目立ったことで逆に東映大泉の現代劇に引っ張られて主演を張るも、また好待遇のはずの太秦行きを断ってパージされてしまう。そこで製作再開間もない日活に入って、石原裕次郎作品をはじめ数々の脇役をこなし、62年には同社のスチールカメラマンだった斎藤耕一と結婚、私費を投じて斎藤を監督デビューさせる。以後も『約束』『津軽じょんがら節』などの斎藤作品をプロデュースして売れっ子監督に押し上げるも離婚、その年に自身の芸能プロを興したというバイタリティ溢れる人物だった。

天路は売れる前の天地真理も面倒を見て苦労していたらしいが、天路プロでは中山仁、織田あきら、そして田中健をマネジメントした。そして田中は、1974年春に日本テレビで放映された原田康子原作、八千草薫・二谷英明主演のメロドラマ『春のもつれ』に出演したが、これが熊井啓監督の目にとまり同年の東宝映画『サンダカン八番娼館 望郷』で高橋洋子の恋人役を演じ、さらに翌75年春の五木寛之原作、浦山桐郎監督の東宝映画『青春の門』で主役の伊吹信介に扮した。この年は文字通り田中の当たり年で、10月からは日本テレビの青春ドラマ『俺たちの旅』で中村雅俊とともに主演、“バスケ部のオメダ”として人気を博した。

2020年公開の映画『瞽女GOZE』では医師の齋藤役を演じる
『瞽女GOZE』(C)GOZE MOVIE Production Committee.

ナイーヴそうで、でも男気秘めていそうなイメージが好感を呼び、『鴎よ、きらめく海を見たか めぐり逢い』『青い山脈』『挽歌』『遺書 白い少女』『憧憬』といった青春映画にも引っ張りだことなり77年の『青春の門 自立篇』、79年の『暴力戦士』といった主演作も忘れがたい(木下恵介『衝動殺人 息子よ』の殺される息子役もはまっていた)。天路圭子が製作した、刃傷沙汰でいわくつきの映画になってしまった『真夜中のボクサー』でも好演、84年の新生『ゴジラ』などのメジャー作でも爽やかな顔を見せた。

そのうちケーナ奏者としても知られ、多彩な活躍を見せるも、俳優デビューから現在に至るまで地道に全く仕事が途切れていないことに驚かされる。『科捜研の女』の刑事部長の役をはじめ2時間ドラマのミステリーから時代劇まで、実にさまざまな役柄をオファーされている。といって何か強烈な個性やキャッチーな演技で鳴らした人ではなく、とにかくその驚くべきほどに変わらない姿を見せてくれるだけで、画面に虚構っぽさが立ち上がって(もちろん近年は、かつての優しい青年像から年齢とともに厳かな大物まで芸域も拡がったが)、作品の安定感いや増すのである。しかしこれもまた田中健でしかありえない、稀少な静かなる〈個性派〉ぶりと言うべきだろう。


田中健 最新出演作品

『瞽女GOZE』
2020年公開 109分
監督:瀧澤正治
脚本:加藤阿礼/椎名勲/瀧澤正治
出演:川北のん/吉本実憂/中島ひろ子/冨樫真/鈴木聖奈/宮下順子/草村礼子/小林綾子/小林幸子(特別出演)/本田博太郎/渡辺裕之/国広富之/嶋田久作/田中健/寺田農/綿引勝彦/左時枝/渡辺美佐子/奈良岡朋子(語り部)


プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』。新作『葬式の名人』がDVD・配信リリース。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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