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『コロンバス』から『サマーフィーリング』まで 様々な愛のかたちで過ごす“優しい時間”

リアルサウンド

21/1/29(金) 18:00

 サブスク系ミニシアター、ザ・シネマメンバーズで観ることのできるお薦め作を解説する連続企画の第4回。この2月、新たに配信されるのは『コロンバス』『オリ・マキの人生で最も幸せな日』『サマーフィーリング』の3本だ。いずれも人を想うことが静かに綴られていく映画。様々な愛のかたちに想いを馳せながら、ほっこり優しい時間を過ごそう。

第1回:ダルデンヌ兄弟とイオセリアーニ監督の共通項とは “個と社会”の在り様を見つめる4作品を解説
第2回:『悪魔のいけにえ』とヌーヴェル・ヴァーグの共通項は? ザ・シネマメンバーズ配信作から考える
第3回:コロナ禍の今こそ映画で旅へ 『エル・スール』『立ち去った女』など独自の感性極まる4作を紹介

『コロンバス』(2017年/監督:コゴナダ)

 代表的なモダニズム建築が建ち並ぶ米インディアナ州コロンバス。人口わずか4万7千人という小さな地方都市ながら、アメリカ初のモダニズム様式で作られた教会であるエリエル・サーリネンのファースト・クリスチャン・チャーチ(1942年建設)など、街そのものがモダニズム建築の宝庫と呼ばれる。この都市を舞台に、共に人生の岐路に立つ男女の一期一会的な出会いを描く珠玉作が『コロンバス』だ。

 監督は本作が長編デビュー作となった韓国系アメリカ人のコゴナダ(kogonada)。小津安二郎をこよなく敬愛し、自身の名前は唯一無二のタッグを組んでいた脚本家の野田高梧(=コウゴ・ノダ)にちなんでいる。彼はニューヨーク・タイムス紙で「アメリカの近代建築が楽しめる都市ベスト10」にコロンバスが選出されていたことで、この街に興味を持ったという。

 モダニズム建築とは何か? それは産業革命を経て生まれた鉄やコンクリートやガラスなどの工業製品を使った、20世紀型建築のニューノーマル。ドイツの芸術学校バウハウスなどが牽引する形で1920年代にヨーロッパで成立。「近代建築の五原則」を唱えたル・コルビュジエ(1887年生~1965年没)ら勃興期の旗手たちは、19世紀までのゴシックやバロック様式の装飾性を廃し、機能主義と合理的精神に基づく建築デザインを提示した。

 そのシンプルさから「豆腐」と形容されることもあり、これが小津安二郎の「僕は豆腐屋だから豆腐しか作らない」という有名な名言と重なる。無駄を削ぎ落とし、独自のスタイルを引き算で極めていくミニマリズムの洗練と探究。

 本作『コロンバス』の物語はどこか東京を舞台にした『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年/監督:ソフィア・コッポラ)にも通じるもので、恋愛を絡めないボーイ・ミーツ・ガール、短くも大切な時間となった心の親密な交流を慎ましく映し出していく。

 コロンバスの図書館(中国系アメリカ人の建築家、I・M・ペイが設計したクレオ・ロジャース記念図書館。1969年建設)で働く若い女性ケイシー(ヘイリー・ルー・リチャードソン)は、地元の建築物を深く愛しており知識も豊富だが、薬物依存症から立ち直ろうとしている母親と二人暮らしという家庭の問題を抱えており、大学で学ぶ機会を得られていない。そこに高名な建築学者の息子であり、翻訳家の仕事をしている韓国系アメリカ人のジン(ジョン・チョー)が、講演ツアー中に急に倒れた父親を見舞うためにソウルからやってくる……。

 ケイシーが愛するエーロ・サーリネン(先述したエリエル・サーリネンの息子)のアーウィン・ミラー邸のミラー・ハウス・ガーデン(1958年建設)をはじめ、アーウィン会議場(1954年建設)やノース・クリスチャン教会(1962年建設)、デボラ・バークのファースト・フィナンシャル銀行(2006年建設)など、映画の中には14の美しい建築物が丁寧に映し出され、モダニズム建築のフォトブックのようでもある。

 まさにコロンバスの建築こそが、この映画の映像美を支えるもうひとつの主人公と言えるだろう。本作は数々の映画祭での受賞歴を持つが、2017年ラーウェイ国際映画祭や2018年クロトゥルーディス賞では撮影賞(エリシャ・クリスチャン)に輝いている。

 ちなみに監督のコゴナダはもともとアカデミアの世界に居た映画の研究者であり、分析的なヴィデオエッセイを動画共有サイトVimeoで無料公開している。2012年1月に発表した『ブレイキングバッド/POV』を皮切りに、『小津/通路』(Ozu//Passageways)や『是枝裕和の世界』(The World According to Koreeda Hirokazu)、『タランティーノ/下から』(Tarantino//FromBelow)、『ウェス・アンダーソン/上から』(Wes Anderson)、『キューブリック/ワンポイント・パースペクティヴ』(Kubrick//One-Point Perspective)、『ヒッチコックの目』(Eyes of Hitchcock)、『ブレッソンの手』(Hands of Bresson)、『断片のゴダール』(Godard in Fragments)などなど……。

 いずれも短い動画なのでぜひチェックしていただきたい。また長編第2作として、A24の製作によるアレキサンダー・ワインスタインの短編小説を映画化したコリン・ファレル主演のSF映画『After Yang(原題)』が公開待機中。注目株の気鋭である。

ザ・シネマメンバーズで『コロンバス』を観る

『オリ・マキの人生で最も幸せな日』(2016年/監督:ユホ・クオスマネン)

 再び気鋭監督による素晴らしい長編デビュー作のご紹介。北欧フィンランド発、モノクロームの16mmフィルムで撮られた宝石のような傑作だ。

 第69回(2016年)カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門でグランプリを受賞したほか、フィンランド・アカデミー賞で最多8部門を獲得し、第89回(2017年)アカデミー賞外国語映画賞のフィンランド代表にも選出された。監督は1979年生まれのユホ・クオスマネン。

 これはなんと「ボクシング映画」である。ただしマッチョでハングリーな米国製の定型とは大きく異なる。ノスタルジックで同時に瑞々しい、ハートウォーミングな等身大のラブストーリーでもあるのだ。

 1962年夏の実話がベース。フィンランドの港町コッコラに暮らすオリ・マキ(ヤルコ・ラハティ)はいま、国民的なスターになろうとしている。パン屋の息子として生まれ育った彼だが、ボクサーとして欧州王者となり(リングネームは「コッコラのパン屋」)、いよいよアメリカの世界王者デビー・ムーアとの対戦を控えているのだ。しかもフィンランドで初めて開催されるボクシングの世界タイトル戦とあり、その注目度はハンパではない。

 しかしそんな折、友人の結婚式に参列したオリ・マキは、かねてから知り合いだった女性ライヤ(オーナ・アイロラ)に心惹かれていく。それからの彼は大事な試合のことも上の空で、フェザー級にエントリーするため57kgまで減量しなければいけないのに(彼はもともとライト級だった)、60kgを越えたまま。マスコミの喧噪にも巻き込まれ、闘志のスイッチが入らない。マネージャー(エーロ・ミロノフ)が心配して「大丈夫か? しっかりしろ!」と尋ねると、オリ・マキはぼそっとこう答えるのだ。「……どうやら恋をしている」

 『ロッキー』(1976年/監督:ジョン・G・アヴィルドセン)に擬えればライヤはエイドリアンに当たるだろうが、こちらはスポコンから程遠く、どこまでもほのぼのした素朴な味わい。「大きな仕事」よりも「小さな恋」――国や世界のヒーローになることよりも、愛しい彼女とふたりで一緒にいることの大切さ。

 1962年当時の空気感をフレッシュに再現する撮影や映像は同時期のヌーヴェル・ヴァーグが意識されているだろうが、全体的な作風はやはりフィンランドの大先輩、アキ・カウリスマキ(小津チルドレンのひとり!)を連想させるところが大きい。オフビートなユーモア。身の丈の幸福論。同じく1960年代を舞台にしたモノクロのカウリスマキ作品『愛しのタチアナ』(1994年)辺りをぜひ併せて観ていただきたい。

 ちなみにオリ・マキの対戦相手――本作でジョン・ボスコ・ジュニアが演じたアフリカ系アメリカ人のデビー・ムーア(1933年生~1963年没)こそは世界的に有名な伝説のボクサー。身長160cmに満たない「小さな巨人」として知られ、フィンランドでのタイトルマッチの約7カ月後、1963年3月21日、ドジャー・スタジアムでシュガー・ラモスと対戦。この試合中に頭を強打したことが原因で2日後の23日に死亡した。享年29歳。ボブ・ディランは彼の死に衝撃を受けて「Who Killed Davey Moore?」(1963年NYのカーネギー・ホールでのライヴ録音が『ブートレッグ・シリーズ』第1集に収録)という曲を書いており、高森朝雄(梶原一騎)原作、ちばてつやの漫画『あしたのジョー』での力石徹が試合後に死亡する回(『週刊少年マガジン』1970年2月22日号)においてもデビー・ムーアの死の件が言及されている。

ザ・シネマメンバーズで『オリ・マキの人生で最も幸せな日』を観る

『サマーフィーリング』(2015年/監督:ミカエル・アース)

 『オリ・マキの人生で最も幸せな日』と同じく16mmフィルムでの撮影。ただしこちらはパステル調のニュアンスカラーで、まるでリネンのようなざらっとした生地感の映像は、憂いを含んだ夏の空気と淡い光を映し出す。

 監督はフランスの気鋭、1975年生まれのミカエル・アース。これが長編第2作となり、続くテロ事件による悲劇を扱った第3作の『アマンダと僕』(2018年)で第31回東京国際映画祭のグランプリと最優秀脚本賞をW受賞した。大切な人を失ったあとの日々をどう生きるか――という喪失感をめぐる主題が両作に共通しているが、ウェルメイドな作りの『アマンダと僕』に対し、こちらはラフなスケッチ風。そのぶん愛と再生に向かう“フィーリング”が鮮やかに高い純度で伝わってくる。

 物語はベルリンで始まる。夏のある日、突然この世を去った30歳の女性サシャ。彼女の死をきっかけに、それまで交流のなかったサシャの恋人である作家・翻訳家のロレンス(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)とサシャの妹・ゾエ(ジュディット・シュムラ)が出会う。やがて1年後のパリ。さらに一年後のニューヨーク。喪失を抱えながら過ごす三度の夏の光景が、優しく繊細なタッチで綴られていく。

 夏の映画、といっても涼しげなトーンが基調。フランスの避暑地アヌシー湖のシーンなどが美しく、全体に「喪のバカンス」といった趣だ。サシャ&ゾエ姉妹の母親役として、『緑の光線』(1986年)や『恋の秋』(1998年)などエリック・ロメール監督作の常連であるマリー・リヴィエールも出演。タヒチ・ボーイのアコースティックな音楽や、エンドロールに流れるベン・ワットの1983年の超名曲「ノース・マリン・ドライブ」が、マイナーコードな夏の哀感を詩的に響かせる。

 細野晴臣の「Honey Moon」のカヴァー(2018年にリリース)などで日本でも人気のあるカナダ出身のシンガーソングライター、マック・デマルコのクラブでのライヴシーンも必見だ。

ザ・シネマメンバーズで『サマーフィーリング』を観る

■森直人(もり・なおと)
映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『21世紀/シネマX』『日本発 映画ゼロ世代』(フィルムアート社)『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「朝日新聞」「キネマ旬報」「TV Bros.」「週刊文春」「メンズノンノ」「映画秘宝」などで定期的に執筆中。

■配信情報
『コロンバス』『オリ・マキの人生で最も幸せな日』『サマーフィーリング』
ザ・シネマメンバーズにて、2月より順次配信
ほか多数作品、ザ・シネマメンバーズにて配信中
(c)2016 BY JIN AND CASEY LLC ALL RIGHTS RESERVED.
(c)2016 Aamu Film Company Ltd
(c)Nord-Ouest Films – Arte France Cinema – Katuh Studio – Rhone-Alpes
Cinema
ザ・シネマメンバーズ公式サイト:https://members.thecinema.jp/

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