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佐藤千亜妃の一番新しい到達点ーーソロアーティストとしての一歩踏み出したワンマンライブ東京公演を観た

リアルサウンド

19/12/28(土) 8:00

 今年のうちに佐藤千亜妃を観たかった。2019年12月19日、日本橋三井ホール。約10年間を捧げたバンドの活動休止を経て、独り新しい道を歩き出した佐藤千亜妃にとって集大成となるライブ。アーティスト人生における大きなターニングポイントを迎えた彼女が、何を示してくれるのか、広い空間を埋めたオーディエンスも同じ気持ちでライブに足を運んだだろう。明るいモータウンヒットのBGMと裏腹に、静かな緊張感が張り詰める開演前。

 硬質なブレイクビーツが鳴り響き、4人編成のバンドが精密なリズムを刻みだす。手を振りながら登場した佐藤が、おもむろにマイクを握って歌いだす。幕開けは「SickSickSickSick」だ。ヒップホップとギターロックとエレクトロが混交したような、ポップな中に鋭いトゲを隠し持つ刺激的な1曲。女性らしいふんわりフォルムの衣装、ギターを持たない立ち姿は、それだけで新鮮に感じる。

「こんばんは、佐藤千亜妃です。今夜はよろしくお願いします」

 挨拶はたった一言。「You Make Me Happy」は、ソウル風味をたたえた明るいポップチューンだが、ラウドに歪んだギターソロをはじめ、ロック的な要素が要所を締める。笑顔で手拍子を求める佐藤。「FAKE/romance」も明るいトーンで、フロアにマイクを向けてコーラスをうながす。やることなすこと、全てが新鮮だ。「Lovin’ You」はぐっとスローなR&B風に、アンニュイなムードをただよわせてしっとりと。心地よいループを切り裂くように、またもラウドなギターソロが炸裂する。摩訶不思議なサウンドのアンバランスに、ぐっと引き込まれてゆく。

 ここで、アルバム未収録曲を2曲続けて。「太陽に背いて」は、東京メトロCMソングとして「佐藤千亜妃と金子ノブアキと小林武史」名義で世に出たもので、聴き覚えある人も多いはず。ジャジーなピアノの響き、アダルトなR&Bの匂いが印象的な、起伏の激しいスローチューン。それまでじっと聴き入っていたフロアが、ゆっくりと揺れ始めた。「リナリア」は、ライブでは歌われていたが、まだ音源になっていないレア曲。美しいメロディのミドルロックバラードで、耳に飛び込む歌詞はとてもピュアで一途なラブソング。それを情感豊かに、全身を使ってドラマチックに表現する、パフォーマーとしてこれほど情熱的な佐藤千亜妃の姿は、確かに初めて見る。

「今日という日が来るのを本当に楽しみにしていました。こんなにたくさん来てくれてありがとうございます。1曲1曲心を込めて、歌って、届けていきます」

 真面目なMCの合間に、「ヤバいなー、めちゃめちゃ楽しいんですけど」と本音を漏らす、その姿になぜかほっとする。アコースティックギターを弾きながら歌った「lak」は、触れるだけで崩れてしまいそうな、儚い思いを乗せたラブソング。2本のアコギの爪弾きと、打ち寄せる波のように繊細なシンバルの響きが美しい。続く「Summer Gate」は、しなやかなAOR風グルーヴに乗って、軽くステップを踏んだり、くるっと回ったり、手を叩いたり、滑らかなパフォーマンスが目に楽しい。宗本康兵(Key)、木下哲(Gt)、須藤優(Ba)、bobo(Dr)。ツワモノ揃いのバンドが叩きだすグルーヴが、有無を言わせずかっこいい。

 軽やかな横ノリのミドルチューン「Spangle」は、虹色のライトを添えて華やかに。骨太でグルーヴィーな「Bedtime Eyes」は、オルガンとエレクトリックギターを加えてとことんエモーショナルに。ストイックに抑えた前半部から解放感あふれるサビへ、女神的な包容力をたたえた佐藤千亜妃の歌は、ライブでこそ最高の存在感を発揮する。一言、名曲だ。

 「映画『CAST:』のために書いた曲を」と言って歌った「大キライ」は、別れを突き付けられた女性の悲しみと怒りを大胆に綴る歌詞を、サイケに歪むギターの、激烈なコントラスの中で描く1曲。女優としてこの映画に出演したことが、確かに彼女を成長させたのだろう。髪をかきむしり〈大キライキライ……〉と叫ぶ、演劇的要素を盛り込んだ歌の迫力。続く「面」も、ソロアーティスト佐藤千亜妃の多様な表現力を象徴する1曲で、三連符の激しいロックバラードに乗せた絶唱は、圧巻の一言。一転して、清楚なピアノがリードする「キスをする」は、永遠の命の輪廻を描く歌詞を、子守歌のように優しく清らかに。技巧の問題じゃない。この歌はこう歌うしかない。どの曲も、だからこそ言葉がまっすぐに届いてくる。

「今年は、自分にとって歌とは何だろう、音楽とは何だろうと日々考えさせられる1年でした」

 ラスト1曲を前にした、長いMC。これを言わなきゃいけないと、心に決めていたのだろう。人生を捧げたバンド、きのこ帝国を、メンバーの総意で活動休止にした。ソロに転身して、前だけ向いて突っ走ってきた。楽しいだけじゃない、不安にならない夜は1日もなかった。でもこうしてステージに立って歌おうと思えたのは、みんなのおかげ。「これからも音楽を続けていきます。よかったら応援してください」。しんと静まり返っていたフロアから、熱い拍手が沸き起こる。この31年間がなかったら、書けなかった曲を--そう紹介したラストチューンは「空から落ちる星のように」だった。10年間、彼女が背負ってきたアンダーグラウンドなロックの文脈を超え、より広くより普遍的なポップスの香りをたたえた美しいバラード。迷いのかけらもないピュアなラブソング。これが佐藤千亜妃の、一番新しい到達点。

「さっき語りつくしたので、感謝の言葉しか出てきません」

 新作グッズのパーカーを着て登場したアンコール。「今日のために一番練習したのはMC」らしい。やっぱり。出したいものを出し切った、満面の笑みがまぶしい。始まったばかりのソロキャリアの中で、いつか「ここが全ての始まりだった」と、懐かしく語る日が来るかもしれない特別なライブを、彼女はやり遂げた。「最後の曲はギターをかき鳴らして終わりたいと思います」--この日最後の1曲、明るく激しくロックする「STAR」を歌う彼女の、見慣れていたはずのエレクトリックギターを抱えた姿が、こちらもまた妙に新鮮に見える。わずか90分の間に、佐藤千亜妃を見つめるこちら側の視線ががらりと変化した、そんな気がする劇的な一夜。

 2020年3月には、東京と大阪で恒例のカバーライブ「佐藤千亜妃 Cover Live VOICE4」を開催するという。新曲もたくさんリリースしてくれるのだろう。佐藤千亜妃が佐藤千亜妃として新たに始まる、2020年の活動が心の底から楽しみだ。

(取材・文=宮本英夫/Photo by Taku Fujii)

■ライブ情報
『佐藤千亜妃 Cover Live VOICE4』
2020年3月7日(土)Billboard Live TOKYO
2020年3月14日(土)Billboard Live OSAKA

『佐藤千亜妃 LIVE TOUR 2020 PLANET +』
2020年4月25日(土)愛知 名古屋クラブクアトロ
2020年4月28日(火)大阪 梅田クラブクアトロ
2020年5月10日(日)福岡 DRUM Be-1
2020年5月15日(金)岩手 盛岡Club Change WAVE
2020年5月17日(日)東京 恵比寿 The Garden Hall

佐藤千亜妃 OFFICIAL SITE

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