Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

『SPY×FAMILY』は「まぜるな危険」をやってのけたーーシリアスとコメディがシームレスにつながる面白さ

リアルサウンド

20/5/6(水) 8:00

 洗剤の表示に書かれている「まぜるな危険」という言葉を見たことがあるだろうか。これは洗剤に“塩素系”と“酸性”という、ふたつのタイプがあることに由来する。両タイプの洗剤を混ぜると、人体に有毒な塩素ガスが発生するのだ。また、混ぜると危険な物質は、他にもいろいろある。世の中は危険に満ちているのだ。そして「まぜるな危険」は、人間にも当てはまるのかもしれない。スパイと殺し屋と超能力者が疑似家族を形成する、遠藤達哉の『SPY×FAMILY』を読んで、そんなふうに思った。

関連:【画像】アーニャとヨル

 集英社の「ジャンプ」生え抜きである遠藤達哉は、『TISTA』『月華美刃』の連載を経て、本作により大きな人気を獲得した。物語の舞台は、どこかの世界。隣接している東国(オスタニア)と西国(ウエスタリス)は、10年以上前から冷戦状態にあるが、現在の関係は落ち着いている。しかし東国の国家統一党総裁のドノバン・デズモンドが、戦争を画策しているらしい。この情報をキャッチした西国の情報部は、敏腕スパイ〈黄昏〉を東国に潜入させる。精神科医のロイド・フォージャーを装う彼は、アーニャという娘を孤児院から引き取った。さらに市役所事務員のヨルを妻とし、仲良し家族を偽装する。すべてはデズモンドに接近する手段として、名門のイーデン校に、アーニャを入学させるためである。だが、アーニャは人の心が読める超能力者であり、ヨルは〈いばら姫〉のコードネームを持つ殺し屋だった。かくして秘密を抱えた三人の家族生活が始まる。

 というのが物語の基本設定だ。東国と西国の関係は、かつてのソ連とアメリカの冷戦構造を意識したものだろう。現実の冷戦構造を下敷きにした、架空の世界を舞台にしたスパイ漫画というと、石ノ森章太郎の『009ノ1』が思い出される。当時は冷戦が続いており、それもあってか、基本的にストーリーはシリアスであった。それに対して本作は、ベースがコメディである。きわめて有能なロイドが、いままで無縁であった家族という環境に身を置き、さまざまな騒動をクリアしていく。イーデン校の入学試験の下りなどは爆笑ものであり、コメディとして大いに楽しめるのだ。

 ところが本作は、コメディから不意にシリアスな展開になったりする。アクション・シーンは容赦なく、当たり前のように人が死ぬ。この緩急が素晴らしい。特に感心したのが、第3巻で登場したヨルの弟のユーリ・ブライアが、ロイドを見極めようと彼らの家にやって来るエピソードだ。実は、市民から秘密警察と恐れられる国家保安局〈SSS〉所属の少尉であるユーリ。姉にも身分を隠しているが、ロイドはスパイならではの知識により、彼の正体を見破る。おお、これは凄いと思ったら、すぐ後に酔っ払ったユーリにより、ロイドとヨルのキスが強要される。シリアスとコメディがシームレスになっていて、読んでいるこちらの感情も振り回される。ここが本作の魅力となっているのだ。

 また、アーニャが超能力で、ロイドとヨミの正体に気付いているという設定が巧い。これがストーリーの要所で活用されている。さらにイーデン校のシステムも、物語を膨らませることができるようになっている。スパイ・殺し屋・超能力者を混ぜることで、いくらでも危険で面白い話が創れるだろう。「まぜるな危険」。だが、それがたまらなく楽しいのである。

 ところで現実の東西冷戦は、ソ連のゴルバチョフの改革(ペレストロイカ)により、大きく二国間の関係が改善される。そして東欧革命による、ベルリンの壁の崩壊が決定打となり、ついに冷戦は終結した。一定以上の年代の人なら、テレビで壁の崩壊する瞬間の映像を見たことだろう。多くの人が、これで世界はより良い方向に進んでいくと思ったものである。もちろん私もそうだ。ところが実際は、両大国の重しがなくなったことにより、各地で民族紛争が噴出。世界はさらなる混沌に陥った。人間とは愚かなものである。

 だから本作の結末が気になる。世界平和を求めて、危険なスパイ活動を続けるロイドの願いは叶うのか。疑似家族はどうなってしまうのか。それを知りたくて、まだまだ続くであろう物語を、追いかけてしまうのである。

(文=細谷正充)

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む