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脚本・大石静の物語になぜ感情移入してしまうのか 『大恋愛』胸が締め付けられる急展開

リアルサウンド

18/11/9(金) 6:00

 愛する人間の名前を間違え、風呂に湯を張り始めていたことを忘れ、コンロの火を点けていたことを忘れる……。アルツハイマー病を抱える『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)のヒロイン・北澤尚(戸田恵梨香)。1日、また1日と、まるで砂が零れ落ちるように記憶が失われていく。毎日を生きていく中でその恐怖と隣合わせ。せっかく楽しいひとときを過ごしていても、何かのきっかけでそのことを不意に思い出してしまう。仕事や日常生活での事柄から、愛する人にまつわることまで、アルツハイマー病は容赦なく尚の記憶を蝕んでいくのだ。

参考:ムロツヨシは愛を貫くことができるのか 『大恋愛』溢れ出した心の叫び

 そんな中、尚と関係を持ち始めた間宮真司(ムロツヨシ)は彼女を懸命に支えようとする。名前だけにとどまらず、自分の存在自体もやがては忘れられてしまう可能性も否めないことをどこかで理解しつつも、彼はできる限りの愛を捧げてきた。

「尚ががんでも、エイズでも、アルツハイマーでも、心臓病でも、腎臓病でも、糖尿病でも、中耳炎でも、ものもらいでも、水虫でも。俺は尚と一緒にいたいんだ」

 真司の中では、尚がたとえアルツハイマーで記憶を失っていこうとも、それは真司が尚を愛するのをやめる理由になんてならないのだ。もちろん、侑市(松岡昌宏)の名前で呼ばれたことは少なからずショッキングなことだったし、尚が自分を忘れていくかもしれないことに不安を抱いていないわけではない。実際、侑市のもとへこっそりと尚のことで足を運んだりする。でも、真司は分かっている。真司の抱えるその不安よりも、病の当事者の尚が抱いている不安の方はきっと、何倍も、何十倍も大きなものでありうることを。自分が弱気ではいけないからこそ、なるべく尚の病のことは気にしていないかのように振る舞おうとするのだろう。

 確かに尚の病は予断を許さない状況だ。ただ、記憶とは瞬間、瞬間の集積である。真司はその“瞬間”ーーつまり、尚と過ごす1秒、1秒。例えば、一緒にビールやソーセージを口にしたり、決して大きいとは言えない真司の部屋でじゃれ合ったりといった1つ、1つの時間ーーを2人で共有できることに心から感謝しているように見える。やがて尚からそれらの“瞬間”の中からこぼれ落ちてしまうものがあるのだとしても、真司は尚の分までちゃんとそれらを大切にしていくつもりだったのだろう。

 “ラブストーリーの名手”とも言われる大石静による作品が、今なお世代を超えて共感を生み出すことができるのは、大石が“どの世代にも共通する恋愛のコア”をしっかりとキャッチしているからかもしれない。時代が変われば恋愛のスタイルはコロコロ変わっていく。今の若い世代にしかグッとこない恋愛スタイルもあれば、その逆ももちろんある。ただ、本作中の「好きと嫌いは自分じゃ選べない」の台詞などにみられるように、世代を超えて理解できる言葉や振る舞いが要所に現れる。だから、今の若い世代が本作を観ても、極端な古臭さを感じることも少ないだろうし、思わず引き込まれてしまうのだろう。もし『大恋愛』以外にも、大石の手がけた過去作品を観ることがあれば「ひょっとしたらこれは“自分たちについての”物語なのかもしれない」と感じることがあってもおかしくない。

 ところが、第4話で真司は「尚ちゃんは心の中で俺よりも井原先生(侑市)を頼りにしているよ」と尚に告げる。その回の終盤には「別れよう」の言葉まで出てきてしまった。これまでの2人の軌跡を観てきた一視聴者としては、すれ違ってしまう2人を見るのは胸が締め付けられる。20年もの間、筆を置いてきた真司が再び執筆を始めるきっかけになったのは尚だった。それは、尚との“瞬間”の集まりを基に溢れる思いを何かの形で残しておきたいと考えたからなのかもしれない。だからこそ、真司の新作『脳みそとアップルパイ』はそれだけ意味のある作品になるはずであり、きっとそれは2人にとって必要なものになるはずだ。(國重駿平)

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