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アカデミー賞ノミネート作品を量産 A24躍進の背景にあったクレバーな戦略の数々

リアルサウンド

21/3/18(木) 10:00

 2012年に会社が設立され、2013年に初めて映画作品を配給してから、わずか8年で圧倒的な数でアカデミー賞ノミネートを量産している会社がある。その会社の名はA24。今では、予告編でA24のレトロなロゴを見ただけで、同会社が制作する作品群のファンは、期待に胸を膨らませてチケット購入してしまうほどだ。今回は、そんな急成長を遂げてきたA24の映画界での戦略に迫っていきたい。

 そんなA24を立ち上げたのが、ビースティー・ボーイズのアダム・ヤウクとともに映画会社オシロスコープを立ち上げたデヴィッド ・フェンケル、独立系映画プロダクション、ビッグ・ビーチでプロデューサーをしていたジョン・ホッジズ、そして投資運用会社グッゲンハイム・パートナーズで働いていたダニエル・カッツの3人だ。

 ホッジズは、ビッグ・ビーチで働く以前にフォーカス・フィーチャーズに勤めており、世界中の映画祭などで映画の買い付けを担当しており、そこで出会ったのが、グッゲンハイム・パートナーズで働く前に別の映画会社で買い付けを任されていたカッツだった。彼ら2人は、映画や芸術に関して同じ価値や感覚を持ち合わせていたことから意気投合し、仕事以外でも友人に。ちょうどその頃に、カッツとともに働いていたのがフェンケルだった。2008年のリーマンショックや映画市場の変わり目を見て、彼らは3年間の会社設立の準備を経て、2012年に満を持して映画界の荒波に船を漕ぎ出して行った。

 過去に映画祭で映画の買い付けをしながら、優れた作品を見て目を養ってきたホッジズは「最初に、どんな内容の映画を世に送り出すことで、会社が定義されることになるかは理解していた」と自身が卒業したGeorgetown Universityでのインタビュー(参照:GEMA TALKS with Rich Battista interviews John Hodges (C ’00), Head of Film at Jax Media.)で語った通り、彼らがA24の第1弾として世に送り出したのは奇抜な作品だった。フランシス・フォード・コッポラの息子ロマン・コッポラ監督が手がけ、度重なる問題で人気番組『チャーリー・シーンのハーパー★ボーイズ』を降板したチャーリー・シーン主演の映画『チャールズ・スワン三世の頭の中』だ。つまり、最初に自社を認知してもらう上で、誰も思いつかない少し尖ったような作品を選考して、他社との差別化を図ったようにも思える出発点だった。

 すると今度は、スプリング・ブレイク(春休み)の旅行費を得るために4人の女子たちを描いたハーモニー・コリン監督の映画『スプリング・ブレイカーズ』、セレブの豪邸に忍び込む空き巣強盗を繰り返す若者を描いたソフィア・コッポラ監督の映画『ブリングリング』、そして若者の繊細な感情と恋を描いたジェームズ・ポンソルト監督の映画『いま、輝くときに』など、若者の青春を捉えた映画を立て続けに公開し、興行面でも低予算の割に好成績を収め、若者の観客を呼び込むことにも成功した。そしてこの頃から、A24の若者を対象にしたブランディングが始まっていく。

 当時は、NetflixやHuluなどストリーミング会社の台頭から、DVDなどの売り上げが年々低下していく状況下に陥っていた時期で、映画会社の多くはマーケティングのコストを削減することが多かった。そんな時期に、A24が新たに戦略を打ち出していったのがFacebook、Instagram、TwitterなどSNSでの宣伝だった。潜在的なチケット購入者をターゲティングするアルゴリズムを開発するデータ・マーケティング会社Operamにデータ分析させたり、ウェブに焦点を合わせたマーケティング・エージェンシーのWatson DGにリサーチを任せたりSNSで潜在的な顧客を見つけ、作品の需要がどこにあるのかを探っていたのだ。これは、映画『エクス・マキナ』でアリシア・ヴィキャンデル演じるエヴァのプロフィールをTinder(位置情報を使った出会い系サービスを提供するアプリ)で作成させるなど作品の演出にも反映されている。

 さらに、宣伝時のビジュアルもデザイン・エージェンシーに任せ、人々の印象に残るポスターを手がけた。そのうちの一つが、アカデミー賞の作品を収めた映画『ムーンライト』で、3人の年代別の主人公の顔が一つの顔としてコラージュされたポスターを作り、人々に作品の印象を植え付けた。実際にA24は、マーケティング用の資金の95%をオンライン(主にSNS)の宣伝に費やしているそうで、携帯やタブレットをSNSで頻繁に使う若者によって、A24のクリエイティブな宣伝が拡散され、若者の心も鷲掴みにしたようだ。

 作品選考をする上で、どのように他社と比較しながら進めているかも重要だ。奇抜な作品の選択、SNS中心の宣伝などのやり方を見ると、大きなスタジオなどの他社のやり方には、あまり左右されていないようにも思える。だがホッジズは、意外な言葉をインタビュー(参照:Get to Know A24, the Film Company Behind ‘Spring Breakers’ and ‘Moonlight’|WSJ)で残している。

「僕らが耳を傾けるのは、やはり大きなスタジオなんだ。結局は、大きなスタジオと独立系映画会社の映画市場のトレンド両方を、ちゃんと掴まなければいけない」「それと(ともに働く)仲間をよく知ることも大切だ。そして自分自身も優れた批評家でいること、それは常に僕自身が大切にしていることで、好奇心旺盛のままでいることが大切なんだ。最後に、優れた共同作業者と(会社内の)透明性も大事で、今はチームワークの視点で見ている。(会社内での)比較や政治的な活動を根絶し、グループの成功こそが、(真の)成功と見なさなければいけないんだ」。

 そんな、A24の柔軟な方針と経営方針が似ているのは、ある意味シリコンバレーのテクノロジー会社かもしれない。実際にA24は一つのグループのように運営され、正式な会社内での地位分けもしていない。さらに若いスタッフは、A24の設立者たちに意見する権限も与えられている。その一つの意見が通った例が、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』だ。A24の宣伝部で当時働いていたニコル・アイゼンバーグが、カンヌ国際映画祭に出展されていた本作を気に入り、プロデューサーたちにプッシュしたことで、A24が実際に買い付けたのだ。

 そんなA24のチーム全体について、映画『ディザスター・アーティスト』でA24とタッグを組んだ脚本家スコット・ノイスタッターは「A24では、何よりも芸術的な直感を重視するんだ。どうすれば、本当にクールな映画を作れるのかということ。たとえそれが奇妙な作品であっても、会社全体が作品をプッシュしていく。だから、彼らは自分たちの好みと本能だけに頼っているように見える。そんな彼らの自信が、誰もが彼らと一緒に働きたいと思える要素になるんだ」と明かし、チーム全体の仲間意識が作品の向上につながっていくことを説明してくれた。

 だが当然、良いことばかりではない。ここ4〜5年でAmazonやNetflixが映画製作に本格的に乗り出し、ハリウッドのスタジオと競争し始めたのだ。そうした会社が俳優に高額な出演料を払い始めたり、動画配信サービス会社の成功で、アートハウスの劇場が廃業し始めたりと、独立系の映画会社にとっては、独自の映画の制作を続けていくのが困難な時もあった。2018年にNBCユニバーサルが、A24に投資する興味を示したこともあったが、A24はそれをあえて受け入れず、独立したまま経営する道を選択した。だが、それは個性的な映画を制作するためのこだわりであって、それ以前の2016年にはバンク・オブ・アメリカ、JPモルガン・チェース、サントラスト・バンクなどと契約して、信用供与(金融機関などが顧客などを信用することで、自社の保有している資金や商品などを投資目的として貸与して利用できるようにするということ)を引き上げたことで、ハリウッドの大会社がバックアップしなくても対応できる姿勢をすでに映画界に示していたのだ。さらに2017年には劇場上映後のストリーミング権についてAmazon Studioと契約を結んだことで、Amazon Prime Videoでの配信が決まったり、2018年にはAppleと複数年にわたる提携を結び、A24がAppleのオリジナル映画を作ることを発表した。つまり、A24が作り上げる独自の映画に口を出すようなハリウッドの大手のスタジオとは契約せずに、あくまで自社の特徴である作品群を最大限に活かすことのできる経営方針を優先しているということだ。

 そんな地道に経営してきたA24にも昨年予想外のことが起きた。ご存知の通り、新型コロナウイルスで映画界が未曾有の状況下に陥り、映画館は閉館し、撮影も中断、大作は別の国で撮影を秋頃から開始したが、独立系の映画会社はなかなか撮影に入るのが困難だった。このせいで、A24はこれまで2014年以降は定期的に10〜15作品を毎年公開してきたが、昨年はわずか5作品に留まり、そのうち2作はApple TV+で配信したソフィア・コッポラ監督の『オン・ザ・ロック』、『ボーイズ・ステイト』だった。だがA24は、そんな少ない作品群の中でも、オスカー・キャンペーンとして、一般のファンのために、ヴァーチャル・スクリーンを準備し、2月8日に$20で4時間以内に鑑賞できるイベントを行った。

 また、数少ない2020年の公開作『ミナリ』は、台詞の半分以上が韓国語であることから、ゴールデングローブ賞のドラマ部門の最優秀作品賞へのノミネート枠には入れず、外国語映画賞候補としてだけながらもノミネートされた。このことは議論を呼んだものの、最終的には『ミナリ』はゴールデングローブ賞を獲得。そして現在、オスカーノミネートを果たしており、A24は今年もアカデミー賞に秀作を送り出すことになりそうだ。

参考

How A24 is Disrupting Hollywood|GQ
The Little Movie Studio That Could|The New York Times
How the indie studio behind ‘Moonlight,’ ‘Lady Bird’ and ‘Hereditary’ flourished while
breaking Hollywood rules|Thw Washington Post 

■細木信宏/Nobuhiro Hosoki
海外での映画製作を決意し渡米。フィルムスクールに通った後、テレビ東京ニューヨーク支局の番組「ニュースモーニングサテライト」のアシスタントとして働く。現在はアメリカのプレスとして働き13年目になる。

■公開情報
『ミナリ』
3月19日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
監督・脚本:リー・アイザック・チョン
出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン、スコット・ヘイズ
配給:ギャガ
上映時間:115分/原題:Minari
(c)2020 A24 DISTRIBUTION, LLC  All Rights Reserved.
公式サイト:gaga.ne.jp/minari/

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