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動き出すブロードウェイ コロナ禍のニューヨークに見たもの、感じたこと(前編)

ナタリー

動き出すブロードウェイ

ブロードウェイの劇場街が今年の夏に再開した。新型コロナウイルスの影響で約15カ月にわたって閉鎖されていた間、劇場関係者や現地で活動する日本人アーティストたちは何を見て、何を思い、再開にどんな希望を抱いているのか。

このコラムでは、ニューヨークの演劇事情を知るアーティスト5人に現地の様子を前後編でつづってもらう。前編にはタップダンサーの熊谷和徳、シグネチャーシアターの芸術監督であるマシュー・ガーディナーと国際的に活動するプロデューサーのナタリー・ラインが登場する。

熊谷和徳

大きな転機になった1年半

しばらく日本に滞在していますが、ニューヨークの友達に連絡をするとだいぶ日常が戻ってきているという話でした。ブロードウェイが再開したことはとても大きいと思います。今までオンラインが中心だった、ダンスのレッスンなども対面でのレッスンが再開していると聞きます。

この1年半の思い

昨年、僕はニューヨークの92Yという劇場のアーティストインレジデンスでソロ作品を制作し、公演の前日にリハーサルをしているときに中止の発表があり、あまりのショックに家にすぐ帰れずふらふらと街を歩いていたのを覚えています。当時はまだアジア人がマスクを着けているほうが、差別を受けるので危ないと言われていたときでマスクなしで地下鉄なども乗っていましたが、その頃感染が爆発的に増えていて周りがバタバタと倒れていってしまいました。

それからここまでの時間は、簡単に書き表すことは難しいのですが、間違いなく自分の人生にとっての大きな転換期となりました。

踊ることのできなかった半年間のロックダウンから、ようやく帰国して公演ができるようになり、踊ることや創作への自分の意識は大きく変化しました。

今後について

まだまだアートやクリエーティブな気持ちに意識をシフトしていくことは、誰しもが難しい時期だと感じています。パフォーマンスに関しては、盛り上がることが難しいので、パフォーマー側も観客側もなかなかもどかしさがあると思うんです。

ただこの時期に、この時期にしかない発想や考え方が次への可能性につながると信じています。自分にとっては、何か心の内側に向かうエネルギーがとても強くなり、創作に関しては今までよりも1人でじっくり考える時間に向き合えていることは、決してマイナスばかりではないと思っています。その内に向かうエネルギーがやがて今度は外へと解放されていくその日に向けて、今は一歩一歩を着実にがんばって踏みしめていけたらという気持ちです。

熊谷和徳(クマガイカズノリ)

1977年、宮城県生まれ。タップダンサー。15歳でタップをはじめ19歳で渡米。NYU心理学科に通いながらブロードウェイのショー「NOISE / FUNK」の養成学校でトレーニングを受ける。現在はニューヨークと日本を活動拠点とし、国内外のミュージシャンとも共演多数。2020東京オリンピック開会式で出演・振付・作曲担当。9月30日から10月3日まで神奈川・横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホールにて「表現者たち―Liberation」を上演。

マシュー・ガーディナー(シグネチャーシアター芸術監督) / ナタリー・ライン(インターナショナルプロデューサー)

シグネチャーシアターのアプローチ

シグネチャーシアターは9月上旬に、5作品をストリーミング配信する「Signature Features」を終えました。コロナ禍では「Signature Vinyl」という、1960年代から今までのヒット曲を集約して映画化したコンサートも制作しました(編集注:昨年11月から今年5月にかけて配信された)。

これらのプログラムは全米50州をはじめ、コロンビア特別地区、プエルトリコ、日本、タイ、オーストラリア、インド、南アフリカ、英国、カナダ、メキシコと、5大陸22カ国で視聴され、演劇評論家エリザベス・ビンセンテッリは、このデジタルシーズンを「過去1年間で最も芸術的に成功した取り組みの1つ」とニューヨークタイムズで評価してくれています。また、無料のデジタルプログラミングを増やし、歌やダンス、アーティストへのインタビューを特集した新しいバラエティ番組「シグネチャーショー」では14のエピソードを提供しました。この番組は劇場の公式YouTubeチャンネルで無料視聴できますが、せっかく世界中に視聴者がいる今、番組を毎月無料で展開していきたいと思い、2021-2022シーズン以降も上演作品の脚本家や著作権保有者に協力を仰ぐつもりです。少なくとも1作品はフルで提供できたらいいなと考えています。

シグネチャーシアターは11月2日に、ミュージカル「レント」の新プロダクションで完全に再開します。劇場で観客を迎えてパフォーマンスをする日々に戻ることを、私たちもとてもうれしく思っています。9月初めにウルフ・トラップ・ナショナル・パーク・フォー・ザ・パフォーミング・アーツとコラボレートした「Broadway in the Park」で閉鎖後初めてのライブパフォーマンスを行いました。これはレネイ・エリース・ゴールズベリイ、ブライアン・ストークス・ミッチェルといったブロードウェイのスター、そしてシグネチャーシアターお気に入りのパフォーマーをキャスティングしたもので、その晩の観客の熱狂はパフォーマーたちにも伝わり、高揚感のあるパフォーマンスが生まれました。ジャーナリストのサラ・ウェイスマンも「本当に素晴らしく、昨晩のパフォーマーたちはすべてを舞台上に残し、そこにいることを本当に誇らしく感じていた」と寄せてくれました。

アンケートによると、観客の96%がワクチンの完全接種を終えており、生のパフォーマンスを観劇する準備ができていました。シグネチャーシアターはワシントンDC地域の劇場連合のもと、予防接種の証明(またはCOVID検査の陰性)と、建物内でのマスク着用を求めています。あの晩、観客は私たちに、「生のパフォーマンスの“一員”として再開を待ち望んでいる」ということを教えてくれたように感じます。私たちも劇場で観客を迎えるのが待ちきれません。

「シンプリー・ソンドハイム」が窓口に

「シンプリー・ソンドハイム」は私たちが手がけた、最初の配信ミュージカルです。映像でミュージカルを作るのは、大きな学びでした。何千というチケットが売れて、世界中の観客や批評から称賛をいただきました。ソンドハイムからも「素晴らしい!」という言葉をもらったんですよ(笑)。「シンプリー・ソンドハイム」はソンドハイムの有名な作品から、忘れ去られた作品の独創的な翻案版、新プロジェクトまで、31ものソンドハイム作品と59もの初演作品(そのうちの19作品はミュージカル)を上演してきた実績を持つシグネチャーシアターを、世界に向けて紹介する良い機会になりました。

劇場での共同体験に勝るものはない

舞台業界で、マスクの着用やそのほかの安全対策が講じられていると、今までとは少し違って観えるかもしれませんが、11月に公演が再開されても、観客の喜びや熱狂が薄れることはないと思っています。ライブパフォーマンスを再開した同僚や国内の公演を観てきた常連客の話を聞くと、何よりも自分たちの人生で大切な部分が戻ってきたことに感激しているようでした。同じ空間の中で、共に物語の旅路に出る。そんな共同体験に勝るものはありませんよね。

また同時に、世界中の人が目撃した通り、アメリカでは“人種的平等”に新たな焦点が当てられていて、シグネチャーシアターでも管理職からスタッフに至るまで、抑圧的にならないよう、反人種差別主義者であるべく改革を続けています。これは数シーズン前から取り組んでいる試みで、誰にとっても安心して働ける環境、よりインクルーシブな劇場であるべく、将来の作品作りに向けて、新しい習慣にコミットしています。

今年の夏にシグネチャーシアターの新芸術監督に就任したマシュー・ガーディナーは、平等、ダイバーシティ、インクルージョンを今後の上演作のテーマに掲げています。「アメリカのミュージカルに対して献身的な取り組みを行っているシグネチャーシアターが、私は大好きなんです。今後もそれを推し進めると共に、新作にも力を入れていきたい。私にとっての最優先事項は、これまで声を上げることが難しかった作曲家、劇作家たちをサポートできる“ホーム”を作ること」と言う彼は、さらに、障害を持つ人々やさまざまな人種、LGBTQ+、女性が活躍できる職場に特に重きを置いて、より多くの新しいミュージカル、ストレートプレイを生み出そうとしています。シグネチャーシアターだけでなく、アメリカ全土の劇場が公平性を求めて次のステップに進んでいる今、ステージ上だけでなく、観客やバックステージに至るまで、現実的かつ永続的な変化が目に見えて起きることを願っています。芸術には意識と心を変える力があるのですから。

マシュー・ガーディナー

演出家・振付家・プロデューサー。シグネチャーシアターのアソシエート芸術監督を経て、今夏より芸術監督に就任する。主な作品に「コーラスライン」「ウエスト・サイド・ストーリー」など。デイヴィッド・ラウド、ジョナサン・チュニックらと共に「シンプリー・ソンドハイム」を手がけた。

ナタリー・ライン

国際的に活動するプロデューサー。アメリカを拠点に演劇制作、ライセンス提携の管理をするJeanealogy Productionsを創設。これまでロジャース&ハマースタイン、Tams Witmark、ドリームワークス・アニメーション、ブロードウェイのプロダクションの作品などを担当。OnStage Blogでニューヨークのアソシエート演劇批評家、アメリカ演劇批評家協会の会員を務める。

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