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香取慎吾は“テレビの申し子”から次のフィールドへ 2年半の活動で覗かせたエンターテイナーとしての新たな顔

リアルサウンド

20/4/4(土) 10:00

 4月4日放送の『SONGS』(NHK総合)に香取慎吾が出演する。今年元日に初のソロアルバム『20200101』(ニワニワワイワイ)をリリース。それを引っ提げての登場である。ソロアーティストとしての音楽番組出演も初めてのことだ。

(関連:香取慎吾が届ける「いっしょに がんばりましょう」の精神 『キットカット』新CMから考える

 「テレビの申し子」と呼べるひとは滅多にいるわけではないが、香取慎吾はその数少ないひとりだろう。

 小学生で芸能界入り。自身もかつて「子供の頃から彼はテレビに出ている。彼はテレビの中を変幻自在に縦横無尽に遊びまわる。」「彼はテレビから学び。テレビで泣き。テレビと笑う。」「彼はテレビから生まれた。」と綴っていた(香取慎吾『慎語事典 SD SHINGO DICTIONARY VOLUME1』)。

 そんな香取の才能を誰よりも認めたのが、いまも『欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞』(日本テレビ系)でともに司会を務める欽ちゃんこと萩本欽一である。1960年代からテレビで活躍する欽ちゃんもまた「テレビの申し子」であり、現在のテレビの礎を築いたひとりだ。2人の出会いは1990年代に放送された『よ!大将みっけ』(フジテレビ系)。そこで欽ちゃんが香取慎吾のバラエティの才能をいち早く見抜いて以来の関係である。

 欽ちゃんは、プロの芸人よりも素人のほうがテレビでは面白くなると考え、積極的に素人を起用する番組づくりで一時代を築いた。テレビで大事なのは、テクニックではなく人柄である。その点、笑いのセンス以外にも、香取慎吾の人柄が欽ちゃんをこれほど惹きつけた面もあるのだろう。

 香取慎吾は、明るく屈託がない。褒められれば素直に喜び、それを糧にいっそう誰かを喜ばそうとする。そうした純度の高いエンターテインメント精神を小学生で足を踏み入れた芸能界のなかでごく自然に身につけていったのが、彼だった。

 SMAPのメンバー全員がいわばテレビの達人ではあったが、なかでも香取慎吾はテレビと一心同体の関係を生きた点で特別だったと言えるだろう。アイドルがテレビとともにあった時代。その意味で彼は“ザ・アイドル”であった。

 だがいまから2年半ほど前、稲垣吾郎、草なぎ剛とともに「新しい地図」として再出発した香取慎吾は、テレビの外の世界に大きく踏み出すことになった。むろんそれまでもテレビに限らず映画や舞台、アートなど多彩な活動を繰り広げてはいた。ただ今度はそれに加えて、ネットの世界が香取慎吾の新たなフィールドになった。

 『72時間ホンネテレビ』(AbemaTV)は、その新たなフィールドでの貴重な第一歩だった。2017年11月2日から72時間の生配信。このなかで香取慎吾は、稲垣吾郎や草なぎ剛とともにネットの初心者として臨み、SNSを通じてそれまでSMAP時代にはあまりなかったファンとの直接の交流も積極的に行い、大きな反響を呼んだ。そこには、いままで培ったテレビでのノウハウをベースにしながらも、新しい未知の体験にわくわくする香取慎吾らしい姿があった。

 その後も「新しい地図」の3人は、毎月一度のネットでの生放送番組『7.2 新しい別の窓』をベースにしつつ、映画『クソ野郎と美しき世界』への出演、歌手としての新曲発表など多方面で精力的に活動を続けている。

 一方、香取慎吾個人の活動に目を向けてみると、ネット以外にも映画、舞台、そしてアートと変わらず忙しい日々を送ってきた。たとえば、2018年にパリ・ルーブル美術館で開かれた初の個展『NAKAMA des ARTS』などは特筆すべき成果だろう。

 そうしたなか、私たちはまだ香取慎吾という存在の一面しか知らなかったのかもしれない、という気持ちにさせられたのが、映画『凪待ち』(2019年公開)である。

 ここで香取慎吾が演じる木野本郁男は、世間的に見れば「どうしようもない人間」である。ギャンブルにハマってしまい抜け出せない。一からやり直そうと同棲中の女性とその娘とともに女性の実家に引っ越したものの、ふとしたきっかけでまたギャンブルにのめり込んでしまう。そしてさらに、ささいな行き違いから彼女を失ってしまう……。

 もちろん『沙粧妙子-最後の事件-』(フジテレビ系、1995年放送)での犯人役など、暗い影のある役柄をこれまで香取慎吾が演じてこなかったわけではない。だが『凪待ち』での彼から伝わってくるのは、もっとやりきれない苦しみや痛みを伴った暗さ、だがそれを乗り越えることでしか本当の救いはやってこないような暗さだ。

 物語の舞台が宮城県の石巻であることも、重要だ。女性の父親は漁師で、妻を東日本大震災の津波で失った。そのことでいまも自分を責めている。最初は郁男を受け付けない。だがその男性によって、郁男は石巻の地で再生へのきっかけをつかむ。

 いうまでもなく、SMAPもまた、『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)や『NHKのど自慢』(NHK総合)などを通じて東日本大震災の被災地とかかわってきた。簡単に比べるわけにはいかないが、『凪待ち』の香取慎吾は、それとはまた異なる被災地とのかかわり方を見せてくれている。そこに表現されているのは、作品というフィクションの世界だからこそ入っていけるようなこころの奥深いひだの部分だ。

 そもそもただ明るいだけでもただ暗いだけでもなく、両方がないまぜになっているのが人間であり、人生だろう。そして本来のエンターテインメントもまた、そんな人間、そして人生の複雑さに根差したものであるはずだ。

 今回のソロアルバム『20200101』は、基本的には明るさを前面に出したものだ。だがそのなかにふと顔をのぞかせるこころの叫びや葛藤が、このアルバムをより味わい深いものにしている。

 たとえば、アルバムの最後を飾るBiSHとのコラボによるパンキッシュな楽曲「FUTURE WORLD」などは、そうだろう。〈殴られたら殴り返せばいい〉どんな痛みも全部感じながら/どんな未来が描けるかな?〉とハイトーンで突っ走りながら、最後〈そうさ今から楽になるから〉という言葉に行き着くこの詞の世界は、『凪待ち』の郁男の姿にも通じるものがあると思える。

 「テレビの申し子」からネットという新たなフィールドに足を踏み入れ、さらに演技や音楽において新たな表現者としての顔を見せ始めた香取慎吾。これからエンターテイナーとしてどこに向かうのか。『SONGS』での彼のパフォーマンス、そして語る言葉をしっかり胸に刻みたい。(太田省一)

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