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トクマルシューゴが示した“リモートならではの良さ” 音楽愛に満ちた『TONOFON(REMOTE)FESTIVAL 2020』を観て

リアルサウンド

20/6/12(金) 18:00

 6月7日午後3時にYouTubeのリンクが解禁される形で、トクマルシューゴの新曲「Canaria」がリリースされた。この日開催された『TONOFON(REMOTE)FESTIVAL 2020』の中で初披露され、その4分18秒の間、日本はおろか、世界の様々な場所でスマートフォンを手に自ら回転しながら、この新曲を同時に共有している人が1,000人以上いると思うと非常に愉快な気分になった。はなればなれの日常の中、世界のどこかで誰かと同じように驚きを感じている事実。それはどんな些細な事象も音楽へ昇華するトクマルシューゴという音楽家の特性が、オンラインだろうがオフラインだろうが不変であることの証左でもあった。

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 もちろんこの曲のMVが体験的なものであることが、(大袈裟に言えば)“世界同時視聴”をよりワクワクするものにした側面は大きい。「子供のころから鳥を飼っている夢をよく見ます。その夢はどんな世界なのか、どんな感覚なのか体験してもらえたら」という動機にインスパイアされたのだろう、東京藝術大学大学院映像科アニメーション専攻に在籍する気鋭のイラストレーター・アニメーション作家、ゆはらかずきによる360°手描きVRアニメーション。おそらく世界初だというこの手法によるMVはまさに360°の映像体験――例えば、見上げるとどこまでも続く空、見下ろすと足元も空というふうに視聴者に滑空の擬似体験を与える。しかも葛西敏彦による360°ミックスで下を覗き込めば低音が強調されるなど、通常のステレオミックスにはない体感が得られる。

 5月にリリースした「Sakiyo No Furiko」が、個人名義としては『TOSS』以来4年ぶりの新曲であり、演奏、録音、編集まで一人で行った原点を思わせる内容で、今回の「Canaria」も同様に全ての楽器演奏をトクマル自身が行っていることから、今の彼が音楽に向かうスタンスが理解できる。架空の国のフォークロアといったムードの三拍子を基本に、アコギのリフとアコーディオンのフレーズが牽引していくが、ここで聴こえる無数の音は行ったことのない桃源郷、さらに宇宙へと我々を飛ばしてくれる。ちなみに使用楽器はアコースティックギター、エレキギター、ベース、チェロ、バイオリン、アコーディオン、のこぎり、フルート、オーボエ、クラリネット、バンジョー、ソプラノサックス、バンブーサックス、トランペット、トロンボーン、鉄琴、トイピアノ、竹琴、ピアノ、スチールパン、木琴、ガムラン、ピアニカ、ドラム、パーカッション、アナログシンセ、拍子木、オモチャという、ファンにとってはおなじみのオールスターだ。〈老いてくカナリア〉というモチーフに、時代の中でいち早く危険を察知し続けてきた者というイメージを個人的には重ねてしまうが、取捨選択され構築された音像を森羅万象に見立てると、このカナリアの生命力が際立つように思える。

 元祖宅録音楽家が何段階もアップデートされた状態を感じるとともに、3年ぶりに所沢航空記念公園で開催されるはずだった『TONOFON FESTIVAL 2020』が、オンラインフェスとして、メイン出演者はそのままに自粛生活スタイルゆえのユニークなライブを行った。なんと午後1時にスタートし、夜の0時近くまで10時間以上、トクマルの自宅スタジオ兼作業部屋をキーに展開。フェスの中止は「一通り落ち込みました」と言いつつ、「リアルタイムで何かやること、まさにライブです! 初めてのYouTuber体験、心臓がバクバクしてます。あ、止まらない方がいいですね(笑)」と、なかなか軽妙なトークで、コメント欄には投げ銭が続々と。投げ銭やグッズ購入の方法や使い道を明確に伝える彼の姿は、大人数のミュージシャンに指示を出し、音楽を作っている姿と違和感がなかった。

 栗コーダーカルテット&ビューティフルハミングバード、んnoon、長谷川白紙、折坂悠太、そしてトクマルシューゴ。音楽が独創的で、しかも演奏家として秀でており、ジャンルも多彩。オンラインであろうとリモート演奏であろうとその本質は変わらないことを実感した。トップバッターの栗コーダーカルテットのリコーダーの第一音の躍動感に一気にテンションが上がる。室内でイヤホンで視聴しているからこその驚きがある。んnoonはメンバー各人の個性が把握でき、長谷川白紙は生配信の1曲目に「赤いスイートピー」のカバーを配し、リスナーの度肝を抜く。もう1曲は弾き語りによる新作『夢の骨が襲いかかる!』から「シー・チェンジ」を披露。あえて音割れが起こる音作りで、弾き語りと思えないエクストリームな聴感で圧倒した。折坂悠太は独奏と重奏を披露。重奏での「こころ」(新曲)は演奏者の音を重ねて編集したものだが、聴きごたえ十分な上に、ライブで新曲を聴けない今、貴重な演奏だった。トクマルの「一生音楽と歩んでいくだろうなと思う人」という折坂の印象など、各出演者へのコメントもオンラインならではだ。

 ホストバンドであるトクマルシューゴのハイライトは、ストリングやホーンを加えた総勢22名による人気曲「Rum Hee」のリモート重奏。後半の“外伝”に登場した上水樽力による編曲で、力強く有機的なオーケストラセッションとなったこの演奏は前半のハイライトとなり、コメント欄には言葉にならない感謝が擬音や絵文字となって躍っていた。アンコールではトクマル一人で、4月に結婚式を挙げる予定だったという友達に向けての新曲「ウェディング」を弾き語り。人生の門出も延期や中止になる。できなくなったことは寂しいけれど、新しいことを作っていくーーそれはこの『TONOFON(REMOTE)FESTIVAL 2020』全体を包んでいた前向きなムードだ。その後、冒頭に書いた「Canaria」の解禁があり、メンバーミーティングという貴重な場面も公開していた。それにしてもスマホの再生ボタンをせーのでタップするのがこんなに楽しいなんて、やはりこれはリアルタイムで進行しているからこそだろう。

 リモート開催になったことで、神戸の旧グッゲンハイム邸と日本橋の七針を結んでのmmm+稲田誠。病院の診察日の看板など街の景色に規則性を見出し音楽を作る西村直晃。トークのみの出演予定だった上水樽がイベントスタートから思い立ち急遽作ったという出来立てのピアノ曲を披露したり、出演できなくなったノルウェーのBrigtのスロットに急遽、東郷清丸が名乗りを上げたり、そのリアクションをコメント欄で共有できたり。

 配信ゆえに気軽に未知の音楽家と出会えたというコメントも多く、さらに韓国のイ・ランは日本語の翻訳をアナログな手法で見せ、人間の核心をえぐる詞世界にも触れることができた。夜には昼間の配信を再度、トクマルのトークと共に届け、ラストはこれまでのライブ映像をたっぷり1時間近く上映。そこで感じたものはただオフラインのライブへの恋しさではなかった。

 「ライブはいいな。生きてるってことです。どっちでもいいです! リモートはリモートの良さがある」――「Rum Hee」の遠隔重奏のあとトクマルが発した言葉に、今回のフェスの意義が詰まっていたと思う。『TONOFON(REMOTE)FESTIVAL 2020』を通して、彼のあらゆる音楽への執着と愛情はよりあらわになったのではないだろうか。(石角友香)

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