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池上彰の 映画で世界がわかる!

『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』―“ブッシュ政権のウソ”を暴いた中堅新聞社の記者たち

毎月連載

第10回

原題は『SHOCK AND AWE』。アメリカが2003年、イラク攻撃を開始したときの作戦名「衝撃と畏怖」です。アメリカ軍が圧倒的な軍事力でイラク空爆を続け、フセイン政権の抵抗意欲を失わせてしまおうという戦術でした。

当時、ブッシュ政権は、「イラクが大量破壊兵器を保有している。これがテロリストの手に渡ったらアメリカの安全保障に重大な影響がある。攻撃を受ける前に自衛のために攻撃する」という理屈をつけ、イラクを攻撃しました。

これは恐るべき論理です。「やられる前にやる」という理屈がつけば、どこの国も先制攻撃を始められるではありませんか。アメリカは、国連を中心とした戦後秩序を否定し、他国を攻撃したのです。

ちなみにイラクのフセイン大統領はイスラム原理主義者が大嫌い。イスラム原理主義者は、たとえ穏健な人物であろうと容赦なく取り締まっていました。イラク情勢を把握していれば、「フセイン政権の大量破壊兵器がテロリストに渡る」というのは荒唐無稽の筋書きだったのです。

ブッシュ政権は、そんなことも知らずにイラクを攻撃しました。フセイン大統領が反米であること、フセイン政権を排除すればイラクの石油を手に入れることができる。こんな思惑から、大量破壊兵器が存在するという脅威をでっち上げたのです。

このでっち上げに深く関与していたのがイラクからの亡命者であるチャラビでした。映画の中で記者たちは、チャラビに詰め寄ります。この記者たちだけは、チャラビのウソに騙されなかったのです。

イスラム教スンニ派のフセイン大統領は、イラク国内の多数派であるシーア派を弾圧してきました。アメリカの攻撃でフセイン政権が倒れると、シーア派は積年の恨みを晴らそうと、スンニ派狩りを始めます。スンニ派住民が多数殺害されます。これに対してスンニ派の中に過激な軍事組織が誕生。これが、やがてIS(イスラム国)に発展していくのです。

こう考えると、ブッシュ政権の歴史的責任が、いかに大きいものか。

当時、ブッシュ政権は、大量破壊兵器についての確たる証拠がないまま攻撃の準備を始めます。そこで必要なのは世論対策。「ニューヨーク・タイムズ」など有力なメディアに「イラクが大量破壊兵器を隠し持っている」という情報を流し、大きく書かせます。

不利な状況下でも“真実”を伝え続けようとしたジャーナリスト魂

それでもナイト・リッダー(Knight‐Ridder)の記者たちは、地道な取材を積み重ねることで、ブッシュ政権のウソを暴きます。

しかし、世の中のメディアがみんな「イラクは大量破棄兵器を持っている」と報じているときに、「そんな証拠はない」と伝える新聞は無視されてしまいます。

ナイト・リッダーは、当時全米に32の新聞社を保有する新聞グループでした。こういう新聞グループという存在は日本にはないのでピンときませんが、全米各地にある地方紙に記事を配信しています。地方の新聞社は、首都ワシントンに支局を置くだけの力がありません。そこで、ナイト・リッダーのワシントン支局の記者たちが、傘下の地方紙向けに記事を書くのですが、「イラクが大量破壊兵器を持っている証拠はない」という記事は、なかなか掲載してもらえないのです。

そんな記者たちの悲哀を交えながら、アメリカの新聞記者たちが、どんな取材をしているかがビビッドに描き出されます。

ナイト・リッダーは、一連の報道で燦然と輝きますが、新聞離れが進むアメリカで、独立を保つことはできませんでした。イラク戦争後の2006年、ナイト・リッダーは、別の新聞グループに買収されてしまいました。

それにしても、政治家も多くのマスコミも間違ったイラク戦争を、映画できちんと取り上げ、しかもエンタテインメントとして完成させるアメリカ映画界の底力は大したものです。

掲載写真:『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』 より
(C)2017 SHOCK AND AWE PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』

3月29日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:ツイン 91分
監督:ロブ・ライナー
出演:ウディ・ハレルソン/ジェームズ・マースデン/ジェシカ・ビールミラ・ジョヴォヴィッチ/ロブ・ライナー/トミー・リー・ジョーンズ

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。

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