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樋口尚文 銀幕の個性派たち

宇野祥平、 「普通」「平凡」という名の強烈さ

毎月連載

第10回

『鈴木家の嘘』11月16日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー ©松竹ブロードキャスティング

 宇野祥平も、「いつの間にかしみわたっていた」感のある俳優だ。2000年にデビューして18年、おそらく「ああ、またあの人だ」と本格的に気になり出したのは2006年あたりからではないかと思う。なぜかホラーで知られる白石晃士監督の『オカルト』『超・暴力人間』『超・悪人』には主演しているが、ほかでは見事に脇役道を邁進している。

 それも半端ない数の映画に出演しているので、いちいち役柄を覚えていないくらいである。いったいどういう経緯で俳優になったのだろうと思ったら、高校卒業後、生花店でバイトしている折にあまりにも花を愛する店主の姿勢に感化され、なにか自分にもそういう天職がないものかと思ったところ、幼い頃祖父に連れられて通った映画館の銀幕のスタアの思い出がフラッシュバックしたのだそうである。

『恋のクレイジーロード』(C)白石晃士と坪井篤史の映画狂人ロード

 大阪の専門学校の放送学科に入り、昼はボートレースの大型ビジョンにボートの走行を映すアルバイト(その中継中に眠ってしまって1枠のボートをフォローできなかったという映画さながらの逸話もあるそうだが)をやりながら、夜は友人と自主映画を撮ったりする日々だったが、初めて商業映画に出演したのもそれに出る俳優が急遽降板してピンチヒッターで声がかかったのだという。その後上京して友人の狭い部屋に居候しながら、なんとアオイスタジオの喫茶店に9年間も働いていたそうである。オムライスづくりもすっかり板に付いていたそうだが、絶対に私はその間に一度や二度は宇野祥平に会っているはずだ。いや、それどころか宇野のつくったオムライスにありついている公算大である。

 アオイスタジオの喫茶部のお兄さんというのは、しかしまさに宇野にうってつけの役柄という感じではないか。そういう、どこにでもいそうな、でも何やら妙にクセのある市井の人という役柄は、だが本当に平凡な俳優には無理なのである。言わば、「普通」ということを濃縮して戯画化したような(今どきのコトバで言えば「キャラ化」された)雰囲気、持ち味がなければ、映画という虚構世界にあって「普通」や「平凡」には見えないのだ。小津作品にはそれこそホワイトカラーの主人公たちの周りにはなんでもない市井のオジチャン、オバチャンが魅力的に顔を出すが、俳優としてのまるで彼らは「普通」でも「平凡」でもない。

『続・深夜食堂』(C)2016安倍夜郎・小学館/映画「続・深夜食堂」製作委員会

 宇野祥平のえも言われぬ癖ある容貌や語り口は、そういうなんでもないようで難しい「普通の人」を引き受けるための要件を絶妙に満たしていたと言えるだろう。そのことを熟知した白石晃士監督や前田弘二監督らに重用されるうちに、徐々に多くの作家たちが宇野のそんなポジションに気づき始めて、みるみるたくさんの作品に顔を出すようになった。安田顕がバイプレーヤーの悲喜劇を演じた横浜聡子監督の傑作『俳優 亀岡拓次』のモデルは宇野だという。そんな中、アオイスタジオの喫茶部のお兄ちゃんがなごみの場として定食屋に通っているような『深夜食堂』シリーズの小道などは、まさに打ってつけの役どころだろう。そう言えば、宇野とともにいつも常連として食堂のカウンターを囲んでいるのは不破万作と安藤玉恵だが、やはりこの三人が並んでいると相当にクセがある面子で到底「普通」とは言えないのだが、映画にあって「普通」を表現する時にはこれがお作法なのである。

『鈴木家の嘘』©松竹ブロードキャスティング

 さて、そんな人気者の宇野の起用のしかたにも「なるほど」と作り手の愛を感ずるものがあって、たとえば『劇場版 仮面ライダーエグゼイド トゥルー・エンディング』では気弱なゲームメーカーの社員に扮し、自ら開発したゲームが生んだ怪人に愛着をもって共同生活をしてしまう、という実相寺昭雄監督の『ウルトラセブン』“円盤が来た”の優しい工員フクシン君さながらの役がなんともハマッていた。そしてまた、最新作の野尻克己監督『鈴木家の嘘』では、一家の愛ある嘘に加担するナゾの知人・北別府に扮しているのだが、これなどは一見なんでもない役なのに「宇野祥平がここに起用されているからには何か起こるのかな」という期待を覚えていると、「やっぱり来たか!」という、かなりうまくひねった(ねじれた?)展開が起こって、展開のスパイスとなるのであった。

作品紹介

『まんが島』

2017年3月25日公開 配給:インターフィルム
監督・脚本:守屋文雄
出演:水澤紳吾/守屋文雄/松浦祐也/宇野祥平/政岡泰志

『劇場版 仮面ライダーエグゼイド トゥルー・エンディング』

2017年8月5日公開 配給:東映
監督:中澤祥次郎 脚本:高橋悠也
出演:飯島寛騎/瀬戸利樹/松本享恭/岩永徹也/松田るか/宇野祥平

『ムーンライト下落合』

2017年11月11日公開
監督:柄本佑 脚本:加藤一浩
出演:加瀬亮/宇野祥平

『嘘八百』

2018年1月5日公開 配給:ギャガ
監督:武正晴 脚本:足立紳/今井雅子
出演:中井貴一/佐々木蔵之介/友近/森川葵/前野朋哉/宇野祥平

『素敵なダイナマイトスキャンダル』

2018年3月17日公開 配給:東京テアトル
監督・脚本:冨永昌敬
出演:柄本佑/前田敦子/三浦透子/峯田和伸/松重豊/宇野祥平

『友罪』

2018年5月25日公開 配給:ギャガ
監督・脚本:瀬々敬久
出演:生田斗真/瑛太/夏帆/富田靖子/山本美月/宇野祥平

『焼肉ドラゴン』

2018年6月22日公開 配給:KADOKAWA=ファントム・フィルム
監督・脚本:鄭義信
出演:真木よう子/井上真央/大泉洋/桜庭ななみ/大谷亮平/宇野祥平

『菊とギロチン』

2018年7月7日公開 配給:トランスフォーマー
監督:瀬々敬久 脚本:瀬々敬久/相澤虎之助
出演:木竜麻生/東出昌大/寛一郎/韓英恵/渋川清彦/宇野祥平

『恋のクレイジーロード』

2018年8月4日公開 配給:白石晃士と坪井篤史の映画狂人ロード
監督・脚本:白石晃士
出演:田中俊介/宇野祥平/芦那すみれ/細川佳央/久保山智夏

『鈴木家の嘘』

2018年11月16日公開 配給:松竹ブロードキャスティング=ビターズ・エンド
監督・脚本:野尻克己
出演:岸部一徳/原日出子/加瀬亮/岸本加世子/大森南朋/宇野祥平

『きばいやんせ!私』

2019年初春公開 配給:アイエス・フィールド
監督:武正晴 脚本:足立紳
出演:夏帆/太賀/岡山天音/鶴見辰吾/徳井優/宇野祥平

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が2019年に公開。

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