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星野源と『おげんさんといっしょ』に同じく感じること 原点回帰に新たな試み交えた第3弾振り返る

リアルサウンド

19/10/30(水) 18:00

「お父さん、やべえ」

 星野源扮する「おげんさん」がお父さん(高畑充希)に向かって話しかけた。

「Twitter(のトレンド)ね、番組始まる前から1位だって」

 『おげんさんといっしょ』(NHK総合)の第3弾は、放送前から視聴者からの期待で膨れ上がっていた。2017年5月4日に放送された第1弾では、わずか1時間の番組にもかかわらず「#おげんさん」のタグ付きツイートは実に30万件にのぼり、ギャラクシー賞月間賞および年間奨励賞に輝いた。翌2018年8月20日には第2弾が放送され、今度は国内のみならずTwitterの世界トレンドの1位にもなり、年末には『第69回NHK紅白歌合戦』に“出場”も果たした。もはや、星野源がサザエさん風の衣装で画面に登場しても何の違和感もない。そして、2019年10月14日、ついに第3弾が放送されたのだ。

(関連:星野源『Same Thing』レビュー 『POP VIRUS』以降のビジョンと新たな刺激を求めて

 その週末は台風19号の上陸で日本国内に大きな被害が出た。被害にあわれた人も少なくない。テレビでは、深刻で重苦しい報道が続いている。実際、その影響で当初の予定より30分遅れて『おげんさんといっしょ』は始まった。もちろん、台風被害でそれどころではない、あるいは見たくても見る術を失ってしまっていた人たちもいただろう。けれど、こうした番組で救われる人たちがいて、それを待ち望んでいたのは紛れもない事実だ。

「今も大変な人もたくさんいると思うんだけど、こういう番組でみんなで同じ時間を共有できたらいいなと」

「こういうダラッとしたリラックスした時間を一緒に届けられたらいいなと」

 そうおげんさんが言うように、ことさら「ガンバレ!」と呼びかけたりして勇気や活力を与えるわけではなく、無理をせず、ただほんのひと時、嫌な気持ちを忘れさせてくれるような時間を寄り添うように作ってくれるこの番組の雰囲気は、あまりにも貴重だった。

「この番組のリビドー、それはダラダラしたい、その一心」

 おげんさんは番組の冒頭、“中3の受験生”となった隆子(藤井隆)との会話で番組のコンセプトを端的に表現した。

 確かに星野源は第1弾の際、「ダラダラしたリハーサルのような番組」を目指したと語っている。だが、60分から70分へ放送時間が延びた第2弾では、やりたいことを詰め込みすぎた結果、最後の曲を歌えるかどうかわからないほど、キツキツな状態になってしまったという。見ていた側からすると、「家族」全員に見せ場があり満足度の高い放送ではあったが、90分にさらに放送時間が拡大した第3弾では、初期衝動に回帰したいと星野は改めて考えたのだ。

 この日、1曲目に披露されたのは宮野真守ならぬ雅マモルの「恋はホップ・ステップ・ジャンプ」。

 「バンドで初めて歌う」、CDリリースさえされていない曲をフルコーラスで歌うのだ。いくら「めちゃくちゃリクエストがきた」とはいえ、これまで1曲目では「SUN」や「恋」といった星野源のヒット曲を歌っていたのと比べると、かなりトリッキーで挑戦的な選曲だ。

 曲終わりの「ジャガジャン♪」で遊ぶ雅とバンドメンバーたちに「リハなの?」とツッコむ隆子。

「公式リハ」

 と笑って答えるおげんさん。そう、これこそが『おげんさんといっしょ』の「音楽を楽しむ」という悦びなのだ。続いて、ダンスミュージックをこよなく愛する隆子が「You Spin Me Round」を髪を振り乱し、紙吹雪を顔面に貼り付けながら熱唱。ド迫力で圧巻のパフォーマンスを見せつけた。

 今回、新たな試みとして導入されたのは収録部分がある、ということだ。

 ゲストのビヨンセこと渡辺直美とおげんさんとの交流が“回想”という形で挿入された。

 けれど、この番組らしさは損なわない。「唾液が変なところに入って」咳き込んでしまっても、そのまま生かす。

 「セクシーボイスでキュートなスマイルをするじゃない? けど、目がすごくヘンタイの目をしてる」

 と星野源を絶賛するビヨンセ直美は「Crazy In Love」を歌いそうで歌わないという音楽コントに参加。その圧倒的なわかりやすさとポップさはあまりにも強かった。

 さらに、もうひとつの新たな試みが、2つのスタジオを使ったことだ。

 生放送で2つのスタジオを使うのならば、当然、この収録の回想部分の間に移動しているのが定石だ。

 だが、もちろんこの番組はそんなことはしない。「移動も全部撮るスタイル」なのだ。

 あらわになるスタジオの裏側、見切れるNHKの廊下とスタッフ。ダラダラと話しながら歩いていく。

 こうしたダラダラ感を演出するためにいかに逆にそれ以外の部分が細部にわたり作り込まれているかがよくわかる。

 また、今回は前述の原点回帰の思いのとおり、隆子の「近い前世の話」として藤井隆が好きな音楽の話をしたり、今回のゲストの松重豊が「スナック豊豊」のママとして、おげんさんと「これいいよねえ」とただただ音楽談義を交わす時間がたっぷりと設けられた。

 ちなみに松重はおげんさんの乳母という設定。「私のおっぱい吸って育ったからこんなヘンタイになった」と笑う。自分で選んだというド派手な衣装とカツラに剽軽なキャラクターは彼のイメージを覆すもの。ラジオリスナーにとってはお馴染みだが、そうでない人にとっては、松重豊がこれほど音楽に詳しいことも驚きだったのではないだろうか。

 Tom MischやLouis Cole、Jamila Woods、Steve Lacyといった音楽番組でも地上波ではなかなか紹介されない「ヘンタイ」的アーティストの楽曲をまったりと紹介していった。「ヘンタイっていうのは最高って意味」だと。

 さらにスナック豊豊のボーイとしてPUNPEEが登場。彼が「夜を使いはたして」を披露すると「世界で一番かっこいい音を今、出している自信がある」と星野源は胸を張った。

 ここで番組中でまたもTwitterの世界トレンド1位を獲得したことも発表された。

 番組では松重の話を受け、星野源の好きな音楽として1987年から放送されていた道徳番組『さわやか3組』(NHK教育テレビ)の主題歌が紹介された。のちに『おげんさんといっしょ』メンバーの三浦大知も歌った名曲だ。

 この曲を星野は「とにかくベースがドープ。ビートもこんなにタイトだったのっていう。裏でなってるシンセが不穏。全然“さわやか”じゃない。こんなに攻めたかっこいい曲を子供に向けた番組でやってた」と絶賛。「小っちゃいときに、こういうイケてる音楽をイケてると知らないまま摂取してたんだな」と。

 思えば、これはそのまま僕らが感じる星野源と『おげんさんといっしょ』そのものではないだろうか。

 一見、さわやかで好青年だけど、その中身にはなんだか不穏なものがうごめくドープな星野源。そんな星野源を媒介に音楽に詳しくない人でもそれを勉強しようとか意識せずに自然とイケてる音楽を摂取できる番組が『おげんさんといっしょ』だ。

 それは星野源という“ヘンタイ”の「リビドー」に従って、ダラダラした空間を作り上げたからこそ味わえたものなのだ。(戸部田 誠)

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