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春日太一 実は洋画が好き

優れた作品はどんな環境で観ても面白いと痛感した『スパルタンX』

毎月連載

第30回

(C) 2010 Fortune Star Media Limited. All Rights Reserved.

子どもの頃から“遠足”というのは謎なイベントだった。アスレチック施設やテーマパークなど“遊び”がメインになる場所に行くならまだいい。

が、そうしたケースは決して多くはない。大半は登山や芋掘りなど、“強制労働”としか思えないものばかり。何が楽しいか分からなかった。そのためにわざわざ何時間もかけて遠出をさせられるのが嫌でたまらなかった。

それでも、ただひとつだけ楽しみがあった。それは、帰りのバス。運転席の後ろに据え付けられたテレビモニターでビデオが上映されるのだ。

解散場所である学校は新宿副都心の近く。“強制労働”させられる秩父や茨城からはただでさえ遠い上に高速道路も渋滞に巻き込まれる。そのため、映画一本を観るのにちょうどよく、乗務員がいつも何かしらビデオをみつくろって上映してくれていた。

これが楽しみでたまらなくて、遠足の最中もどんな映画が観られるのか気になり、早く帰路につきたかった。「家に帰るまでが遠足」とはよく教員たちが薫陶めいて言っていたが、こちらとしては「帰りのバスに乗ってからが遠足」という感覚だった。

中でもテンションが上がったのは、ジャッキー・チェンの映画がかけられる時だ。ジャッキーの明るく楽しいアクションを観ていると、“強制労働”で溜まった疲労感も一気に吹き飛んだ。興味がない生徒はそのまま寝るし、興味ある生徒は食い入るように観る。バスで誰も騒がないから、引率の教員や乗務員にとってもジャッキー映画はありがたいコンテンツだったのでは……と、今なら思える。

“バスシアター”で出会った最高に楽しいジャッキー映画

『スパルタンX』を初めて観たのは、おそらくこの“バスシアター”だったと記憶している。

当時は同名のファミコンゲームが出ており、映画を観る前にこれをやり込んでいた。恋人を攫われた武闘家が敵のアジトである塔に潜入。各フロアのボスたちを倒していき、最後のフロアで恋人を救出する。これがとても面白く、プレイする武闘家の粗いドット絵を頭の中でジャッキーに置き換えながらしながらプレイしていた。

実際の映画ではジャッキーはこの塔でどんなアクションを繰り広げていたのだろう……。気になってたまらない時、ついにバスで出会えたのだ。

驚いたのは映画がゲームと全く異なる内容だったことだ。恋人を攫われてもいないし、武闘家ではないし、塔も出てこない。

観始めた序盤は戸惑ったが、すぐにそれは忘れた。とてつもなくワクワクする作品だったからだ。

今回のジャッキーは相棒役のユン・ピョウと広場の移動販売車でファーストフードを売っている。ふたりは謎の美女・シルビア(ローラ・フォルネル)と出会ったことで、サモ・ハン・キンポーの演じる私立探偵ともども事件に巻き込まれていく。

といっても、前半はお目当てのアクションはあまりない。シルビアに翻弄される三人の姿が描かれている。それでも退屈はしない。

明るい陽射しに照らされたバルセロナの街並みと、80年代らしいカラフルなカジュアルファッションに身を包んでスケボーをしたりするジャッキーたち……というリゾート感あふれる陽気な画の中でコミカルな芝居をする三人の姿を観ているだけで楽しい。バルセロナという街の名前もサグラダ・ファミリアもこの作品で始めて知れたくらいの、紀行的な楽しさもあったのでここでようやく本当の“遠足”気分も味わえたりもしている。

そして後半、いよいよジャッキーたちの大活躍が始まる。これが、ここまで抑えていた分、ジャッキー映画でも屈指のものだった。

移動販売車を縦横無尽に使ってバルセロナ市街やスペインの荒野で繰り広げられるカーチェイス。スリリングな古城潜入。フェンシングVS中国剣術……。そして、ジャッキーすら二度も敗れる強敵(演じるのは梶原一騎原作の『四角いジャングル』でも活躍した本物の格闘家のベニー・ユキーデ)との壮絶な死闘。

これらはいずれも地中海の陽射しや歴史的建造物といった長閑で優雅な空間で織り成される。そのため、ただでさえユーモラスなジャッキーのアクションがよりコミカルに映し出されていた。

観る環境よりも観る側の気持ちが乗っているかが大切

“バスシアター”は座席からテレビまで遠いし、画面は小さい。そのため、スクリーンに比べると豆粒程度の大きさにしか見えない。決して恵まれた上映環境とはいえない。それでも、全く気にならなかった。

ジャッキー、ユン・ピョウにサモ・ハン・キンポーの“ゴールデントリオ”のアクションはもちろん、石丸博也、古谷徹、水島裕というお馴染みの吹き替え陣によるウィットに富んだ芝居はいずれも躍動感満点。3Dメガネをかけずとも画面から飛び出してくるような錯覚すら感じ、映画館で観るのに負けず劣らずのワクワクに浸ることができたのだ。

映画はスクリーンで観るのが一番であるのは当然として……優れた作品はどんな環境で観ても面白い。観る側の気持ちが乗っていることが、何よりの上映環境になる。

そんなことを教えてもらえた。

関連情報

『スパルタンX』

DVD & Blu-ray 発売中
発売元: ツイン
発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
(C) 2010 Fortune Star Media Limited. All Rights Reserved.

プロフィール

春日太一(かすが・たいち)

1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』『仁義なき日本沈没―東宝VS.東映の戦後サバイバル』『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代』など多数。近著に『泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと』(文藝春秋)がある。

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