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未解決事件をモチーフに“感情のアクション”を描く。小栗旬、星野源出演の『罪の声』監督が語る

ぴあ

20/10/26(月) 7:00

『罪の声』 (C)2020 映画「罪の声」製作委員会

塩田武士のベストセラー小説を、小栗旬、星野源らをキャストに迎えて映画化した『罪の声』が間もなく公開になる。本作は35年前に起こった未解決事件の真相を追うふたりの男と、当時の事件に直接的/間接的に関わった人々の人生を描いた作品だが、土井裕泰監督は単なる犯人探しに終わるのではなく、主人公ふたりの気持ちが重なり合っていくプロセスやドラマを重層的に描きたかったと語る。

かつて、食品会社6社を標的にした一連の企業脅迫事件は、警察やマスコミが翻弄され、日本中をわかせる大事件になったが未解決のまま時効を迎えた。35年後、新聞社の文化部に勤務する阿久津(小栗)はこの事件を改めて調査する特別企画班に選ばれ、取材を開始する。同じ頃、京都の小さなテーラーを父から継いだ曽根(星野)は、父の遺品からカセットテープを発見する。そこには35年前に犯人グループが身代金の受け渡しに使用した子どもの声が吹き込まれており、その幼い声は……自分の声だった。

実在の事件をモチーフに、未解決事件を追うふたりの男を描いた原作小説は発刊時から高い評価を得ている。「前半は阿久津と曽根がそれぞれ緻密に取材をしていく“点”の部分。それが後半になってつながって"線”になり、多様な人々の人生があぶりだされてゆくダイナミズムがこの小説の面白いところ」と分析する土井監督は、その一方で「あまりにも情報量の多い話なので、普通に脚本化してしまうと5、6時間の映画になってしまうんですよ(笑)。これを2時間強の映画にまとめるのは至難の技ではないかと。そこが最初の課題でした」と振り返る。

『アンナチュラル』や『MIU404』など人気ドラマも手がける野木亜紀子が脚本を手がけることになり、土井監督たちは原作の要素を徹底的に整理し、物語の要素を的確に脚本に落とし込んでいった。

「小説がモチーフにした実在の事件のことを知らない若い人もこの映画を観ると考えた時に、事件そのものを詳細に説明するよりは、あくまでフィクションを通じて“犯罪に巻き込まれてしまった子どもたちの人生とその顛末”をメインテーマに描くべきだと思いました。とは言え、緻密に編まれた原作の要素を単純に省略したり短くすればいいわけではないので、何かの要素を削除したら、そこに映画としての新たな文脈をイチから組み立て直す必要がありました。

もちろん、事件の全貌を描く必要はないとは言え、そこに登場人物の過去があり、現在の姿があり……物語を構成するレイヤー(層)の数がすごいんですよ! これが重なり合ってひとつになった時にどんな色が見えてくるのかは、僕も最初から掴めていたわけではなくて、ひとつひとつ撮っていき、最後の最後にドキドキしながらひとつに束ねていきました」

監督が語る通り、本作は、前半は新聞社で働く阿久津と、幼い頃の自分の声が脅迫に使われたことを知ってしまった曽根がそれぞれの立場で事件を追い、関係者の証言を集め、事件の真相に迫る姿が交互に描かれ、やがてふたりは行動を共にするようになる。「このふたりが主人公ではあるんですけど、彼ら、特に阿久津は35年前の事件に直接的に関わっているわけではないので、ふたりが単なる“ストーリーテラー”になってしまわないように気をつけましたね」

しかし、本作は基本的に阿久津と曽根が関係者の話を集めてまわる物語だ。「そうなんです。話を聞くシーンが多いので意外に映画的な動きは少ないんですよ」

このままでは主人公がただただ座って相手役の話を聞いているだけの平板な展開になってしまう。しかし、土井監督は“感情のアクション”を描くことで本作に躍動感をもたらしている。

「ふたりが出会う人たちに心を動かされる。そういう意味でのアクションを起こせるのではないかと思ったんです。35年前の事件の話なので、証言者はだいたい50歳から70歳台の方が多くなる。そこで、僕がかつて映画やドラマで憧れていた俳優さん、かつてお仕事をさせていただいた方にもお願いして……キャスティングにはすごく注力しました」

梶芽衣子、宇崎竜童、松重豊、古舘寛治、火野正平、正司照枝、佐川満男、そして宇野祥平……本作には土井監督の言葉を借りるなら「奥行きのある俳優」たちが集結した。

「ほとんどの人物は点でしか描かれない。ほんの数分間の出演でその人の人生、生きてきた背景をセリフだけではなく感じさせなければならない。本当に難しいんですけど、それぞれ存在感に奥行きのある俳優さん達にやっていただけて本当に良かったです」

次々に登場する名優たちの顔、細やかな動き、空気を受けて、小栗旬と星野源の心が揺れ動くのをカメラが捕らえる。さらにふたりが演じる阿久津と曽根の間にも友情にも似た感情が芽生えていく。

「物語の中盤で阿久津は追う者、曽根は追われる者として出会うんですけど、やがてふたりの間には奇妙な友情が生まれる。そこはこの映画ですごく描きたかった部分で、通常のミステリーのように事件の原因と結果や、犯人をただ答え合わせしていくだけではなく、阿久津と曽根の気持ちが重なり合っていくプロセスだったり、阿久津が背負う“ジャーナリズムの意義とは?”というテーマを重層的に描きたかった。

小栗さんと星野さんはタイプの違う俳優だと思うんですけど、お互いが過去を含めたこれまでの表現に対してとてもリスペクトし合っている感じがありました。ふたりともこれまで立ってきた場所が少し違うからこそ、俳優としてガチで向き合った時に自分たちに何が起こるのか? に興味を持っている感じがしたんです。

劇中で初めて阿久津と曽根が出会うシーンが、ふたりの最初の共演シーンだったんですけど、その時点ですでに単なる“攻め/守り”ではないある種の共犯者的なシンパシーがあった。それが見えた時に『この映画は面白くなりそうだな』という感触を得られましたね」

過去の事件に改めて光をあてることが正しいことなのか迷いながら取材を続ける記者と、知らぬ間に事件に加担していたのではないかと悩むテーラーの男は奇妙な友情を築きながら事件の真相に迫っていく。それぞれが調べていった事実=点はやがて線になっていく。しかし、土井監督は「最後に謎解きをして、最終的にすべてのことが腑に落ちて終わるだけの話にはしたくなかった」という。

「描くべきは、事件に巻き込まれてしまった子どもたち=無垢の加担者の人生に起きてしまったことです。この物語の入り口はミステリーで始まるのかもしれないけれど、出口では、あらゆる年代の人たちがそれぞれ自分なりに様々な余韻を抱えて劇場を後にする。そんな映画にしたいと思いました」

事件の真相が明らかになったとしても、事件に巻き込まれてしまった人々の過去や痛みが消えるわけではない。知らぬまに事件に加担させられた子どもたちはどんな人生をおくってきたのだろう? もし事件がなければ、どんな人生が待っていたのだろうか?

「僕は情報を伝えるメディアで30年以上仕事をしてきましたが、いま改めて小さな声の人たちの声を、市井の人たちの日常に埋もれている声みたいなものをエンターテイメントのかたちを借りて届けることが自分のすべきことなんじゃないかなと感じています。それは、劇中で阿久津が記者としての新たな矜持にたどりついたことと非常に近いなと思ったんです。そういう意味でも、この映画にいま関わることができてよかったと思っています」

本作はかつて起こった事件をモチーフに描きながら、そこに生きた人々、事件を背負ってこれからも生きていく人々の"小さな声”を繊細なタッチで描いている。

『罪の声』
10月30日(金)ロードショー

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