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『エール』小南満佑子、二階堂ふみの“最高のライバル”に 『ガラスの仮面』亜弓と重なる努力家像

リアルサウンド

20/5/29(金) 6:00

 ライバルの存在でヒロインは成長する。

参考:『エール』でテレビドラマ初出演の吉原光夫、二階堂ふみの魅力を語る 「本物を求めている人」

 NHK連続テレビ小説『エール』第9週では、ヒロイン・音(二階堂ふみ)が学内記念公演「椿姫」のヴィオレッタ役に挑戦する姿が描かれた。

 憧れていた音楽の世界に踏み出し、学生生活を送る音。そこに他を圧する実力者として存在するのが、同級生の夏目千鶴子(小南満佑子)である。すぐにクラスに馴染み、友人たちと昼食を楽しむ音と「わたしは友だちを作りに来たんじゃない」と、ひとり前を見つめる千鶴子。

 対照的なふたりが、今後どのような関係を築いていくのか。ここでは『エール』におけるヒロインのライバル・千鶴子について考えていきたい。

 音大入学前からソロリサイタルを開く力があり、入学時にはその名を周囲に知らしめて、入学早々“プリンス”こと久志(山崎育三郎)と皆の前でオペラのデュエットを決める千鶴子だが、「才能がある」と言われることには強い拒否感を示す。

 それはきっと、彼女が誰よりも努力を重ね、音楽の道を歩む中で人知れず悔し涙を流してきたからだろう。生まれつきの天才ではなく、水の下で必死に足を掻きながら見える場所では優雅に振る舞う白鳥、千鶴子とはそういう人なのだ。

 ヴィオレッタ役の選考会で、審査員のオペラ歌手・双浦環(柴咲コウ)に、どんな気持ちで課題曲を歌っていたかと問われた時の千鶴子と音、ふたりの答えはほぼ真逆だった。千鶴子は「観客を楽しませようと歌っていました」と答え、音は「歌って楽しい」と返す。学内のオーディションでさえプロとして歌った千鶴子と自らの気持ちのみに集中した音。すでに歌い手としての意識レベルに雲泥の差がついている。

 華やかに君臨する努力の人・千鶴子と、自身の感覚で突き進む音だが、このふたりの関係から思い出されるのは、不朽の名作演劇漫画『ガラスの仮面』の姫川亜弓と北島マヤだ。

 伝説の舞台「紅天女」を目指してライバルとして競い合うマヤと亜弓。1976年に連載が開始され、未だ完結しないこの「ガラかめ」では、ある時期から主役であるマヤより、ライバル役の亜弓に読者の共感が集まるという興味深い現象が起きた。映画監督と女優の娘として生まれ、容姿端麗の実力者である亜弓が、じつは著名な両親の影を振り払おうと誰よりも努力し、一見平凡な少女に見える演技の天才・マヤに対してつねにコンプレックスを抱く人物として描かれたからだ。

 また、千鶴子を演じる小南満佑子自身も実力に努力を掛け合わせ、夢の階段を昇っている人である。

 小学生の時から舞台に立ち、高校時代には声楽で国内外のコンクールに入賞。高校3年時には感銘を受けたミュージカル『レ・ミゼラブル』のオーディションに挑戦し、2015年、同作に出演。本来はジャン・バルジャンの義理の娘、コゼット役での受験だったが、年齢的に若すぎるとの理由で、当初はアンサンブルとしての参加となった。

 その2年後、2017年には念願のコゼット役で『レミゼ』30周年記念公演の舞台に立つ。他作品に比べ、チャンスがあるといわれる『レミゼ』だが、アンサンブルから主要な役=プリンシパルへ昇格できる人は少ない。それを小南が成したのは、アンサンブルとして頑張る彼女の姿勢や実力、女優としての資質が評価されたからだろう。ちなみに音の実家、関内家の馬具職人・岩城役の吉原光夫とは『レミゼ』のジャン・バルジャンと義理の娘、コゼットとして共演している。

 これは勝手な推測だが、千鶴子を演じるにあたり、小南の中には役に対する強い共感の気持ちがあったのではないだろうか。幼いころから多くの賞を獲得し、10代で『レミゼ』に出演。その後のキャリアも順調で、端から見たら「恵まれた才能」の持ち主ではあるが、この世界、努力をなくしては光の中には立てない。千鶴子を演じる小南の目の奥にはそんな覚悟が見えるのだ。

 ヴィオレッタ役の最終審査を前に、千鶴子は音に「わたしは子どもの頃から音楽のためにすべてを犠牲にしてきたの。あなたは音楽も家庭も恋愛も友達もなんでも欲しがって手を伸ばす。そんな強欲な人にわたしは負けるわけにはいかないの」と言い放つ。これはずっと孤独に戦ってきた千鶴子の心の叫びである。

 少女の頃、教会で歌う環の姿を見て音楽の世界に憧れ「楽しい、好き」でここまできた音に、まだ千鶴子の叫びは届かない。「わたしだって必死だよ」と困ったような顔で返すのみだ。『ガラスの仮面』北島マヤは、幾多の挫折を経て姫川亜弓を“ライバル”とはっきり認識してから感性、感覚メインの演技から脱却し、技術を意識するようになった。音はどうだろうか。

 千鶴子は宣戦布告ともとれる言葉を音にぶつける。「わたしはわたしのすべてを賭けてヴィオレッタを勝ち取ってみせるから」。これは彼女にとって、単に記念公演の主役をかけた選考会ではなく、これまで自分が歩んできた道やその価値観が正しかったと自認する戦いなのだ。

 音は可愛い。明るくてすぐに誰とでも心を通わせられる魅力的なパーソナリティの持ち主でもある。が、彼女は人の前でなにかを表現することに対してまだ挫折を知らない。

 だからこそ、ヴィオレッタは千鶴子に演じてほしいと願う。努力の時間が長かった人こそ報われてほしいし、ここで音が挫折を経験することは、彼女が音楽の道で新たな一歩を踏み出すきっかけになると思うからだ。

 ライバルの存在でヒロインは成長する。まさに音にとって、千鶴子は最高のライバルである。(上村由紀子)

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