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立川直樹のエンタテインメント探偵

中国国立バレエ団『赤いランタン ~紅夢~』―ラストの雪の白さと紅のコントラストの美しさは今まで観た舞台の中で10本の指に入る

毎月連載

第25回

『赤いランタン ~紅夢~』

 1週間足らずの間に中国国立バレエ団の『赤いランタン ~紅夢~』にはじまり、白石和彌監督の新作『凪待ち』、宮本隆司やユージン・スミス、奈良原一高……などの力作が並ぶ写真展に松任谷由実の『タイムマシーンツアー』まで本当によくできた“濃いもの”に圧倒された幸福感。その間にテレビ番組の収穫もあったし、久しぶりに聴いたピンク・フロイドの『ファイナル・カット』の素晴しさに音楽の力を実感し、“ロックの殿堂”の受賞式のステージでカーズのリック・オケイセックが「音楽は気軽に楽しめる芸術だ」といった言葉がフラッシュバックしてきたりと、心からもっと時間が欲しいと思ったが、それをまた言葉で説明するというのは中々難儀なところもある。

 それをとりわけ強く感じたのは60周年を迎えた中国国立バレエ団の日本での初公演で上演された『赤いランタン ~紅夢~』。今や世界的巨匠になった張芸謀(チャン・イーモウ)が28年前に撮った映画『紅夢』(1991年)をベースに製作した現代バレエの作品で、本人自らが演出・芸術監督・照明を手がけて形にし、2001年5月に中国国立バレエ団の本拠地である北京の天橋劇場で初演されて以降、世界各地で上演されてきたが、全2幕の舞台は構成のうまさからダンサーたちのレベルの高さ、音楽、それにジェン・リー(曽力)という人の舞台設計から照明に至るまで全く文句のつけようがなく、自分自身が映画の音楽プロデュースをしたこともあって不思議な夢の世界、ある種の迷宮の中に連れていかれてしまった。ラストの降りしきる雪の白さと紅のコントラストの美しさは今まで僕が観た舞台の中で10本の指に入るもの。ロケ地の大原の屋敷で主演のコン・リーが紅い提灯を投げるシーンを丸1日撮っていたチャン・イーモウとのクリエイティブな戦いも懐しい思い出だ。

“ポップ・ミュージックの女王”『松任谷由実 Time machine tour Traveling through 45years』

『松任谷由実 Time machine tour Traveling through 45years』(写真:田中聖太郎)

 6月公開の『凪待ち』は近いうちに水先案内で紹介するつもりだし、東京都写真美術館で開催中の展覧会については水先案内で紹介したし、観る気になれば観に行ける。ところがステージものはそんなわけにはいかない。5月15日に武道館で観た松任谷由実のコンサート『タイムマシーンツアー』も昨年9月の盛岡タカヤアリーナからスタートした全国アリーナツアーの最終日の前日というもので、チケットも早々とソールドアウトになっていたから、もうあとの祭りというしかない感じだ。でも、デビュー45周年記念ベスト・アルバム『ユーミンからの、恋のうた。』の発売にあわせて行われたこのコンサート・ツアーは間違いなく映像作品として発売されるから、まだ観られるチャンスはあるが、本人自らMCで「45年間のショーをベースに、それらを新しく組み立て直すという新しい試み」を形にした3時間に及ぶコンサートは、本人のパフォーマンスもさることながら、演出から美術、8人編成のバンドやパフォーマーまで含めて、ローリング・ストーンズが“世界最強ロック・バンド”という形容を未だ手にしていることを思えば、ユーミンが“ポップ・ミュージックの女王”の座についていることを実感させてくれるもので、『赤いランタン…』とは違った意味でタイムトリップの楽しさに酔うことができた。

 そして大切なことはオープニングの『ベルベット・イースター』に始まり、ダブル・アンコールで歌われた『ひこうき雲』までの楽曲のレベルの高さ。僕は以前「アントニオ・カルロス・ジョビンが“ボサノバ”の創始者であるなら、ユーミンは“ニューミュージック”の創始者」と書いたことがあったが、8回の衣裳変えや派手な演出が全くうわついた感じにならなのは、詩のレベルの高さを含め魅力的かつ深みのある楽曲があるからなのである。

 それは映画や演劇……全てのエンタテインメントを楽しみ、語る時の重要な基準でもある。テレビのドキュメンタリーなどで語られる言葉についても、それがどのくらいきちんとしたバックボーンがあるかということと関わってくる。

作品紹介

『赤いランタン ~紅夢~』

日程:2019年5月10日
会場:東京文化会館 大ホール
演出:張芸謀(チャン・イーモウ)
​振付:王新鵬(ワン・シンポン)/王媛媛(ワン・エンエン)
音楽:陳其鋼(チェン・チーガン)
舞台美術:曽力(ジェン・リー)
指揮:張藝(チャン・イー)
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
出演:中国国立バレエ団

『赤いランタン ~紅夢~』チラシ

『紅夢』(1991年・香港=中国)

監督:チャン・イーモウ
音楽:立川直樹
出演:コン・リー

『松任谷由実 Time machine tour Traveling through 45years』

日程:2018年9月22日~2019年5月16日
会場:日本武道館ほか

プロフィール

立川直樹(たちかわ・なおき)

1949年、東京都生まれ。プロデューサー、ディレクター。フランスの作家ボリス・ヴィアンに憧れた青年時代を経て、60年代後半からメディアの交流をテーマに音楽、映画、アート、ステージなど幅広いジャンルを手がける。近著に石坂敬一との共著『すべてはスリーコードから始まった』(サンクチュアリ出版刊)、『ザ・ライナーノーツ』(HMV record shop刊)。

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