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ライブハウスができるまで 第6回 コロナ禍の中オープン決定、奮闘する店長が抱く不安

ナタリー

20/7/28(火) 19:00

スガナミユウ

店長であるスガナミユウに話を聞きながら、東京・下北沢のライブハウス / クラブ・LIVE HAUS(参照:下北沢に新たなライブハウス「LIVE HAUS」4月オープン)が完成するまでを追うこの連載。LIVE HAUSは当初4月オープンの予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により開業の延期がアナウンスされていた。しかし東京都が社会経済活動再開のためのロードマップをステップ3に移行したことで、8月から短縮営業という形でオープンすることが決定した。最終回となる今回は、LIVE HAUSが営業自粛期間に実施した新たな試みとその手応え、オープンを控える今の心境についてスガナミに話を聞いた。

取材・文 / 下原研二 撮影 / 斎藤大嗣

1人勝ちしない

LIVE HAUSは新型コロナウイルス感染拡大に伴う営業自粛期間中にライブ配信企画「LIVE HAUS SoundCHECK」を始動。これまでに曽我部恵一やカジヒデキ、KONCOS、松田“CHABE”岳二、OCHA∞MEなどさまざまなアーティストが出演してきた。この企画は事前収録となっており、現場で新型コロナウイルスへの感染がなかったことを確認するため撮影後2週間以上経過してから配信を行うなど感染防止対策を徹底している。

「新型コロナの影響で当初予定していた4月のオープンが延期になって、すぐにその後の方針についての話し合いをしたんです。まずライブ配信はできるよねという話になって、LIVE HAUSがやるならどういう内容にすべきかを詰めていきました。新規のライブハウスやクラブは営業しながら音響システムや音響チームの経験値を上げていくものですが、僕らはオープン前に自粛に入ったのでそれができなかった。そこで『LIVE HAUS SoundCHECK』というタイトルを付けて、アーティストにライブをしてもらうことで箱の鳴りや機材をチェックしつつPAの経験値を積むことにしたんです」

「LIVE HAUS SoundCHECK」では収益をアーティスト、撮影クルー、LIVE HAUSの3者で均等に分配。これには「1人勝ちしない」というスガナミらしい真摯な思い込められている。

「企画の構想自体は3月頃からあって、ちょうどその時期にいろいろなところから『ライブハウスを救おう』という声が上がるようになったんです。アーティストの方々もドネーション企画を立ち上げてくださって。ライブハウスで働く者として純粋にありがたいという気持ちがありつつ、一方で大変なのはアーティストやスタッフさんも同じなのではという思いがありました。それに、ライブ配信を始める以上は映像作品としてクオリティの高いものを提供したかった。費用を考えると自分たちで撮影するという選択肢もありましたが、餅は餅屋というか、その道のプロに依頼するのがベストではないかと考えたんです。そういった経緯から収益は均等に分配することにしました。お金の面について話すと、これだけライブ配信が乱立している中でやっていくわけですから、数字的に成功するときもあればそうでないときもあります。例えばチケット代が1000円だとすると、配信サービスの手数料が15%ほどかかるので850円を3等分することになる。それだと100人の視聴者がいても、それぞれに入るお金は3万円いかないくらい。LIVE HAUSが通常営業した場合の平日目標が10万円なので、ライブ配信だけで経営を続けるのは難しいのが現実ですね」

配信は代替えにならない

2月に大阪で新型コロナウイルスの集団感染が発生して以降、あたかも3密の温床であるかのように扱われてきたライブハウス。その多くが有料制のライブ配信やクラウドファンディングによる資金調達などで急場をしのいでいるのが現実だ。スガナミは「LIVE HAUS SoundCHECK」での経験を通して、配信と実際のライブではそもそもの役割が異なると語る。

「はっきり言っておきたいのですが、配信はライブハウスやクラブの在り方の代替えにはなりません。1回の公演をより多くの人に観てもらうことが目的であれば配信は有効だろうし、配信でしか表現できない演出もあると思います。ただアーティストのツアーが1回の配信で済んでしまう、と考えるとわかりやすいかもしれません。生のライブを体感することができるという現場の醍醐味はもちろんですし、アーティストが土地土地を回ることでライブハウスやクラブが営業できて従業員、フリーランスのスタッフが仕事に就けるんです。それにライブハウスでは毎日違うイベントが行われて、自ずとお客さんも毎日変わるわけじゃないですか。そういった人たちがライブが終われば近くの飲食店でその日の感想を話し合ったりするわけで周辺地域への経済効果だってある。これはライブハウスやクラブに限らず、ミニシアターや劇団の地方公演など生で体感する芸術全般に言えることだと思います。それに駆け出しのバンドからするとライブハウスはボトムアップの場所。知名度の低いバンドの有料配信を観る人はおそらくほとんどいないと思うので、小箱になるほどより配信とはマッチしないんです。もちろん音楽産業全体を見れば、ある程度ライブ配信で成功している部分もあるけれど、そうなると行政の支援は配信事業へのサポートが中心になっていく。本当はどのお店も2月から続く赤字の補償をしてほしいだけなのに、『配信で新規事業をやるなら支援金を出しますよ』という話にすり替わってきているんです。これって要は僕らに『新規事業の競争をしろ』と言っているようなもの。知名度の低いライブハウスやクラブは自然と淘汰されることになります」

配信に依存しないために

LIVE HAUSでは「LIVE HAUS SoundCHECK」と並行して、店先にホットサンドの屋台「HauStand」を出したり、店内ロビーの壁面を使ってギャラリー展を開いたり、下北沢のレンタルスペース・下北線路街 空き地で野外イベント「LIVEHAUS Garden」を定期開催したりと新たな取り組みを次々と展開している。これらはスタッフの雇用を守るため、音楽を止めないための施策なのだそう。

「僕たちがコロナ禍に直面して企画した施策は基本的に事態の終息後にも運用できるものを念頭に置いていて、ホットサンドは8月以降LIVE HAUSの店内でも提供する予定で、ギャラリーではTシャツの展示をメインに展開していきます。『LIVEHAUS Garden』については“窓を開け、音の鳴る庭へ”をテーマにしていて、生の音楽を楽しめる日常を少しずつでも取り戻すために企画したもの。ライブハウスはガイドラインに基づいて縮小営業してもいいことになりましたけど、人々の不安は払拭されないままで自粛要請の期間と何ひとつ変わっていないのが現状じゃないですか。そこで僕らは、LIVE HAUS店内を使うという発想を捨てて、少しでも不安が軽減できるよう野外イベントから始めるべきだと考えたんです。毎週末、オープンエアで音楽を体感できる公園のようなイメージですね。自粛要請明けの2日後に第1回を開催したのですが、イベントの様子を見ていて、お客さんも出演者も生の音楽を求めていたのだと実感しました。あと『Social Distance Club』というクラブイベントも始めています。このイベントは会員制で開催場所などの詳細を非公開にしているのですが、情報を集めてたどり着いてほしいですね」

ただ、こうした新たな試みに対してバッシングを受けることもあるのだそう。

「『LIVEHAUS Garden』を初めて開催したときに、会場の外から観ていた方が人が密に見えるような写真を撮ってネットにアップしたらしく。その投稿を見た第三者から会場に直接クレームが入ったんです。感染防止のために店を飛び出して野外イベントを企画してもバッシングを受けてしまう……正直この流れは地獄ですね。実際には公園の芝生で人々がくつろいでいるのと変わらないんですよ。体温検査やマスク着用の徹底、消毒など感染症対策をしっかりしていても、そこに音楽があって人が楽しんでいるとアウトという」

コロナ禍の中オープンへ

東京都では6月12日に新型コロナウイルス感染拡大に伴う外出自粛、休業要請などを緩和するロードマップがステップ2からステップ3へと移行。これによりライブハウスやクラブに関しても19日より適切な感染防止策を講じることを前提に規模を縮小しての営業再開が可能となった。8月から実店舗での営業をスタートさせるLIVE HAUSだが、素直に喜べないのが現実だとスガナミは語る。

「ソーシャルディスタンスを基準にして営業する場合、お客さん同士の間隔を最低でも1メートルは空けなきゃいけない。それだとLIVE HAUSでは定員14人くらいになるので、どう考えても経営を続けることができないんです。ただ一方で収容人数の半分以下なら問題ないという考え方もあって、僕らは8月以降この考えをもとに120人キャパに対して定員50人で営業していきます。とはいえチケットがソールドアウトしても本来の収容人数の半分以下なわけですから、厳しい状況には変わりありません……。今回のガイドラインはライブハウスや劇場が営業再開するために作られたもので今後段階的に緩和されるとのことですが、ワクチンができるまでソーシャルディスタンスを基準にした内容は変わらない可能性がある。そうなると本当にすべてのライブハウスや劇場が潰れてしまうかもしれません。これは『Save Our Space』などの活動を通してさんざん発信していることなのですが、縮小営業をしろと言うのであれば赤字部分の補償をしてほしい。『Go Toトラベルキャンペーン』にしてもそうですが、『経済の回復=国民に何かやらせる』という構図自体が、そもそも実情と合っていないように感じます。それにガイドラインはただ作ればいいとわけではなく、それに沿って運営した際に商売として存続可能なのかが重要。例えば映画館や劇場は、観客のマスク着用など飛沫防止対策を徹底すれば客席をすべて埋めてもいいと思います。ソーシャルディスタンスが会話を前提としているなら、全員がマスクをして同じ方向を向いて黙って観劇するのは当てはまらないのではないでしょうか。ライブハウスも同じく対策をしたうえで“観客同士の肌が触れ合わない程度の動員”まで基準を緩和すれば収容人数をある程度戻せるんです。ステージと観客の間にアクリル板を置いて、観客同士の間隔を四方2メートルずつ離した着席形式のライブの映像を何度か見ましたが正直疑問に感じました。それは本来のライブの様子とかけ離れているからではなく、感染防止の対策として無駄なものが多いなと感じたからなんです。僕らは感染症対策として何が本当に必要なものなのか考えながら営業していきたいと思っています」

新型コロナウイルスの終息の目処が立たない中、ライブハウス / クラブを立ち上げるスガナミ。最後に現在の心境と8月のオープンを心待ちにしている音楽ファンへのメッセージをもらった。

「僕たちの職種に限ったことではなく、事業者が恐れているのは感染者が出ること、クレームなどの風評被害が起こることの2点だと思います。感染者数が増えるたびに不要不急の外出は避けるよう呼びかけられ、イベントはキャンセルせざるを得なくなる。仕方のないことかもしれませんが、それに対する補償はない。この事実を行政はメディアはどこまで認識して情報発信しているのか疑問に感じます。どのお店も自分だけでなく従業員の生活もかかっていますから営業する。しかし感染者が出ればすぐに吊し上げられて非難される。一番怖いのは分断なんですよね。外に出て経済活動をしている人、外出を控えて気を付けている人などそれぞれの立場を尊重することが必要で、それができないとこの国は新型コロナの終息までもたない。立場の違う誰かを過剰に監視することで、自分の首が締まっていることに気付くべきだと思います。そういった理解があって初めて経済活動の再開と言えるのではないでしょうか。LIVE HAUSではお客さんや出演者の皆さんに安心して楽しんでもらうために、敷地内全域に抗ウイルス効果のある光触媒のコーティングを施したり、医療機関で使用されている紫外線空気殺菌装置、ストリーマ放電の空気清浄機、業務用のサーキュレーターを設置したりと感染症対策の設備導入を進めています。あとラッパーでハンドクラフターのMC JOEさんに飛沫防止用のマイクガードを作ってもらったんですよ。そういった工夫や努力を惜しまず、試行錯誤しながら営業していくことで、本来のライブハウスやクラブの在り方を取り戻したい。皆さんが心配をしなくて済むような環境を用意していきたいと思っています」

スガナミユウ

自身のバンドGORO GOLOでボーカリストを務める傍ら、レコードディレクターやイベントの企画などを行い2014年より東京のライブハウス下北沢THREEに在籍。2016年に店長に就任すると、チケットノルマ制の廃止、入場無料イベントの定期開催など独自の運営方針で店を切り盛りしていく。2019年12月末にTHREEを退職。現在は自身が発起人の1人であるライブハウス / クラブ・LIVE HAUSのオープンに向けて準備に勤しんでいる。

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