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催眠術師・漆原正貴が語る”催眠の正体” 「肝心なのは“掛かる側”に集中力や想像力があること」

リアルサウンド

20/11/22(日) 10:00

 目の前の相手が笑っているとつられて笑ってしまう。あの人のプレゼンはなぜかいつも引き込まれる。医者の白衣は無言の威力を感じてしまう……。

 これらはもしや“暗示”に掛けられているのかもしれない。私たちが気付かないところで“催眠”は日常に溢れている、と語るのは『はじめての催眠術』(講談社)の著者の漆原正貴氏。催眠術を学ぶことによってセルフコントロールやコミュニケーション能力が高まり、世の中の見方すら変わると話す。

 しかし、催眠術はまだまだ不可解で未知な領域、正直オカルト的な雰囲気すら感じてしまう人もいるだろう。催眠と認知科学や神経科学の関係をはじめ、催眠術とは何か、催眠をどう活かすか、話を訊いた。インタビュー後半で編集部が催眠術を実際に体験。

掛かる側の集中力

――直球ですが、催眠とはなんでしょうか? 催眠術師が言葉やしぐさで人を操っているイメージがありますが……?

漆原正貴(以下、漆原):今日の研究では、催眠のほとんどは掛ける側ではなくて、掛かる側の能力だと考えられています。催眠術師が何かすごい力を持っているわけではないんですよ。催眠術師の役割はあくまで“掛かる側”の自己暗示の能力を引き出してやるのに過ぎなくて、肝心なのは“掛かる側”に集中力や想像力があることなんです。

 私なりの催眠の定義は、「何かが起きるかもしれないと思っている中で、本当にその期待が実現してしまうような現象のこと」としています。たとえば「この水は苦いですよ」と言われて構えて飲んでみると本当に苦く感じたり、「今日のプレゼンは緊張しそうだ」と思っていると心拍数がガンガン上がっていったりします。このような「何かが起きるかもしれない」という期待によって自分の感覚や感性、感情が変化してしまうことは広く催眠の一種と捉えていいでしょう。

人の認知度は揺るぎやすい

――催眠を学ぶことによってセルフコントロールもできるとか。催眠を学ぶ意義や可能性について教えてください。

漆原:催眠を学ぶ意義は大きく3つあります。1つ目は自己催眠、セルフコントロールに使えるということ、2つ目は人の認知の脆弱性に気付けること、3つ目は日常のコミュニケーションにも活用できるということです。

 1つ目の自己催眠は、“自分の内側に集中することによって、自分の感覚をコントロール出来る技術”です。たとえばゴルフやバスケットボールの3ポイントシュートのように集中力が必要なスポーツや、試験やプレゼンなど確実に成果を求められる状況でも、自己催眠でセルフコントロールすることによってパフォーマンスを上げられるという研究結果があります。

 もちろん、ただ「集中する、集中する……」と内心で唱えてみても、本当に自分に暗示を掛けられているかは分かりにくい。自己催眠を習得するためのポイントは、まずは体感しやすい暗示を自分に掛けてみて、自分自身をコントロールできる感覚を持つことから始めることです。

 たとえば「手が温かくなってくる」とか、「身体から力が抜けて全身が重たくなる」といった暗示は多くの人が体験しやすいです。自己催眠はトレーニングによって能力が向上するので、繰り返し想像して練習を重ねていくと実感しやすくなるでしょう。自分で催眠を掛ける時に、前の日に掛けた自己催眠よりも上達したかどうか、たとえば「昨日より早く手が温かくなってきたか」と比べてみるとわかりやすい。自己催眠は様々なところで役立ちますが、特に緊張している状況のときに自分はこうすると落ち着くという自己催眠の方法を知っていたらすごく便利だと思います。

 2つ目に、人の認知はいかに暗示の影響を受けやすいかを知ることで、世の中の見方が変わることです。

 たとえば、暗示で何かを好きにさせるというのは簡単なんです。ある人に、“ペットボトルが好きで手放せなくなる”という暗示をかけるとします。すると、わずか2、3分言葉を交わしただけなのに、それまで何の興味もなかったペットボトルを好きになってしまう。他の人がそのペットボトルを取ろうとすると、ペットボトルを奪われたくない一心でペットボトルを強く握りしめたりします。

 日常生活の中で、なぜあんな人を好きになってしまうのか、欲しくもなかったものを欲しいと思ってしまうのかと不思議に感じることってよくありますよね。でも、「好きになる」暗示がわずか数分で掛かってしまい、またその効果が強力なことを知っていると、それも納得がいく。人間はそれくらい暗示に掛かりやすく、認知が揺るぎやすいものなんです。「暗示に掛かる」というのは人が本来備えている能力や特質なんだと知っておくと、他人から心理をハックされにくいと思います。

 3つ目はコミュニケーションのテクニックについて。催眠は、普通だったらあり得ないことを言葉一つで起こしてしまうもの。腕が曲がらない、椅子から立ち上がれなくなる、味が変わってしまう…。そのような催眠は、相手から警戒されていたら掛からないものです。催眠を成功させるためには相手とのラポール(信頼関係)を短時間で作らなくてはいけません。自分は相手に害を加えることはないと伝え、相手のプライドや承認欲求を否定せずに傾聴する必要があります。これは、他のコミュニケーションにも応用が効く技術です。目的を達成するためのプレゼンをより魅力的にしたり、相手の言葉を真っ向から否定せずに自分の言いたいことを通したりするときに、催眠のテクニックは非常に有効だと思います。

日常は催眠だらけ?

――催眠を掛けられるとわかっている場合もありますが、“つられ笑い”や“プレゼン”など、無意識のうちに暗示に掛かっているケースもある気がします。

漆原:日常的にあるでしょうね。たとえば今手に持っているブドウを「そこらのスーパーで売っていたブドウです」と言って渡されるのと、「このブドウ、一粒300円もして凄く美味しいブドウだから食べて!」って言われて渡されるのでは、本当に味が変わる可能性があるんですよ。

 また、威光暗示と言って、“何か凄そうな雰囲気”を醸し出すことも、暗示の成功率を上げます。催眠術師の中には妙な髪型をしたり、突飛な服装をしている人もいますが、そういった独特のオーラを出すのは、この威光暗示の効果を高めるためです。「すごそうな人」の暗示は、本当に効果が上がるのです。日常でも何かの分野の先生や有名人など“権威”を持った人の話を聞いているうちに、気づけばその世界に引き込まれている経験ってありませんか。自分が催眠と認識していないだけで、知らぬ間に暗示に掛かっている状況はたくさんあるでしょう。

―― 一方で催眠が掛かりやすい人と、そうでない人がいるとか。

漆原:喫茶店で隣の人の会話が入ってくるか、こないかでよく判断しています。人によって一つの事にどれだけ注意を集中できるかは異なり、たとえば注意のリソースのほとんどを目の前に注ぐことができる人もいれば、全力で集中したつもりでもどうしても周囲に目配せしてしまう人もいる。後者のタイプの人は、たとえばカフェで話をしていても店員さんの動きや隣の人の会話などに意識が散っていますが、前者のタイプの人は目の前の会話に集中してそれ以外のことに気が付かない。こういう人は催眠に掛かりやすいんです。なぜなら催眠は“集中力の技法”なので、自分の内側にどれだけ集中出来るかによって成功率が変わってくるんですよ。

 また、催眠が掛かりやすい人もそうでない人も、自分がどういう催眠に掛かりやすいか知っておくと役立つと思います。たとえばバリスタやソムリエなど味に対して正確性を求められる職業の人は、味覚に関する催眠に全く掛からない人のほうが合っているかもしれません。味覚の暗示は、25%程度の人が体験できると言われています。なので、このコーヒーはオレンジのような味がするとか、このワインにはチェリーの味が含まれていると言われて飲むと、本当はそのようなフレーバーが含まれていなかったとしても、4人に1人は実際にその味を感じてしまうんです。そういう暗示を体験しやすい人は、味に関わる職業は向かないかもしれない。催眠に掛かりやすいのも能力だし、掛かりにくいことが役立つ人もいます。

催眠と脳の関係とは

――催眠が起きているときは、脳にも変化がみられるのでしょうか。

漆原:催眠術は何をもって実在すると言えるのか、傍から見ているとわかりにくいんです。“あなたは立てなくなります”と暗示をかけたとき、本当に立てなくなっているのか、それとも立てないふりをしているだけなのか、外見から見る限り判断がつきません。そこで催眠が実在することを立証するには、催眠に掛かっているときにだけ見られる特徴的な脳活動が起きているかどうかが一つの指標になります。2000年代に入ってから、催眠に掛かっている脳の神経基盤を発見するため、催眠を神経科学や認知科学の分野で研究することが増えてきました。

――催眠と認知心理学、神経科学などの位置づけや関連について教えてください。

 神経科学は、文字通り「脳や神経」を研究対象としています。神経伝達物質や脳の電位変化を調べることで、人間の脳神経の仕組みを生物学的に解き明かそうとします。

 一方認知心理学は、心理学的な知見から神経科学的な知見まで総動員して心の仕組みに迫る学問領域です。認知心理学と神経科学は別に相反しているものではないんですね。

 催眠について知ろうとしたときには、神経科学や認知心理学など、さまざまなアプローチがありえます。たとえば催眠を心理学のアプローチで研究するとしたら、催眠に掛かりやすい人は他にどんな心理的な特徴を持っているかを調べたりする。「催眠に掛かりやすい人は外交的なタイプなのか?」「催眠に掛かりにくい人はどんな特徴があるのか?」ということが知りたければ、心理学的なアプローチが向いているでしょう。

 神経科学では、催眠を掛けたときに脳のどの部位がどのように反応するか、脳波計やMRIを使用して研究します。「催眠に関係している脳の部位はどこか?」が知りたければ、神経科学的なアプローチが有用かもしれない。どちらがより優れた研究かというわけではなく、知りたいことによって研究のアプローチは変わるのです。催眠のどの側面を見るかによって、適切なツールが変わってきます。

編集部が「催眠術」を実際に体験

 ここまで話を伺い、半信半疑で話を聞いていたリアルサウンドブック編集部の小林が催眠を体験してみることに。最初の催眠は、「指と手のひらが離れなくなる」催眠。(小林潤)

漆原:手を握って、好きな爪を一つ見てください。好きな爪を決めたらその爪をジーと見つめながら、指と手のひらが完全にくっつくところを想像します。隙間が完全に接着剤でくっついて動けなくなってしまって、指を開くのがすごく難しくなる。ぐっと力を込めていただいていいですか? 爪を見つめながらグッと力を入れる。

漆原:こうしてると指先の感覚がちょっと変わってくるのが分かりますか? ぽかぽかするとか、痺れてきたりとか、疲れてきたなとか。何かちょっと違う感覚があると思います。ずっと指を握りしめてると指が疲れてきましたね。そしたらほんの少しだけ力を抜いていただいて構いません。ちょっと力を抜くと小林さんの手はどんどん、どんどん固くなっていきます。もう開こうとしても開けない。どんどん固まってきて、なんでか分からないけど全く動かない……。いったん手を開こうとしてみてください。

小林:「うーん無理ですね(笑)。離そうとするんですけど固まってしまったような感じです」

漆原:「パン!」(強く手を叩く)人差し指をピンと伸ばしてください。ピンと伸ばすともうすごい曲げにくいのが分かります? 一回指を鳴らすとさらに固くなります。「パチ!」さっきより固くなりましたね。そのまま腕をスッと伸ばしてください。指先から肩の付け根まで一本の棒が通ります。一つ二つ三つ、固まりました! もう曲がりません。……一回手を叩くと全部解けます。「パン!」どんな感じでした?

小林:手汗すごいです。一言一言がピシッとはまる感覚ありました。

ペットボトルが好きになる?

 次の催眠は、「何の変哲もないペットボトルの水が好きになってしまう」催眠。果たして、そんなことはあり得るのだろうか。

漆原:「ペットボトルを持っていただいてよろしいですか? これ普通のペットボトルより手に収まりがいいのって分かります? 自分の手で持った時にピタッとしているというか、自分の手に合っている、片手で持った時にピタッと収まるようなサイズ感。

漆原:この部屋が少し暖かくなってきたので、冷たいものを持っているとちょっと嬉しいです。少し涼しげで、透明感があって綺麗だなと思う。そうやって触っているとどんどん自分にフィットして好きな感じがしてきます。他の人には取られたくないあなただけのペットボトル。他に人に取られたくない、離したくない。絶対に離したくない。

漆原:松田さん(リアルサウンドブック編集部)、小林さんのペットボトルを両手で引っ張ってください。小林さん、そのペットボトルがもっと大切なものになってきます。取られそうになって、触られるのさえ嫌になります。今ちょっと自分の方に引いたの分かります?

小林:おっ(笑)。

漆原:どうしてだか分からないですよね。分からないけど、取られたくないですよね。

小林:絶対イヤなんですよね。松田さんやめてください(笑)。

松田:すごい力、本気で取ろうとしても取れない。

漆原:でも一回手を叩くと、どうでもよくなります「パン!」(強く手を叩く)。はい、もうどうでもよくなります。

小林:あぁ、もうどうでもいいです。離せないというか、離したくなかったんです。何だろう、もう、自分がよくわかんないです(笑)。

漆原:見ているとわかっていただけると思うのですが、言葉で語りかけるだけで、私が何かすごいことをやっているわけではないんです。あくまでやっているのは本人ですから。1対1で催眠を行う良さは、催眠を掛けているときに相手が今どういう状態になってるか観察しやすいことです。さっきのペットボトルを好きになるのも、ペットボトルを取ろうとした瞬間、小林さんがちょっとだけ自分の方に引いたんですよ。その様子でもう好きになり始めているのが分かったので、安心してどんどん暗示を強めていけるんです。

 話すペース、声の大きさを調整し、巧みな話術で催眠をかける漆原氏。その様子は、まるで言葉一つで、相手の思考力を徐々に奪いながら脳の機能をハックするようだった。

 催眠は医学的にも研究が進んでおり、今後は医学の分野をはじめ幅広い活用が期待されるそうだ。

 漆原氏の本を読むと催眠に対する誤解、思い込みが薄れつつ、人は揺るぎやすいものだと理解できるかもしれない。また、自己催眠は緊張の緩和と共に必ず解けるとのこと。

 初心者には、掛かっても問題がない催眠からはじめてみることもおすすめのようだ。自己催眠を取得して、セルフコントロールにうまく活用しみては。

■書籍情報
『はじめての催眠術』
著者:漆原正貴
出版社:講談社
発売日:2020年09月16日
定価:本体860円(税別)

漆原正貴プロフィール

1990年神奈川県生まれ。東京大学教養学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科修了。関一夫研究室に所属し、手品や催眠の認知科学を研究する。学生時代より、デモンストレーションとしての催眠を実践。大学院在学中にスマートニュース株式会社に入社し、メディア事業開発に従事。現在は出版社に勤務しながら催眠術師としても活動している。

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