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トム・ハンクスとポール・グリーングラスの“代表作”に 『この茫漠たる荒野で』が非凡な理由

リアルサウンド

21/3/9(火) 14:00

 様々な現実の社会問題を作品の中で描いてきた映画監督として、いまや巨匠といえるほど大きな存在となっているポール・グリーングラス。そんな彼が、自作『キャプテン・フィリップス』(2013年)で主演したトム・ハンクスと再び組んで、双方が初めて本格的な西部劇に挑んだのが『この茫漠たる荒野で』だ。そして同時に、本作はお互いにとって“代表作”の一つと言って過言ではない出来となった。

 本作『この茫漠たる荒野で』が、なぜそれほど重要で非凡な映画だといえるのか。ここでは、その理由を解説していきたい。

 トム・ハンクスが演じるのは、南北戦争から5年後のアメリカ南部を旅しながら、文字の読めない貧しい人々に新聞記事を朗読する“講和会”を開き日々の糧としている退役軍人ジェファーソンの役だ。グリーングラス監督は、いつものように脚本も担当し、本作の基になった原作小説『News of the World(ニュース・オブ・ザ・ワールド)』の設定を引き継ぎながらアレンジを加えている。

 ジェファーソンは各地を巡る旅のなかで、アメリカ先住民に育てられた、幼い白人の少女ジョハンナ(ヘレナ・ゼンゲル)と偶然出会う。彼女は、先住民のカイオワ族と白人の移民の戦いに巻き込まれた際に両親を亡くし、カイオワ族に育てられていたところを、軍隊によってふたたび連れ出され、保護者を失った状態にあったのだ。ジェファーソンは、そんなジョハンナを遠く離れた軍の施設まで運ぶ役目を引き受けることになる。

 英語ではなく部族のカイオワ語を話し、先住民としてのアイデンティティを持つ、意思疎通すら難しい少女との旅。南北戦争に敗北した南部連合に加わっていたことで、混沌とした再建状況にある土地を、先住民として育った少女を連れて移動することはきわめて危険だ。ジェファーソンは、果たしてジョハンナを生きて送り届けることができるのか……。

 そもそも、南部にこのような混乱をもたらすことになった「南北戦争」とは何だったのか。それを理解するには、当時のアメリカの北側と南側の地方の状況を知る必要がある。大まかに、アメリカ北部では工業が産業の中心になっていて、水が豊富で肥沃な土地を多く持つ南部では農業が盛んである。アメリカに移住した白人たちは、アフリカ大陸から多くの黒人を捕まえて奴隷として働かせ、人間以下の扱いをしていたが、とくに奴隷の労働力に依存していたのが、広大な畑で綿花などを育てていた南部の資本家だった。

 そんな理由から、奴隷制度を維持したい者が多数を占めた南部の諸州は連合として結束し、制度廃止をさけぶ北部との激しい内戦に突入することになったのだ。そして、両軍は合わせて50万人以上の戦死者を出し、南部連合は敗北する。いまから、ほんの160年ほど前の話である。

 その後、奴隷制度は名目上廃止されたが、人種差別や搾取の構造は、とくに南部で長く燻り続けることになった。本作の時代設定である、南北戦争終結から5年後には、すでに白人至上主義を掲げる過激で暴力的な団体KKK(クー・クラックス・クラン)が結成されていて、そのメンバーは南部の退役軍人が主だったという。

 本作が描いているのは、このような南部に燻り続ける、北部への反発心が絡んだ差別感情である。登場する町では黒人が奴隷のように働かされ、リンチに遭った黒人の死体が木から吊るされている。その死体には「テキサスは“ノー”と言う!南部は白人の地だ」と書かれた紙が貼ってある。つまり南部の一部の白人たちは、南北戦争の敗北を受け入れず、あくまで今後も差別を続けるという意思表示をしているのだ。恐ろしいのは、その宣言が、物語の枠や過去の出来事の枠に収まりきっていないという現実である。ここにこそ、グリーングラス監督が本作を手がける意味がある。

 南部のテネシー州出身である、早稲田大学名誉教授のジェームス・M・バーダマンは、著作『ふたつのアメリカ史』の中で、奴隷制度を肯定した過去をルーツとして背負うことになった南部人としての複雑な心境を吐露している。たしかに、未だに経済状況の格差が存在する南北の状況や、結局は北側もその利益に手を染めていた歴史的事情を考えると、単純に北側が正義で南側が悪だったとはっきり決めつけることは乱暴なところがある。

 しかし、南部で奴隷制度を基に大規模な非人道的なビジネスが横行していたことは紛れもない事実であり、1960年代を舞台とした映画『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』(2011年)や、『グリーンブック』(2018年)でも描かれたように、その後も激しい人種差別が根強く残ったことも確かなのだ。そのことをバーダマンも分かっているからこそ、南部出身の白人としての寄る辺ない立場に悩む部分があるのだろう。

 もともと西部劇には、『地獄への逆襲』(1940年)や『決斗!一対三』(1959年)に代表されるように、ジェシー・ジェイムズやウェス・ハーディンなど無法者となった南軍残党を好意的に描き、“南部魂”を掲げることで、ある種の観客の溜飲を下げる役割を担う作品があった。西部劇自体が衰退したのは、現代を舞台にした刑事もののドラマや映画の流行などはもちろんだが、人権の観点から、そのような方向性の作品を撮ることが難しくなった点も挙げられる。

 その一方で、西部劇は、アメリカ南部の文化を皮肉めいた表現で描く小説の一形態である「南部ゴシック」とも一部で結びつきを見せ、奴隷制度が存続していた南部の日常を、早くから生き地獄として表現した『マンディンゴ』(1975年)をはじめとして、『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)や『ブリムストーン』(2016年)のように、西部劇の時代の裏側に存在していた暴力的な構造を、黒人や女性など差別を受ける側の視点から告発する作品が、先進的なジャンルとして増えてきている。その意味においては、本作もその系譜に連なるものとして数えられるだろう。

 だが、本作がそれらの作品と微妙に異なるのは、このような過去の暴力を告発するのと同時に、南部の白人にも貧困者が存在し、それらの人々を被害者として描いているところだ。講和会に出席している人々は教育がなく、文字が読めない。だからこそ、ジェファーソンが伝える外部の情報が、人々の考える“世界”となるのである。その意味ではジェファーソンの役割は責任が重い。偏見やデマを講和の中に混ざることで、地方の人々をある方向にコントロールすることもできるからだ。

 南部には、「サザン・ホスピタリティ」という、外から来た者をあたたかく迎える風習がある。南部ゴシックでは、そのような善良さと人種差別的な振る舞いが両立することが、ある種の恐怖や狂気を含んだ状況として描かれている部分がある。そういった南部の白人の描き方は、ある意味では事実に基づいた正当なものともいえるが、そのような切り捨て方をされた南部白人にとっては、そこに事実が含まれているからこそ、余計に立場が保てなくなることも事実なのである。

 2016年にドナルド・トランプが大統領選に勝利したとき、その勝因のベースとなっていたのは、南部を含む田舎での安定的な「保守層」による得票である。そこに生きる人々が、経済的に潤っている大都市圏の、多様性を掲げる先進的なリベラル層に対して、経済的にも思想的にも「切り捨てられている」という思いを持ち、大筋で異なる方向に進むという現象は、見方によっては南北戦争の構図に近いものがあるといえる。そして、就任後も発信された、トランプ大統領自身による“真実ではない”情報を信じることで、よりリベラルを敵視し、分断が深まることとなった。つまり、南北戦争後の状況を描くことは、現在のアメリカにおける国民の分断された状況を描くことにもなっているのだ。

 トム・ハンクスが本作で演じているジェファーソンは、元南軍兵として、合衆国政府の政策に反発する生き方もできたはずである。だがジェファーソンはそうせず、歪んだ情報を広めることもせずに、北部を恨むような感情に結びつく言動を慎重に避けながら、窮状にある貧しい南部白人の日々の労苦に寄り添い、娯楽としてのニュースを提供する役割を続けていくのである。早撃ちのガンマンでも、市民感情を盛り上げて指導する立場でもない、きわめて地味な存在ではあるが、むしろこのように理性を重要視する人物こそが、西部劇の時代における、現代から見た一つのヒーロー像なのではないか。これまで善良な役を演じることが多かったトム・ハンクスだが、本作の役柄は、その善良さが社会を救う“解答”にまで昇華されているという意味で、集大成といえるものとなっている。

 硬貨を弾に込めて撃つという、トリッキーな銃撃戦も印象的な本作には、明らかに“打ち倒すべき”南部の悪が描かれている。しかし、南部の文化に存在するはずの善良さをすくい取り、未来への希望を諦めない姿勢をも同時に見せることで、本作は“分断”から“融和”へ向かおうとする、2021年現在のアメリカ社会にとって最も重要になっているテーマに、正確にフォーカスすることになった。それは取りも直さず、本作の社会問題への視点が優れていることの証左であるだろう。さすがは、イラク戦争を早くからグローバルなバランスを取って映画化した『グリーン・ゾーン』(2010年)を手がけているグリーングラス監督である。その社会問題に対する真摯な態度と優秀さが、ここにきてさらに冴えを見せている。

 本作『この茫漠たる荒野で』は、“西部劇”として良く出来ているから凄いのではない。きわめて広い視野から、現在の社会問題に対して、一つの正確な解答が繰り出されている映画だという点で非凡なのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■配信情報
Netflix映画『この茫漠たる荒野で』
Netflixにて独占配信中
監督:ポール・グリーングラス
脚本:ポール・グリーングラス、ルーク・デイヴィス
出演:トム・ハンクス、ヘレナ・ゼンゲル、エリザベス・マーヴェル、レイ・マッキノン、メア・ウィニンガム

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