Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

トランプ時代のアメリカ社会に“音楽”はどう立ち向かった? 高橋芳朗『ディス・イズ・アメリカ』を読み解く

リアルサウンド

21/2/6(土) 17:00

「芸能人が政治に口を出すな!」

 メディアやSNSなどで俳優やミュージシャンが与党の政治家や政策に批判的な意見を発すると、日本のインターネットでは、上記のようなどこから目線なのかわからない罵倒がよく浴びせられている。

 一方、近年のアメリカの音楽シーンを政治的、社会的トピックを軸に解説している『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』(高橋芳朗/著、TBSラジオ/編、出版社:スモール出版)では、ミュージシャンが政治的な発言をすることについて「アメリカにおいては是非もなにもなくそれが当たり前のことになって」いると断言する。

 日本とアメリカ、二つの社会は、音楽を軸にしたとき、いったいどのような点が大きく違っているのだろうか。

アメリカ社会の中で響き合う、音楽と現実

 本書は、フリーの音楽ジャーナリストとして活躍し、TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』などに出演する高橋芳朗氏が、「激動する近年のアメリカ社会のなかでポップミュージックはなにを歌ってきたのか、2014年から2020年上半期までの動向を世界最高峰の音楽賞『グラミー賞』を軸にして時系列でまとめ」たものだ。

 LGBTQ、黒人差別、移民排斥、フェミニズム、ボディポジティブ、銃規制、気候変動と、現代に生きる私たちにとって切り離せないテーマをたくさん扱っているが、それぞれのテーマに日ごろなじみがなくとも、“ポリス・ブルータリティ(警官による蛮行)”や近年ロシアで高まっている反同性愛の機運を受けて2013年に制定された“同性愛宣伝禁止法”など、本文内で触れたトピックの注釈が丁寧につけられている。

 サブスクで適当にヒットソングばかりを聞いている、音楽に造詣が深いわけでもない筆者だが、本書を読んでいるうちに、日本とアメリカの社会の違いが、頭の中でどんどん浮き彫りになり、ページをめくる手が止まらなくなっていった。

 たとえば、2014年の第56回グラミー賞授賞式では、LGBTQを題材にした作品、LGBTQをサポートする作品が目立ったそうだ。この背景には、2012年5月に当時のオバマ大統領が現役大統領としては初めて同性婚を支持したことの影響があるのではないかと本書は解説している。異論反論もまだまだ多そうな社会的なトピックに刺激されて制作された曲に対して、歴史と権威ある賞が与えられるのはすごい、と驚いた。

 もちろんグラミー賞にもたくさんの問題はある。たとえば、授賞式でパフォーマンスをした黒人アーティストのなかで、最優秀アルバム賞を獲った黒人は今まで2人しかいないという。ただ、この状況に対しても多くのミュージシャンが異を唱え、主要メディアも「『白すぎる』グラミー賞が現実になった」(『New York Times』紙)ときちんと報道が機能している様子が紹介されている(正直すごく羨ましい)。

音楽を武器にしたミュージシャンたちの戦い

 また、ミュージシャンたちの勇姿も印象的だ。高橋氏は本書について以下のように述べている。

「混迷するアメリカの社会情勢のなかで不正を告発し、人権の尊重を訴え、偏見や差別の撤廃を求めたミュージシャンたちの闘いの記録です。」

 2014年から2020年上半期までの期間は、2014年に認知を広げた黒人差別に対する抗議運動「Black Lives Matter」(黒人の命を軽視するな)や2016年に第45代アメリカ大統領選に勝利したドナルド・トランプが、アメリカ社会に大きな影響を与えていた時期である。著者のこの言葉の通り、社会が大きく分断されるなか、本書で紹介されるミュージシャンたちは、現実の大きな問題を音楽として表現しながら、勇猛果敢に闘っていく。

 マチズモ(男性優位)とホモフォビア(同性愛嫌悪)が根強く残るヒップホップというジャンルのアーティストながら、2012年ワシントン州の同性愛法成立にインスピレーションを受けて、「Same Love」という楽曲を制作したマッケルモア&ライアン・ルイス。この曲には、以下のようなヒップホップに対する自己批判的な歌詞を含んでいる。

ヒップホップは抑圧への抵抗から生まれた文化だったはずなのに、俺たちは同性愛者を受け入れようとしない/みんな相手を罵倒するときに「ホモ野郎」なんて言うけれど、ヒップホップの世界ではそんな最低な言葉を使っても誰も気に留めやしない

 また、パンクバンド、グリーン・デイ(Green Day)は、2004年にイラク戦争突入を決めたブッシュ政権を痛烈に批判した反戦歌「American Idiot」を、2016年に行われたMTVのイベントにおいて演奏した時、同曲の歌詞の一部「アメリカは頭の中を操られている」(The subliminal mind fuck America)を「アメリカはトランプに侵されている」(The subliminal mind Trump America)と替えて歌ったという。

 ミュージシャンたちは、音楽が、芸術が、社会を変えると力強く信じていた。音楽では、わずか10分足らずの楽曲の中にでも、何十年にもわたる歴史の文脈を幾重にも取り入れられる。歌詞のフレーズ、リズム、サンプリングと音楽ならではの多種多様な引用の武器をパワフルに使いこなし、自分たちの社会が抱える重大な問題にクールで鋭いメスを入れていく。

 彼らの闘いの成果もあってか、アメリカでは、第46代大統領としてドナルド・トランプは再選されず、民主党のジョー・バイデンが選ばれた。

 本書はさまざまなアメリカのアーティストたちの勇気ある作品や行動をサンプリングした、一曲の楽曲のようでもある。わたしは紹介されている楽曲を聞きながら本書を読んだ。音楽とは突き詰めれば空気の振動であり、振動は言語の壁を越えて、人間の身体の全体に届き、沁みこむ。これから、正しいと思ったことのために闘わなければならない場面に遭遇した時、本書で知ったミュージシャンたちの行動と共に、それらの曲が背中を押してくれるだろう。まさに、本書は社会における正義のためになにかしたいという気持ちを胸に抱えた人々に向けた、本の形をした「アンセム」(賛歌)なのだ。

■六原ちず
編集者、ライター。出版社勤務を経て、フリーに。子どもの頃の夢はマンガ図書館の館長。@chizu_rokuhara

(メイン画像=Unsplashより)

■書籍情報
『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』
高橋芳朗/著
TBSラジオ/編
出版社:スモール出版
定価:本体1,500円+税
出版社サイト

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む