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春日太一 実は洋画が好き

“地味だけど頼もしい”スコット・グレンが魅力の『羊たちの沈黙』

毎月連載

第22回

『羊たちの沈黙』左から アンソニー・ホプキンス、ジョディ・フォスター、スコット・グレン 写真:AFLO

この連載は、主に少年~青年期に観てきた洋画の思い出を述べるものだが、書くために記憶を引っ張り出したり映画を見直したりしているうちに、「あ、そういえばこの俳優、好きだった!」と連想的に思い出すことがある。

以前に『ロックアップ』を取り上げた時のジョン・エイモスがまさにそうだったが、前回の原稿を書くために久しぶりに『レッド・オクトーバーを追え!』を観た時も、そんなことがあった。

ソ連の最新鋭原子力潜水艦が突如としてアメリカの海域に現れ、アメリカ側はその真意が読めずに緊張感が走る。この時、ソ連の潜水艦艦長をショーン・コネリーが演じていた。一方、これを追うアメリカ側の潜水艦の艦長を演じるのはスコット・グレン。

この映画を中学時代に観た時、スコット・グレンがたまらなく好きになった──そんなことを原稿を書きながら久しぶりに思い出したのだ。

対峙するショーン・コネリーのようなカリスマ性やヒロイックさはない。絶えず的確な判断を下し、部下を信じ、そして深海の彼方にいる敵国の艦長に立場を超えてシンパシーを抱く。そんな“地味だが頼れる男”ぶりを演じるスコット・グレンが実にカッコよく思え、惚れ込んだ。

この90年代初頭はスコット・グレンの時代ともいえ、他にも『バックドラフト』での消防チームのリーダーもまさにスコット・グレンらしい頼れる叩き上げぶりを見せつけて、その存在自体が物語の重要なキーになっていた。

そして、なんといっても『羊たちの沈黙』である。

猟奇的な殺人事件に臨むFBI実習生クラリスと、彼女との接見を通じて協力するサイコパスの天才精神科医ハンニバルを軸に物語は展開する。両者を演じたジョディ・フォスター、アンソニー・ホプキンスがそれぞれアカデミー主演賞を受賞する名演を見せたためにその影に隠れがちだが、実はスコット・グレンが重要な役割を果たしている。

実習生に過ぎないクラリスを事件の捜査、そしてハンニバルの相手を任せたのが、スコット・グレンの演じるクロフォードだった。行動科学のスペシャリストであるクロフォードはクラリスならハンニバルの懐に飛び込めると判断、この任務を与えたのだ。

クロフォードにはハンニバルも一目置いており、序盤はクラリスを介しての両者の心理戦という側面もある。そして彼がしっかり支えているからこそ、クラリスは存分に捜査ができる。

そんな知的で頼れる上司役でありながら、メインであるふたりに対して一歩引いたスタンスであり続ける。地味だけど頼もしい、これぞスコット・グレンならではの役柄といえ、クラリスよりもハンニバルよりも、クロフォードに夢中になった。

今回久しぶりに観てみて、実はクロフォードは頼りがいだけでなく、実はその裏側にクラリスに対しての厭らしいアプローチをそれとなく滲ませていたことにも気づいた。さすがスコット・グレン。改めてその名優ぶりを思い知った。

プロフィール

春日太一(かすが・たいち)

1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』『仁義なき日本沈没―東宝VS.東映の戦後サバイバル』『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代』など多数。近著に『泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと』(文藝春秋)がある。

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