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『ヘレディタリー/継承』が愛され続ける理由とは 短編から探るアリ・アスターの作家性

リアルサウンド

21/1/23(土) 12:00

 アリ・アスター監督の『ヘレディタリー/継承』がNetflixに配信されてからしばらくの間、国内映画TOP10にランクインしていた。あのトラウマ級のホラー映画が、なぜここまで人に支持され、愛され、「アリ・アスター大好き!」という流れを生み出したのか。それを一言で説明するなら、彼が “ヤバい奴”だからである。彼の初長編作品の配信を祝して、今一度、『ヘレディタリー/継承』(以下、『ヘレディタリー』)の映画としての完成度と彼の作家性を讃えたい。

『ヘレディタリー/継承』ヒットを裏付ける3つの要素

 『ヘレディタリー』は、祖母の死を発端に一家が体験する恐怖を描いた作品だ。区分としてはホラーであるが、アスター監督はまず、第一にファミリードラマとして本作を作ることに専念した。それはニコラス・ローグ監督の『赤い影』のような、シリアスなドラマと喪失についての物語であり、ロバート・レッドフォードの『普通の人々』を彷彿とさせる身内の死をきっかけに始まる家族崩壊を描いた映画でもである。しかし、そこにアスターは心霊をサブジャンルとして加えた。彼がBirth Movie Deathでのインタビューで影響を受けた作品として挙げたのが、溝口健二の『雨月物語』、小林正樹の『怪談』、新藤兼人の『鬼婆』、ジャック・クレイトンの『回転』、ロバート・ワイズの『たたり』などだ。

『へレディタリー/継承』本予告

 問題はそういった不穏な家族ドラマの物語を、どう見せるかだ。アスター監督はその答えを、映画作りの大事な要素として本作で表現した。具体的に言うと、クラフトマンシップ感じる画作り、見せるものは見せて、見せないものは見せない演出、そして映画を愛する彼だからこそ生み出せた物語のカタルシスがポイントとなってくる。

 クラフトマンシップについては、もう映画のオープニングを観るだけで十分に感じられる。一つの家の模型。そしてカメラはその一室、長男ピーターの部屋に近づいていく。画面の枠全てに部屋が収まる頃には、ミニチュアの人形ではなく実際の人間が動き始め、物語が始まる。このシークエンスだけで、この家がドールハウスのメタファーとなり、登場人物が“誰か”の手のひらで遊ばれている無力な存在であること、そして最初からピーターにフォーカスが当たっていたことがわかる。精密な模型を用意するだけでも、映画作りへの情熱を感じるのに、その模型に何重にも重ねた意味性を映すのが、素晴らしい。模型はアニーの作品としてその後も映画の中に登場するが、アニーの模型作りこそ彼女のトラウマを克服する一種の箱庭療法のような行為であり、自身の恐怖を題材にし「製作をしていないと不安になる」というアスターの映画作りと重なる。

 本作の模型作りを指揮したスティーヴ・ニューバーンは、過去に『ダークナイト ライジング』や『インセプション』のVFXを手がけている人物。彼と彼の率いる6人程のチームは15個の模型を約10週間かけて作った。もちろん、それらのほとんどが劇中のアニー発狂シーンで実際に破壊されている(つまり、あの発狂シーンは一発撮りってこと……? すご……)。一瞬しか映らない模型なんだ、手を抜こうと思えばいくらでも抜けるのに、製作チームは模型の中のフィギュアや、チャーリーの例の事故シーンの車を実際撮影に使ったモデルから3Dプリントして精密に作っている。こういうディテールに力を入れている作品は、やはり視覚的な掘り甲斐があり、それがこの何度も観たくないトラウマ映画を何度も観てしまう一つの所以なのかもしれない。

 そして演出について。昨今ホラー映画はびっくりさせる演出という意味合いを持つジャンプスケアに頼りがちな傾向がある。それは時に恐怖にチープさを与えてしまうのだが、本作はそれがない。しっかりと映すものは映し、映さないものは映さない。観客がじっとスクリーンを見ていると、ふとその隅に何かがいたことに気付く。しかし、それは大きな音を出して登場したりはしない。その、観客が己で見つけてしまった瞬間が一番怖いのだ。こういった演出ができるのは、やはりアスター監督がこれまでにたくさんのホラー映画を鑑賞してきた知識の賜物だと思う。そんな恐怖演出は、ビジュアル面にも落とし込まれていた。

 本作にはいくつもトラウマになってしまうようなイメージが登場する。死んだ妹の首(ありったけの蟻付き)、全焼死体となった父親、こちらをガン見しながら首をノコギリで切り落とす母親……。私自身、試写室で観た時はあまりのショックさに、しばらくの間立ち直れなかったほどだ。アスター監督は、どの監督もそうするように、これまでに彼が観てきた映画の中で忘れられないイメージを自身の映画作りの参考にしている。彼にとって忘れられない作品は『キャリー』、そしてビジュアル面で強い印象を受けたピーター・グリーナウェイ監督作『コックと泥棒、その妻と愛人』などがある。そういった自身を震え上がらせたようなイメージをもって、観客を怖がらせ、トラウマを植え付けることを彼は嬉々として楽しんでいるのだ。アスターはグリーナウェイのことを「pure evil person(純粋に邪悪な人)」と言って讃えていたが、鏡を見ながら同じことを言ってほしい。

 最後に挙げたカタルシスは、このトラウマというものが大きく関わってくる。基本的に彼はこれまでの監督作品の脚本を全て、自身で書いている。そしてそれらは彼が日常で心をざわつかせたものがインスピレーションとなっている。つまり、彼自身が恐れるもの。ホラー作品で親しまれる作家スティーヴン・キングもまた、自身の恐怖について書くことを一種のセラピーのように捉えていると語っていたが、アスターもまた、それを描くことで浄化をしている可能性がある。ホラー分野で成功している人は、まさにこの日常の恐怖を主題にする傾向がある。なぜなら、それは誰にとっても共感できるものだから。『ヘレディタリー』に登場する悪魔崇拝的なスーパーナチュラルなものは、誰にとっても共感できるものではない。しかし、これが家族崩壊、不気味な家という普遍的なテーマを持った作品だったからこそ、登場人物の感じた恐怖はそのまま我々の感じる恐怖となる。

 アスター監督はラストのカタルシスをものすごく大事にするタイプの監督で、そこに至るまでの映画の流れを緻密に計算している。語るべきキャラクターと物語、そして先に述べたイメージも含めて、彼は本当に“何が撮りたいのかわかっている”。そうして作られた『ヘレディタリー』は、彼の作家性の基盤とも言える「家族」をテーマにした、長編1作目にしてホラー映画のマスターピースとなったのだ。

 これまでに述べた3つのポイント、クラフトマンシップと演出、そしてカタルシスは本作がヒットした大きな要素だ。しかし、改めて考えてみると、なぜA24というインディペンデントな制作会社から生まれたインディホラーが、世界興行収入$81,263,489(約84億)という優秀な成績を収められたのか。本来なら、こういったホラーは人気が出ても“カルト的人気”にとどまるはずなのに。恐らくそれは、アスター監督がインディ作品ならではの作り込んだキャラクターと物語のディテールに、しっかりホラー映画としても怖がれるシーンを盛り込むという、メインストリームを満足させられる作り方をしたからではないだろうか。自分のやりたいことをやった上で、大衆を満足させられるなんて、創作者の鑑だ!

過去の短編作に散りばめられた作家性

 これまで述べてきたアリ・アスターの作家性は、すでに2017年の『ヘレディタリー』以前に彼が世に放ってきた7つの短編で浮き彫りになっている。

 例えば、彼が最初に作った短編(卒業制作らしい)の『The Strange Thing About Johnsons(原題)』(2011年)は、それこそ彼の“大好き”な「家族」をテーマにした作品だ。主人公の男の子はある日、自慰中に部屋に父親に入ってこられてしまう。父は慌てて彼に「誰でもするから恥ずべきことがない、僕が部屋に勝手に入って悪かった!」と弁解するが、なんと息子がオカズにしていたのはその父親だった。数年経ち、息子が結婚する年頃になると父親の顔の影が濃くなっている。実は彼はずっと、息子にレイプされていたのだった。母親もその現場を目撃するが、見てみぬフリ。そんなジョンソン家の悲劇を描いたのが本作なのだが、これを卒業制作として提出したアスターが怖い。『ヘレディタリー』は彼の身内に起きた不幸からインスピレーションを受けた作品らしいが、この短編に登場する父親の職業が作家で、アスターの両親も同じ様に詩人というのが怖い。とはいえ、これは一種の「息子が父親を恐れ、越えようとする」物語とも言える。アメリカはもちろん、世界共通のテーマだ。それと同時に、家族間の“異常な愛情”も描いている。

  家族間の“異常な愛情”については、2013年に発表した短編『Munchausen(原題)』でも主題にしている。息子が大学に入学するために家を出ることを、寂しがる母親の気持ちを描いた作品だ。16分にわたるサイレント映画として、ビジュアルやイメージだけで物語の全てを物語れる、アスターの手腕を感じさせる一作でもある。家を出ていって息子はキャンパスライフを謳歌して、可愛いガールフレンドができて、結婚もしちゃうだろう。しかし、家に残された私は息子と一緒に楽しんでいたものがもう楽しめない。寂しくなるだろう、息子を手放すのはいやだ。そう考えた母親が、息子への愛ゆえにある行動に出る。タイトルの「Munchausen」がミュンヒハウゼン症候群を意味していていると言えば、その後の展開もお察しがつくかもしれない。『ヘレディタリー』もまた、母から息子に対する異常な愛情表現がテーマだったと言える。アニーはピーターを身籠った時点から何度も流産させようとして、生まれた後も一緒にガソリンをかぶって無理心中させようしていた。それらの行動は全て、自分の男の肉親に起きた悲劇が息子にも降りかかってしまうのではないかという予感、それらから彼を守るための母の愛だったのだから。

BEAU from Faux Beef on Vimeo.

 自身が感じる日常に潜む恐怖を描くといえば、『Beau(原題)』(2011年)でやっている。旅行に行こうとした男が、鍵をかけようとした瞬間に忘れ物をしたことに気づき、鍵をドアに入れたまま室内に戻る。慌てて戻ってくると、ドアから鍵はなくなっていた。何者かに盗まれたのだ。そこから、誰がいつ侵入するかわからない部屋で一睡もできなくなる男のパラノイアが描かれ始める作品。ちなみに主演を務めるのは、ジョンソン家で性暴力を受けていた父親役のひとだ。ろくな目に遭わなくて同情する。本作の特徴は、母親以外の彼と接する人間全員が、彼に暴言を吐くこと。ちなみに廊下で彼に罵声を浴びせた男は、アスター監督本人だ。楽しそうである。

 「あの人は私の悪口を言っているかもしれない」という被害妄想が男を蝕み、最後にはそれを見て楽しむ恐ろしい存在が姿を表す。しかし、映画の冒頭である旅行鞄に薬を入れるシーンで、彼が尋常じゃない量の薬をふだんから服用していることがわかる。果たして彼は“信頼できる語り手”なのだろうか、というツイストも面白い。

 語り手にフォーカスをおいた2作の短編『Basically(原題)』(2014年)と『C’est La Vie(原題)』(2016年)も非常に興味深く、どちらも筆者お気に入りの作品だ。両方が1人の語り手による独白で構成されている。『Basically』はハリウッドの豪邸に暮らす女優が、彼女の家族と生活、恋人について日々頭の中で考える思想を、壊れた蛇口のように語っていく。『C’est La Vie』は同じように、今度はロサンゼルスに住むホームレスを主人公とし、彼が自分の生涯について、そして社会に対して持つ不満をぶちまける。『ヘレディタリー』もそうだが、アスター監督は常に物語の中で、シーンではなくキャラクターを優先していると公言している。つまり、そういう作り方が顕著に出ているこの2作の短編は、まさにキャラクターを先に考えて、彼らの背景を理解しながら物語を作ることの重要性を語る彼らしい作品とも言えるのだ。

 そして興味深いことに、『C’est La Vie』はラストでホームレスの男がフロイトの恐怖論について語る。それとは、「家が家でなくなった時の不気味」である。これはまさに、『ヘレディタリー』で描かれた恐怖そのものだ。ちなみに、このホームレスは劇中面白いことを独白している。彼の叔父が精神病で、自分も同じ病気を“継承”していること。そして、その叔父が彼の家の中で自分に炎をつけ焼死し、その火に巻き込まれて両親が死んだこと。自分自身はその晩、“ツリーハウス”で眠っていて、それを見ていたというものだ。この短編は『ヘレディタリー』の直前に撮られたもので、もしかしたらこの時からすでに、監督の頭の中はそのイメージとアイデアでいっぱいだったのかもしれない。

『ヘレディタリー/継承』、『ミッドサマー』に続く長編3作目は“コメディ”

 実は、先に紹介した『Beau』はアリ・アスターの次の作品として長編化されるようで、本人いわく「ナイトメア・コメディ」になるらしい。主演をホアキン・フェニックスが演じることが、まことしやかに囁かれている。

 コメディといえば、アスター監督は確かに悪夢のようなジョークの短編をこれまで2作撮っている。『TDF Really Works(原題)』(2011年)と『The Turtle’s Head(原題)』(2014年)だ。『TDF Really Works』はヤバい。主人公が友達にギャグを披露し、オチにオナラをする。オナラで笑いととろうとした彼に、友達は真顔になって「お前、それどんなオナラだよ」とダメ出し。「普通のオナラだけど……」と焦る彼に、友達は少し怒った表情で「そんなんじゃ全然ダメだ。でも、いいよ。お前はこの商品を知らなかっただけなんだろ」と言って、突然「Tino’s Dick Fart」という商品のコマーシャルがはじまる。アメリカ特有のコマーシャルを笑ったコメディではあるが、下品すぎてドン引きする。商品の詳細は言葉にするのも憚られるので、ご自身で動画を観て確かめてほしい。そして何よりドン引きなのが、この商品を主人公に勧めるイカれた友達を表情豊かに演じているのが、アスター本人ということだ。

 ディックジョークはこれに終わらない。お察しのいい人はすでにわかるとおもうが、『The Turtle’s Head』はそのまま亀頭についての話だ。主人公の探偵の独白で語られる本作は、彼が艶かしい依頼人の相談に下心で乗り、捜査を進めていく途中に突然彼のアレが縮み始めるという物語。まるでスティーヴン・キングの『痩せゆく男』のディックバージョンだ。この2作で、アリ・アスターがとてつもなく下品でくだらない、趣味の悪い悪夢的なお笑いを楽しそうに作っている様子が目に浮かぶ。

 コメディとホラーは紙一重だ。アスターはあの『シャイニング』を“コメディ”として捉えている。あのジャック・ニコルソンの狂気を「笑える」と言う彼だが、確かに『ヘレディタリー』のトニー・コレットの顔芸も、見方を変えれば笑える。あの高速天井ヘドバンシーンも、スーッと遺体となってツリーハウスに上がっていくシーンも、トラウマ的な怖さなのに、少しシュールで笑ってしまう部分がある。

 この両ジャンルの垣根の低さを熟知しているアスターは、改めてやはりその映画に対する知識量と愛が類稀だと感じる。なにせ、彼は自分が生まれる時、母親がお産中に病院でイングマール・ベルイマン監督作『ファニーとアレクサンデル』を観ていたという非凡な逸話を持っているほど(参照:https://www.youtube.com/watch?v=-6TEhIA84xM&t=35s)。ベルイマンは彼の最も尊敬する監督の1人らしく、「生まれる前から、僕は映画を好きだったみたい」とお茶目に語る。冗談のようなエピソードだが、本当に彼は2010年以降に現れた天才だ。若手フィルムメイカーが、スピルバーグやスコセッシではなく、アリ・アスターを参考にしていると、彼の短編映画のYouTubeコメント欄に書いていた。アップデートされていく、ハリウッド。彼のような才能ある若手監督が、映画業界に今後どんどん現れていくことを私は期待してならない。

■アナイス(ANAIS)
映画ライター。幼少期はQueenを聞きながら化石掘りをして過ごした、恐竜とポップカルチャーをこよなく愛するナードなミックス。レビューやコラム、インタビュー記事を執筆する。『ハンドメイズ・テイル』を観ていたから、『ヘレディタリー/継承』のジェーンは最初から信用していなかった。InstagramTwitter

■リリース情報
『ヘレディタリー/継承』
Blu-ray&DVD発売中

Blu-ray:4,700円(税別)
【仕様】本編127分+特典44分(予定)
16:9 ビスタ・サイズ/2層/音声1.[オリジナル英語]DTS-HDマスターオーディオ5.1ch,音声2.[日本語吹替]DTS-HDマスターオーディオ5.1ch/字幕1.日本語字幕 字幕2.日本語吹替字幕/1枚組

DVD:3,800円(税別)
【仕様】本編127分+特典44分(予定)
16:9 ビスタ・サイズ/片面2層/音声1.[オリジナル英語]ドルビーデジタル5.1chサラウンド,音声2.[日本語吹替]ドルビーデジタル5.1chサラウンド/字幕1.日本語字幕 字幕2.日本語吹替字幕/1枚組

※仕様は変更となる場合がございます。

【特典映像】「ヘレディタリー」の真実、未公開シーン、メイキング、予告編集(予定)
【封入特典】アウタースリーブ

監督・脚本 :アリ・アスター
出演:トニ・コレット、ガブリエル・バーン、アレックス・ウォルフ、ミリー・シャピロ
製作:A24 (ケビン・フレイクス、ラース・クヌードセン、バディ・パトリック)
発売元:カルチュア・パブリッシャーズ
販売元:TCエンタテインメント
(c)2018 Hereditary Film Productions,

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