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椎名林檎、演出で表現する“生としての響き”ーー観客の胸を打つ、豪華絢爛なステージの魅力

リアルサウンド

20/9/8(火) 12:00

 9月5日、『東京事変 Live Tour 2O2O ニュースフラッシュ』の実演を記録した映像『東京事変2O2O.7.24閏vision特番ニュースフラッシュ』の配信、及び映画館上映が行われた。映像は、東京五輪開会式が行われるはずだった7月24日に渋谷NHKホールにて無観客で撮影されたものだ。

 コロナ禍で実際にライブを開催するのが困難な状況において、このような“供給”はありがたい。そして、その内容への期待値も高かったはずだ。8年ぶりに“再生”した東京事変のライブであるし、何より東京事変はそれぞれソロで活躍しているその道の手練たちが集まったスーパーバンドだ。しかし、その期待の中には「どんなステージを見せてくれるのだろう?」という感情も入り混じってはいなかっただろうか。3度前の閏年だった2008年頃から、椎名林檎/東京事変のステージは毎回衣装・演出ともに凝られたものになっていき、それはまるでショウを観ているような感覚だった。ステージの際に“歌を聴く””ダンスを観る”アーティストはたくさんいるが、“ショウを観る”感覚のパフォーマンスをするアーティストは数少ない。私が他に思い浮かべるのは浜崎あゆみくらいだ。では何故、椎名林檎/東京事変がそのようなスタイルになっていったのか、椎名林檎を軸に考察していきたいと思う。

9月5日(土)スタート「東京事変2O2O.7.24閏vision特番ニュースフラッシュ」配信・映画館上映決定。

「生」に込められた意味

 椎名林檎が2008年にデビュー10周年を記念して開催したライブ『椎名林檎(生)林檎博’08 ~10周年記念祭~』の最終演目、斎藤ネコ率いる総勢65名に及ぶオーケストラと、総勢80名の女性阿波踊りチームを従えたゴージャスなステージを、椎名林檎は〈君が生モノだから〉のロングトーンで締め括った。その曲「余興」は、2009年に発表されたアルバム『三文ゴシップ』に収録されている。そして、その『三文ゴシップ』は椎名林檎自身がヌードとなったジャケットからも伝わるように、人々の日常生活に密着するような”生々しさ”を感じられるアルバムに仕上がっていた。その1曲目を飾るのが「流行」、英題は「Vogue」だ。なんとも甘美なタイトルだが、この曲は「一度きりの人生、臆せずゴージャスにど真ん中を歩いていこう!」という、近年の椎名林檎の方向性の幕開けのように思える。それ以降、2014年に発表された『日出処』は目抜き通りを歩くことをテーマにしているし、2017年のシングル曲「目抜き通り」はそれがそのままタイトルになっている。ここ数年の歌詞には“人生”という単語も頻出している。まさに「ありあまる富に溢れた“人生”という旬を目抜き通りで謳歌して、夢だらけの至上の人生を全うしよう!」というメッセージがビンビンと伝わってくるような、陽の光を感じるディスコグラフィだ。そして、椎名林檎はそれを自身と自身のバンド東京事変のステージで可視化させているのではないだろうか。

原動力は子どもたちとプレゼン?

 椎名林檎は、デビュー当時から楽曲提供を行っていたこともあり、実際は表舞台に立つのではなく、裏方に専念したいと度々メディアで発言している。しかし、大胆な格好で堂々とステージする姿は、まさに表舞台に出るべくして出ている人だ。また、ステージのアイデアも、アルバムの曲名や再生時間のシンメトリーについて「(内容よりも)デザインとしての文字の魅力の方が勝っちゃうんですかね」と音楽番組『LIVE MONSTER』で語っていたように、物事をデザイン化してしまう自身の“クセ”が強みとして活かされているのだろう。本当は裏方として活動したいが、自身をデザインの一部だと割り切ったようなステージを構成している原動力は、ファンが日々の生活で溜めている“いろいろ”をライブというハレの場で発散させて欲しいという気持ちはもちろんのこと、“子どもたちへの想い”、そして“プレゼン”によるものが大きいと私は思う。

 3年前、椎名林檎はYahoo!のインタビューで「15歳の女の子全員が「人生、余裕! 楽勝!!」と清々しく言いきれる世の中になればいい」と発言していた。4年前にも、NHKのインタビューで「今打ち込んでいること、繰り返し鍛錬していることがどのような形で実を結ぶのかイメージできることが“夢がある”ってことだと思うんです。世界がどうなっても変わらない価値を持ち続ける子どもたちがずっとバトンを渡していってくれるように、環境は整えないといけない。それは自分たち大人の義務だと思っています」と発言していた。これらの発言から、椎名林檎が抱える未来を担う子どもたちへの並々ならぬ思いを感じる。

 実際、椎名林檎/東京事変の最近のステージは、豪華絢爛で、観る者に夢を与える。自分のステージを観ることで、子どもたちが”人生こんな風に楽しくやっていきたい”と思ってくれたら――という使命感が、椎名林檎をステージに立たせているのではないだろうか。

 また、椎名林檎は『LIVE MONSTER』で「オリンピックまでにキャバレーを作りたい」と夢を明かしていた。そして、自身のライブ『(生)林檎博’14 ―年女の逆襲―』を”キャバレーのような大人のサロンが完成するという、その夢の実現までの女の一大ストーリー”に仕上げ、そのライブを観た人に対するプレゼンだと語っていた。「どなたが出資してくださるのかな」と(『ZIP!』より)。

椎名林檎 – 「今」 from (生)林檎博’14

 だからこそ、椎名林檎はステージに対して非常にストイックなのだと感じる。子どもたちが、関係者が、そしてファンが目にする映像資料として、大阪公演が収録された2015年発売のライブDVD『(生)林檎博’14 ―年女の逆襲―』について、『CDTV』で「本当にこんなゲネプロみたいなものを観て頂くのが申し訳ないな。千秋楽の博多の映像を撮って頂きたかった」と苦笑していたのが今でも印象に強く残っている。皮肉なことに、椎名林檎が裏方に専念したいと思えば思うほど、エンターテイナーとしての椎名林檎が色濃くなっていく。もっとも、本人にとってこれは悩ましいことかもしれないが。

プロとしてのマナー

 もともと、椎名林檎はスーパー等で自身の曲のインストがMIDIで流れる際、「いかに光るものを書いておくかが、自分にとっては大事だと思うんです。旋律と和声の関係性にこそ自分はいつも関心を持つべきだ」と発言している(音楽ナタリーより)。もちろん、椎名林檎が中心となって結成された東京事変もそういう志で曲作りを行っているはずだ。つまり、もともとの曲が上質に作られているため、ステージがどんな演出であれ、上質なものは上質なのである。それでも、潤沢にお金を掛けて、時にはバンドのメンバーやオーケストラをもステージを作る役者に仕立て、上質な曲をさらに上質に届けられるよう、ゴージャスな工夫が施されている。だからこそ、セットリストの歌と演奏だけのシンプルな演目が、より一層“生”として響き、そのコントラストが胸を打つのだろう。

 そして前述したように、東京事変はその道の手練たちが集まったスーパーバンドだ。その時に観客が何を求めているかを察知し、それに応えることが可能な集団だ。実際に、椎名林檎のソロの話ではあるが、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)で「NIPPON」を披露した際、Twitterで「昨夜オセンチナンバーが続き、お客さまがビリビリしたがっておいでに見えて、それで反射的に歪み声で押し進めただけなの」とツイートしたことがある。

 このように、元の楽曲が上質であること、ステージ能力が高いこと、臨機応変に対応できるサービス精神が、椎名林檎/東京事変のステージを際立たせている。彼らにとってはプロとして当然のマナーかもしれないが、こちらからしたら(福祉?)といった具合である。

 ファンの存在、子どもたちへの使命感、そして自らの夢。それらが合わさって、現在の椎名林檎/東京事変のショウのようなステージができていると私は考える。今というまたとない瞬間を、せっかくなら輝かしく。その輝かしい今を、五感で感じて欲しい。何故なら、過ぎ去るのはあっという間だから――私は、椎名林檎/東京事変のステージからそういうメッセージを感じる。だからこそ、私たちはこんなにも魅了されているのではないだろうか。

 それでは、椎名林檎が『LIVE MONSTER』にてあっけらかんとした笑顔で放った、本質を捉えた台詞で本稿を締め括ろうと思う。「生よ! 生!! これからは生よね!!!」

■ゆずひめ/音楽愛好家。
好きな音楽ならなんでも聴くため、「耳ビッチ」を自称している。架空のWeb雑誌『#BitchVogue JAPAN』の編集長を務め、UKI EYEというステージネームで自ら音楽活動も行う。Twitter:@akaredlipsberry

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