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ヨルシカ、ずっと真夜中でいいのに。……最新作で提示された固有のアーティスト性 2組の現在地と不変の美学を読み解く

リアルサウンド

20/8/12(水) 12:00

 ネット発祥の音楽ユニット・ヨルシカとずっと真夜中でいいのに。がこの夏に新作をリリース。匿名性の高さ、ライブの少なさ、女性ボーカルなど共通点も多い2組だが音楽性は別次元の個性を持つ。本稿では2組の最新作から両グループの現在地を読み解いていきたい。

 ずっと真夜中でいいのに。(以下、ずとまよ)は、8月5日に新EP『朗らかな皮膚とて不服』をリリース。シンガーソングライターACAねが率いるずとまよは、その実態が謎に包まれている。ミステリアスなイメージと直結する不可思議な言語感覚を含んだ歌詞。鋭さと甘さを兼ね備えた歌声。この2つを掛け合わせて心地よく転がすメロディとビビッドなサウンドでリスナーの耳を掴んできた。楽曲ごとにタイプの違う編曲家を登用するのも印象的だ。ボカロP、アニメソングの作曲家、ロックバンド界隈で活躍するアレンジャーらを的確にキャスティングし、変幻自在なポップナンバーたちを洗練させている。

『朗らかな皮膚とて不服』

 ずとまよには、さながら真夜中の独り言とも形容できそうな歌が多い。謎めいた存在である彼女たちが多くのリスナーに共感を広げたのは、ありふれた思い悩みをつらつらと述べる平熱な生活感も要因の1つだろう。思考の逡巡がそのまま言葉遊びに成り変わったような素っ頓狂な語感とそこに息づくリアルな心情。今回の新作ではその巧みなバランス感を引き継ぎつつ、より外世界へと踏み出した言葉が増えたように思う。

ずっと真夜中でいいのに。『Ham』MV(ZUTOMAYO – Ham)

 「低血ボルト」には苛立ちと決意表明が漲っており、ACAねが抱える心境の写し鏡として聴こえる。「Ham」のように、誰かを思い焦がれる楽曲は今までもあったが〈生きていけるよ 君をさがして〉という強い言葉で締めくくられるものは少なかったはず。極めつけは〈変わってゆくから 私ねもっと ねぇ、見届けて 欲しがりでも〉と聴衆へメッセージを届ける「MILABO」。コロナ禍がずとまよに変化をもたらしたかは定かではないが、新作で次のフェーズへと向かったのは明らかであり、よりリアルな手触りを持つ音楽を創出している。

ずっと真夜中でいいのに。『MILABO』MV(ZUTOMAYO – MILABO)

 ヨルシカはコンポーザーn-bunaとボーカリストsuisによるユニットである。歴代アルバムはそれぞれが個別の物語を描いており、曲順やパッケージにこだわって丹念に作劇がなされている。7月29日にリリースされた最新作『盗作』では音楽を盗む男の人生を描いている。

『盗作』

 初期はギターロック、1stフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』とその続編に位置する2ndフルアルバム『エルマ』ではピアノを主体とするなどサウンド面での違いはあれど、n-bunaの希求する美しいメロディは透徹されている。そこに寄り添う流麗な情景描写がsuisの歌声と共に物語を広げていく。“夏”を繰り返しモチーフにし、場面に流れる感情を丁寧に拾い上げ、シーンを繋ぎ合わせることで大きなストーリーを編む。これこそがヨルシカの志向する音楽であり、アルバムという形態を用いて生み出す表現なのだ。

 本作『盗作』でもその表現の探求は限界を知らない。バリエーション豊富なサウンドはただ綺麗なだけでなく、ダークさを残す曲も増えた。「昼鳶」では攻撃的なスラップギターの音色に主人公の暗い感情を記し、焦燥感溢れる「思想犯」では苦しみを募らせていく。これまで積み上げてきたヨルシカのパブリックイメージを「壊す」ことがコンセプトだったとインタビューで語られている通り、n-bunaにとってはヨルシカ自体が今後も解体・再解釈の対象となる未完成の作品なのだろう。

ヨルシカ – 思想犯(OFFICIAL VIDEO)

 また、suisの多彩な歌声も魅力的だ。「昼鳶」では中性的な低いトーン、「春ひさぎ」ではぶっきらぼうな歌い回しなど、そのアウトプットの種類は数多い。たおやかさ、艶やかさ、無機質さ、冷たさ、様々なイメージが頭に浮かぶその歌唱は楽曲に表情をつけていく。終盤、主人公が原風景へと辿り着くシーンにおけるイノセントな声は、人知を超えた神聖さすら放っている。時に登場人物、時に語り部、様々な役割を果たしながら、辛辣で暗澹たる楽曲をも一級品のポップスへと押し上げてしまうのがsuisの歌声なのだ。

ヨルシカ – 花に亡霊(OFFICIAL VIDEO)

 クラシックの名曲、短歌、自身の楽曲のセルフカバーまで様々なパターンで引用/サンプリング/コラージュをしながら上質な音楽に仕上げた本作。これは『盗作』の劇中で主人公が生み出す“音楽”の姿でもあり、『盗作』そのものが劇中の作品とも捉えられるのだ。この作品構造は自己批評的でもあり、リスナーに仕掛けられた実験や挑戦のようにも思える。何より“音楽を作る意義そのもの”の価値観を揺さぶる先鋭さを持つ。端正な外面の裏に見え隠れする生々しい音楽への愛憎は、我々にその音楽を深く考察したいと思わせてくれるのだ。

ヨルシカ – 盗作(OFFICIAL VIDEO)

 ユニットとしてのストーリーを排して作品の物語への没入感を高めるヨルシカ、狙いや真意への言及を避けて聴き手のイマジネーションを湧き立たせるずとまよ。異なるスタンスだが両組共にその活動の中心には絶対的な楽曲の求心力がある。自身の音楽を最大出力で発信するアイデアを意欲的に駆使する2組の動きは今後より注目を浴びるだろう。

■月の人
福岡在住の医療関係者。1994年の早生まれ。ポップカルチャーの摂取とその感想の熱弁が生き甲斐。noteを中心にライブレポートや作品レビューを書き連ねている。
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