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田中泰の「クラシック新発見」

音楽と美術の微妙な関係にときめく

隔週連載

第9回

クリムト「接吻」

「音楽」と「美術」と聞いて思い浮かぶのは、高校時代の芸術科目だ。実際はこのふたつに「習字」が加わった3科目の中から選択するのだが、どういうわけか「美術」の人気がとても高い。

実は筆者も「美術」を希望していたひとりだった。その理由は単純で、絵を描くのが好きだったのと、中学での音楽の成績が最悪だったこと。しかし結果は「美術」の希望者が多いことから「音楽」に回され、再び最悪の成績を覚悟することと相成った。ところが、やむなく選択した授業によって「音楽」の魅力を知り、好きが高じて音楽業界で仕事をするまでになるのだから人生はわからない。ただしそのために、あれほど興味を持っていた「美術」と疎遠になってしまったことは否めない。

余談はさておき、最近「音楽」と「美術」は実に微妙な関係であることに気付かされた。“密接なようでいてそうでもない”。さながら高校時代の芸術科目のように、関係を持たずにそれぞれ独立した形で歴史を刻んできたように感じられるのだ。そのきっかけとなったのが、この4月にスタートしたYouTubeチャンネル『日めくり3分間名画の旅』の制作だ。

「古今東西の名画を毎日1枚、1年で365枚の名画をお届けする」という趣旨のチャンネルの中で、名画の背景に流れるクラシック音楽を選曲し、コメントを付ける作業は、まさに目からウロコの連続だ。選曲のポイントは、

1:絵にインスパイアされた作曲家の作品。
2:絵からイメージされる音楽。
3:絵の背景にある歴史や物語などなど、実に様々。

ベラスケス「マルガリータ王女」

1の場合はわかりやすい。代表的な例を挙げれば、ベラスケスの『マルガリータ王女』にインスパイアされて作曲したラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』だ。まだ登場していない葛飾北斎の『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』には、ドビュッシーの交響詩『海』を選曲するのが必然。その理由は、『海』の初版楽譜の表紙に『神奈川沖浪裏』が描かれていたからだ。

ドガ「観覧席前の競走馬」

2の場合はあくまでもイメージなので、かなり自由な発想に基づいた選択が楽しめる。ドガの『観覧席前の競走馬』にリストの『ハンガリー狂詩曲第2番』を選曲したのは、競走馬の佇まいに作品の劇的なスピード感がよく似合うと感じたからだ。

ヴィジェ=ルブラン「バラを手にするマリー・アントワネット」と葛飾北斎『北斎漫画』

一方やっかいだがやりがいがあるのが3だ。クリムトの『接吻』には、同じ世紀末のウィーンで活躍したマーラーの『アダージェット』を選択し、ルブランの『バラを手にするマリー・アントワネット』には、幼い日にアントワネット王妃に出会った逸話が残るモーツァルト作品を選曲してみた。葛飾北斎の『北斎漫画 子供の遊び』においては、解説の藤ひさし氏の「北斎は93回も引っ越しを繰り返したのです」というコメントを受けて、79回の引っ越しをしたベートーヴェン作品を選曲したのだが、その北斎とベートーヴェンが10歳違いで同時代を生きたというのも興味深い。

モネ「アルジャントゥイユのひなげし」

さらには、モネの『アルジャントゥイユのひなげし』とビゼーの音楽を結びつける際に背景を調べてみると、モネとビゼーは2歳違いで、同じパリの「ノートルダム・ド・ロレット教会」で洗礼を受けたことに行き当たる。ふたりが出会うことはなかったにせよ、当時のパリを彩る芸術文化の充実ぶりに圧倒される瞬間だ。おそらくこの先には、ピカソとストラヴィンスキーやラヴェルとの顔合わせなども登場することだろう。

まさに「音楽」の世界を通して見つめる「美術」の世界は新鮮そのもの。興味のある方は、ぜひ絵に合う音楽をイメージしてみてほしい。「音楽」と「美術」の微妙な関係が、人生をさらに豊かなものにしてくれるに違いない。

葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」

プロフィール

田中泰

1957年生まれ。1988年ぴあ入社以来、一貫してクラシックジャンルを担当し、2008年スプートニクを設立して独立。J-WAVE『モーニングクラシック』『JAL機内クラシックチャンネル』などの構成を通じてクラシックの普及に努める毎日を送っている。一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事、スプートニク代表取締役プロデューサー。

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