樋口尚文 銀幕の個性派たち
栗塚旭、ダンディなスタア道に秘めし個性派の陽気
毎月連載
第33回
『葬式の名人』 (C)“The Master of Funerals” Film Partners
「栗塚旭」という名前は、今どきの映画ファンにはもはやあまりなじみがないかもしれないが、1960年代の熱心なテレビっ子にとっては天下一の「テレビ映画」の大スタアとして忘れようのない存在である。この「テレビ映画」というカテゴリーについても、今や何のことかわからない読者が多いだろうからごくごく簡単に解説すると、1950年代に興されたテレビ局のビデオカメラは重く機動性を欠き、自在にスタジオ外に持ち出してロケ可能になるのはなんと70年代半ば以降のことだった。そのかわりに軽量な16mmカメラを用いて屋外でフィルム撮影し、それで一本の作品を編集完成させて局に納品する、というかたちが一般的で、これを「テレビ映画」と呼んだ。
まだテレビ番組も白黒が多かった当時、屋外が舞台となりがちな時代劇ドラマの多くは、スタジオドラマではなく「テレビ映画」だったわけだが、そんななか1965年にNET(後のテレビ朝日)で放映された司馬遼太郎原作、結束信二脚本『新選組血風録』で土方歳三に扮した栗塚旭は、端正なマスクと苦み走ったダンディな雰囲気でお茶の間の女性たちを虜にした。まだ幼い子どもの私もそんな栗塚がカッコよくて毎週観ていた。
これを皮切りに栗塚は、66年の柴田錬三郎原作、結束信二脚本『われら九人の戦鬼』、67年の結束信二原作・脚本『俺は用心棒』、68年の同『帰って来た用心棒』、69年の同『天を斬る』などで華やかに主演を張って文字通り「テレビ映画」の大スタアとなった。70年にはふたたび司馬遼太郎原作、結束信二脚本『燃えよ剣』で当たり役の土方歳三に扮して、渋い男の魅力を披露した。おそらくこのあたりが「テレビ映画」スタアとしての栗塚旭の人気のピークであったことだろう。
栗塚は『新選組血風録』の直前に、東映映画の『いれずみ判官』に出ているのだが、本当に誰も気づかないくらいのレベルの出演であった。しかし「テレビ映画」の人気者となるや、66年にはNHKテレビ小説の映画化『おはなはん』や栗塚の当たり役に乗っかった『土方歳三 燃えよ剣』などにオファーされ、以後1975年の『夜霧の訪問者』まで松竹のメロドラマやサスペンス、時代劇などプログラム・ピクチャーに出演を続ける。だが、やはり栗塚の人気の軸はテレビにこそあったわけで、この時代の思い出のなかで燦然と輝くのは「テレビ映画」の栗塚である。
ところで、こうしていきなり「テレビ映画」の時代劇スタアとなっていた感のある栗塚だが、それまでの経路を顧みれば、意外や出身は京都ではなく札幌で、幼くして両親が他界したために京都で教員をやっていた兄を頼って移り住んだのだった。高校では放送部に入ったり演劇をやったりしていたが、毛利菊枝の薫陶を受けて1958年に劇団くるみ座に入団する。当初は俳優業よりモデル業が多かったといい、「テレビ映画」のチョイ役などもこなすうちに、1964年、脚本の結束信二の推薦で村山知義原作のNETドラマ『忍びの者』の明智光秀役に抜擢されて脚光を浴びたのだった。
この作品は東映京都撮影所のテレビ制作会社である東映京都プロダクションの第一回作品でもあり、まさにこの劇場用映画が不振の一途をたどり、新興の「テレビ映画」がのしてゆく過程にあって、栗塚は「テレビ映画」によって発見された「テレビ映画」ならではのスタアなのだった。私は監督作『葬式の名人』で劇場用映画のみならず「テレビ映画」へのオマージュもこめて栗塚旭に重要な僧侶の役をオファーしたのだが、当時の東映京都撮影所でスタアとなった栗塚の下支えをしていたはずの、斬られ役の福本清三にもご出演願った。するとなんとこの栗塚のスタアとしての出世作『忍びの者』は、大部屋俳優の福本が初めて台詞をもらった作品でもあったという!
こんな伝統に思いをはせながら、私はお二人に謹んで号令をかけさせて頂いたが、こんな大スタアだった栗塚がゼロ年代に入ってからの『二人日和』などでは往年のどすのきいたダンディではなく、本来の柔らかさを持ち味にした「個性派」ぶりを発揮しているのがいたく嬉しい。もちろん『葬式の名人』でもその軽快で陽気な本来の個性は全開だった。
最新出演作品
『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子
プロフィール
樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)
1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が9/20(金)に全国ロードショー。