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『1917 命をかけた伝令』をワンカットで描く意味性とは 神山健治が語る、映像の没入体験

リアルサウンド

20/8/6(木) 12:00

 アカデミー賞監督サム・メンデスが、第一次世界大戦にて重要な任務を負った2人の若い兵士を全編ワンカットで描いた『1917 命をかけた伝令』(以下、『1917』)のデジタルリリースが7月22日より先行配信(Blu-ray&DVDは8月5日に発売)されている。

 本作は、映画全編をワンカットで見せる手法で、戦争の前線に重要な伝令を伝えに行く若いイギリス人兵士を描いた作品だ。その驚異的な手法は高く評価され、第92回アカデミー賞において撮影賞ほか3部門を受賞した。

 まるで、戦場に放り込まれたような臨場感と没入感をもたらす本作は、多くのクリエイターを刺激した。『攻殻機動隊 SAC_2045』や『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』などで知られる神山健治監督もその一人。劇場公開時にも本作にコメントを寄せている神山監督に、改めて本作の魅力について語ってもらった。

これはワンカットで描くべきプロットだった

――神山監督は、本作のどんな点に惹かれましたか?

神山健治(以下、神山):まずは全編ワンカットという手法に挑戦したことに、作り手として興味をそそられました。そのような作品は数年に一度くらいは出てくるもので、デジタル時代になってアルフレッド・ヒッチコック監督の『ロープ』のようなフィルムの頃よりやりやすくなったとは言え、やはりどう実現したのか気になりました。それに加えて、本作をワンカットで描く意味性は何なのかに興味がありました。

――意味性という点で、本作はワンカットで撮られるべきものだと感じましたか?

神山:そうですね。最近だと、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』なども同様の手法に挑んでいますけど、あれは宣伝でそこをあまり売りにしていませんでしたよね。それから、アルフォンソ・キュアロン監督の『トゥモロー・ワールド』は全編ワンカットではありませんが、妊婦が破水して出産が始まってしまうシーンをワンカット撮影で撮っています。これらの演出に監督たちは当然意味を持たせているわけですよね。単純に実験でやっているだけのものはあまり面白くないんです。『1917』は、ある兵士が伝令を伝えないと部隊が全滅してしまうという状況で、それを伝えに行くというプロットですが、このプロットは確かにワンカットでやる意味がありそうだという予感はありました。

――本作の公開時のコメントで「開始3分で嫌な予感が広がる」と書かれていますが、この嫌な予感とはなんでしょうか?

神山:要は、「ワンカットで撮ってます!」というのが一番の売りになってしまっているのではという危惧ですね。例えば、「初のフルCG」みたいな売り文句もかつてあったじゃないですか。でも本当は、技法はどうでもよくて、重要なのは面白いか、やっていることに意味があるかどうかなんです。

――しかし、その嫌な予感は開始3分で消えたわけですね。

神山:はい。僕は作り手なのでつい、「どこでカットをつないでいるんだろう?」と観てしまうので、あまり良いお客ではないはずですが(笑)、それでも没入させていく演出が抜群に上手いので技法のことは観始めてすぐに気にならなくなりました。

――どんな点に没入させる上手さを感じましたか?

神山:まず、最初に登場したキャラクターが主人公だとシンプルに見せて、プロフィールをかいつまんで話しながら、上官に呼ばれてミッション開始となるわけですが、どんなミッションでこれから何を見せるのか、開始3分でそれがわかるようになっています。伝令のミッションを伝える上官がコリン・ファースであるのも重要で、大事なことを言うからここで名優が出てくるんです。ここで一気に緊張感が増すんですよね。そんな風に冒頭から入念に作り上げて、これからみなさん、2時間没入してくださいねという感じで、余計なことを考えさせない、徹底したシンプルな作りになっていますね。

――このシンプルな物語をどう評価しますか?

神山:2時間の映画って長編と言われますけど、内容で言えば短編なんです。オチは一つしかない。サブプロットは多くても2、3本だと思います。この映画は多分1.5本くらいですね。

――伝令を伝えるというメインプロットに、相棒のブレイク上等兵の兄の話が0.5本という感じでしょうか。

神山:そうですね。相棒の家族の話があるけど、主人公にはそういうサイドストーリーはないですよね。そうやって省いていくと豊かさを失うこともあるんですが、それでも2時間持たせられる絶大な自信があったんでしょうね。

――その1.5本のプロットを持たすためにいろんなイベントが発生しますよね。このイベントの配置になにか工夫を感じますか?

神山:それぞれのイベントはもちろん素晴らしかったですが、どちらかと言うと戦争のディテールの部分に惹かれました。占領した土地の、実のなった木が全部切り倒されていたりするシーンなどです。各イベントが起きればもちろんびっくりするんですけど、ある程度事前に想像できるんです。終盤になれば戦闘が激化していくんだろうなとか、川に落ちて流されるとか。

――チェリーの木が切り倒されているシーンのことですね。

神山:そうです。これは昔の異国の話だけど、ああいうところで情緒が伝わってきて、なんてひどいことをするんだという気持ちになるわけです。派手なアクションもみんな見慣れてしまっているし、戦争で人が死ぬのは当たり前だと思っている人でも、ああいうところで戦争の酷さを感じるんじゃないでしょうか。その他、味方のトラックに出会うシーンで、任務の過酷さにみんなが同情してくれるところなど、そういう点がこの映画を豊かにしていたと思います。

――トラックのシーンでは乗り合わせた兵隊の人種が多様で、ぬかるみにはまったトラックをみんなで協力して押すのが印象的でしたね。

神山:そうでしたね。中盤の感情の山場になっているシーンだと思います。

アニメと長回し、そして映像の意味性とは

――全編ワンカット、あるいは長回しという演出はアニメ監督にとってどういうものなのでしょうか?

神山:セルアニメの時代は、実写以上に長回しをやるのは困難でした。やってみたいと思いながらも、勝てない戦をしても意味がないので、僕は長回しはそれほどやってきませんでした。でも、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』で、チャットルームでの会話だけで17分くらいのシーンを作っていて、そこでは結構長く回しています。アニメで会話劇をやっても意味がないと思われていた時代だったので、会話だけでもエンタメになるはずだと思って、『十二人の怒れる男』を参考にしてやったんです。

――神山監督は、『ULTRAMAN』や『攻殻機動隊 SAC_2045』などのフル3DCG作品を、モーションキャプチャを使って作っておられますが、CGなら長回しもできるわけですよね。

神山:技術的にはすでに可能ですが、これは果たしてアニメーションなのかなと自分で作っていて思うこともあるんです。それに、僕は取材でも現場でも「映像の意味性」ということをよく言うのですが、CGでワンカットをやっても、大変さが感じられないんです。「だってCGでしょ、モーションキャプチャで人の動きをそのまま映したんでしょ」って思われちゃうし、そこまで言わないにしてもなんとなく人はそう感じてしまうんです。本当はCGでもワンカットで作るのは大変なのですが。実写や手描きアニメだから「すごい」と思ってもらえるのであって、CGでワンカットをやる意味性が果たしてあるだろうかということです。CGで長回しをやるなら、アクションシーンであれば意味があるとは思います。

――映像の意味性という点で、デジタルはフィルムと比べて長く回しやすくなっており、今後さらに撮影機材や特機が安くなって、誰もが入手できるようになれば、ワンカットに挑む意味性も減っていくということでしょうか?

神山:減っていくかもしれないですね。最初に言った嫌な予感というのはそれで、それしか売りがない作品だったらどうしようと思ったんです。それに、ワンカットで撮ることで不自由さも獲得してしまうし、そのやり方がお客さんにとって本当に良いのかを考えて技術を選ばないといけません。長回し以外でも、例えばデジタルでクリアな映像が撮れるようになり、今は8Kまで登場していますが、自然風景を撮る以外に、物語として8Kで何を撮るべきなのか、今のところ僕にはわからないです。逆に、プロが持ち込まないところにカメラを持っていく素人の荒っぽいYouTube動画の方が刺激的だったりするわけですよね。そこまで考えないと、今後プロがプロたりえる理由がなくなってしまうんじゃないかと思います。

――少なくとも、この映画には、ワンカットで撮るべき意味性は強烈にあったわけですね。

神山:そうですね。第一次世界大戦は、兵器も今ほど発達していなくて、どちらかと言うと人間が主役なので、それをワンカットで人間にぴったりついていくというのはよかったと思います。企画として手法が先だったのか、脚本が先だったのかわかりませんが、この物語はワンカットで撮ったほうが豊かになると判断したのでしょう。これが第二次世界大戦になると、難しかったかもしれません。弾の数も増え、武器も強力になっている。一人の人間にぴったりついていく意味が減るかもしれないですね。

――なるほど、第一次世界大戦が機械ではなく人による戦争だったから、この手法が生きたんじゃないかということですね。

神山:ええ。伝令を走って伝えるという話なので、監督もこれで行こうと思ったんじゃないでしょうか。映画監督は誰もが一度はワンカットで撮ってみたいと考えるだろうし、戦争ものも生涯で一度は挑みたいと思うんじゃないですかね。これは、たまたまその両方が実現できる企画だったんだと思います。

『プライベート・ライアン』が戦争映画を変えた

――本作のような没入型の作品は近年増えていますよね。神山監督はなぜだとお考えですか?

神山:それはデジタル化で機材が小型化し、合成技術も発達してからでしょうね。あとはプリビズ(Pre Visualization)と言って、絵コンテのもっと発達したやつなんですが、ハリウッド映画では撮影前にカメラワークなどをシミュレーションしたものを、極端に言うと日本のアニメ作品ぐらいのものを撮影前に作っているんです。たぶん『アベンジャーズ』シリーズなどは、プリビズだけで僕らの作っているCG作品ぐらいの予算を使っていると思います。悲しくなりますけど(笑)。そのプリビズでどうやって見えるのかを確認したうえで最後に役者が来て撮影するので、どんな映像も失敗しないで済むんですよね。逆にクリストファー・ノーラン監督などはフィルムにこだわって作っていますよね。フィルムで撮るのは基本的には失敗できないですから、その緊張感はお客さんにもやはり伝わるものなんです。

――ノーランの話が出ましたが、彼の『ダンケルク』も没入感のある戦争映画でしたね。

神山:そうですね。デジタル化の他に理由があるとすれば、やはり『プライベート・ライアン』の影響だと思います。戦争を撮るなら、以前は弾が飛び交っている外から撮るしかなく、兵士にカメラが寄ったとしても、それはドラマパートの時だけでした。でも、『プライベート・ライアン』はノルマンディー上陸作戦を兵士の視点で描いていて、飛び降りて水中に潜ったけど撃たれた、みたいなカットがあるわけです。あの映画以降、戦争映画は戦闘を兵士の視点で撮るようになったんじゃないかと思います。

――なるほど、『1917』もその延長線上にある作品なのですね。

神山:そうですね。『プライベート・ライアン』に似たエピソードも出てきますし。ノーランの『ダンケルク』もその影響下にあると思います。あれ以上に迫力ある画は撮りようがない、思いつかないという状況なんじゃないですかね。

――神山監督も『攻殻機動隊 SAC_2045』でサスティナブル・ウォーという戦争に触れていますが、我々のほとんどは戦争体験がありません。そういう中で、戦争を描く時に、神山監督が考えること、気を付けていることはありますか?

神山:僕も当然戦争経験はありませんが、戦争の正体はなんだろうかと考えるようにしています。戦争が経済と結びついていたりとか、そういうことを突き詰めていくことで究極的には反戦になるでしょうし、それを掘り下げていくことでエンタメにもなって、観た人が戦争を考えたり、追体験してくれるといいなと思っています。僕も昔好きだった戦争映画があって、部分的にわからないことがあっても、その時代背景などを学んでいくことで分かるようになっていきましたし、複雑な歴史や経済とも結びついているんだと多くのことに気がつきました。この映画で描かれている第一次世界大戦についても、昔は第二次世界大戦との差はわかっていなかったですが、この2つの大戦は人の死に方が違います。第一次世界大戦の方が、人間が人間を殺している感覚が大きいんです。戦争は近代になればなるほど、上空から爆撃できるようになったり、さらにはボタン1つでミサイルを撃てたり、数に対して人を殺した感覚が減っていると思います。しかし、第一次世界大戦の時は、直接人が人を殺す感覚が残っていて、だからこそ、一人の男が伝令を伝えれば命を救えるかもしれない、そういうところが人間ドラマとして泣けるんだと思います。本当は彼だって逃げてしまえばいいはずなのに、それでも伝令を伝えようとする彼は何を背負っていたのかを知ることで、よりぐっと来るものがあると思いますね。

■リリース情報
『1917 命をかけた伝令』デジタル配信中

<デジタルセル 映像特典>
・THE WEIGHT OF THE WORLD: SAM MENDES サム・メンデスの情熱
・ALLIED FORCES: MAKING 1917 メイキング
・IN THE TRENCHES 魅力的な出演者たち
・RECREATING HISTORY 歴史を再現したセット   
※一部配信プラットフォームを除く

監督:サム・メンデス
脚本:サム・メンデス、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
製作:サム・メンデス、ピッパ・ハリス
出演:ジョージ・マッケイ、ディーン=チャールズ・チャップマン、ベネディクト・カンバーバッチ、コリン・ファース、マーク・ストロングほか
製作国:イギリス・アメリカ/製作年:2019/原題:1917
提供:NBCユニバーサル・テレビジョン ジャパン
(c)2019 Storyteller Distribution Co., LLC and NR 1917 Film Holdings LLC. All Rights Reserved.

公式サイト: https://www.nbcuni.co.jp/movie/sp/1917-movie/

 

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